74.遅まきながらの歓迎
それにしても、フェレシーラが貴族の家の娘――いや、御令嬢か。
これまでの彼女の振る舞いや言動から、薄々そんな感じがしていなくもなかったが……
正直言って、貴族いう存在に対して『高慢、居丈高』という漠然としたイメージを持っていた身としては、半信半疑といった感がある。
あいつの場合、強気でグイグイくるところはあっても、高圧的な感じはしないしな。
まあ、一括りに貴族と言ってもピンキリだろうし、そもそも的外れな予想をしている可能性もある。
どのみち当人に聞けばすぐにわかることだ。
この場で気にしていても仕方ない。
「ごめん、話が逸れすぎた。とにかく俺はその人に依頼を引き受けてもらって、アレイザを目指しているんだ。でもその途中で……色々あって、このざまなんだけど」
「なるほどねー。護衛を頼んだはいいけど、はぐれちゃったと。そりゃその人も大変だね。いいとこのお嬢さまが、迷子のお子さま探しの真っ最中だなんて」
揚げイモをひょいっと口に放り込みながら、エピニオがそんなことを言ってきた。
前言撤回。
やっぱこいつは、いいヤツなんかじゃなさそうだ。
ていうか、さっきから聞いていれば……
「なんでそうやって、事あるごとに人のことガキ扱いするんだよ。言っとくけど俺、あんたよりはレヒネのしてくれた話、理解出来てるつもりだぞ?」
「はあー? なにその『勉強出来る方がオトナなんですー』みたいな考え。そういうとこがガキだって言ってんだけど。つーか、キミさぁ……」
話の途中で、突然エピニオがこちらに向かって身を乗り出してくる。
その途端、そっぽを向いていたレヒネが溜息を吐き、唐揚げを平らげ終えたプリエラが首を横へと振ってきた。
なんとなく、「付き合いきれない」といったリアクションに見えるが……
それに一切構わず、エピニオはこちらの眼前にまで詰め寄ってきていた。
彼女の指先はシャツのV字の部分にかけられた状態で、パタパタと動かされている。
なんの意図があるかはわからないが……その動き自体に見覚えはある。
師匠やフェレシーラが、今日みたいな暑い日によくやっていた仕草だ。
ただ……あの二人が「ピタピタ」って感じなら、こいつは「スカスカ」って感じで空間が空きまくっているけど。
「ムフフフフ……そーら、そら。ガキ扱いがイヤとか言ってるけど、さっきからこんな魅力的なオネーサンたちに囲まれてて……ほーんと、なんにも感じないのかなぁ?」
「なにも感じないって……具体的に、なにをだよ」
「ぅ、うぉ……! コ、コイツ、マジか……! 少しぐらいはたじろくとか、感想とかないんですかねぇ……!」
「感想って……ああ」
明らかに自身の胸を誇示してきた獣人の少女に、俺はようやく返すべき言葉を見つけることが出来た。
「ええと――プリエラ、レヒネ、そんでエピニオって感じか? 感想って言うより、順位づけだけど」
「」
贔屓抜きの結果発表を行ったところに、「「ぶふぅっ!」」と息を噴き出す音が両サイドからやってきた。
見ればレヒネとプリエラが、二人とも手で口元を隠したまま、笑いを堪えている。
エピニオと言えば、口をパカッと開いて固まっている始末だ。
正直、わけがわからない状態だが……まあ、過半数のウケが取れたならそれでいいか。
「く、くくく……馬鹿ねぇ、エピニオも。子供扱いしておいて、自滅しちゃうなんて……あー、おかし」
一頻り笑い終えて、レヒネが目尻に涙を滲ませながらこちらに向き直ってきた。
「それにしても珍しい話ね。貴族の娘が、わざわざ危険度の高い神殿側に籍を置いてるなんて……あなたが言っているような優秀な子なら、それこそ教会側から引く手あまたの逸材の筈なんだけど。そこら辺の話って、本人からは何も聞いてないの?」
「う……そういや、あいつがなんで従士やってるのかとか、詳しくは聞いてないな……」
「ふぅん――考えてみれば、君もあの『隠者の森』で育ったっていうぐらいだから、公国や聖伐教団のことに詳しくないのも当たり前か。依頼主相手とはいえ、聞かれてもないことをベラベラとしゃべる方がよほど不自然だし」
「それは……わからないだろ」
明らかな慰めの言葉をかけてきたレヒネに、俺はついつい、納得のいかない気持ちを吐き出してしまう。
まあ慰められているといえば、さっきからエピニオもプリエラのほうに倒れ込んで「よしよし」されまくってるけど。
主に猫耳の部分を重点的に。
つられてホムラの頭を撫でまわしていると、「クルルゥ……」という少し珍しい鳴き声が返されてきた。
それを見たレヒネが「やっぱり、声は鳥っぽいのね」と呟く。
「ま、変わっているなんて言い出したら……ここにいる連中の殆どが、人のことなんて言えないか。私たちを含めてね」
「殆どがって……そういやここって、冒険者ギルドなんだよな?」
「うん? 勿論そうだけど……ああ、そっか。人の多いところは不慣れだものね。ということは、ギルドに来るのも初めてか。依頼だって教会に持ち込んでたわけだし。なら、それじゃあ――」
そこまで口にしてから彼女はニヤリと笑うと、やや大仰な身振りとなり、言い直してきた。
「ようこそ、道に迷える少年……夢と挑戦の殿堂、ろくでなしと飲んだくれどもの聖地。我らが冒険者ギルドへ」
群青のローブの胸元からオレンジの水晶灯で輝く店内へと向けて、女魔術士の右腕が芝居がかった仕草で振るわれる。
それはおそらく新顔に対する、ちょっとした儀式のようなものだったのだろう。
見ればレヒネの横ではプリエラがニッコリと微笑み、そこに寄りかかったエピニオが仏頂面のまま、「ぐっ!」と親指を立てている。
あらためて、俺は建物の中を見回した。
ぱっと見、縦横30mはあるだろうか。
酒場が六割、残り四割が受付カウンターを含むギルド本来のスペースといった割り振りの店内は、真っ昼間だというのに大勢の人々でにぎわっている。
当然その大半が、客である冒険者なのだが……
その他にも、薄手のヴェールを身に纏った踊り子。
フルートや竪琴を手にした演奏者。
奇抜な衣装に身を包んだ大道芸人。
果ては町の衛兵らしき人影まで見受けられる。
中央には、大小無数の依頼書が張り付けられた太い柱。
開けっ放しにされた両開きの大きな扉の先には、幾つもの店が連なっている。
武具や道具袋といったマークが記された看板を掲げたみるに、おそらくはそれらすべてが冒険者向けの店舗なのだろう。
本や噂で知り得ていたものと、そう変わらない……だがしかし、圧倒的な熱気と喧騒を伴って押し寄せてくる、活きた情報の数々。
「はぁ……こうして見ると、凄いな」
その物量と濃密さを処理しきれずに、気付けば俺は思わず、深々としたため息をこぼしてしまっていた。
「ギルドも、国の支援と依頼の仲介料だけではやっていけないところが殆どだから。大抵はここみたいな感じで、酒場や宿を兼ねて収益を得ているのよ」
こちらが落ち着くのを見計らってくれたのだろう。
視線をテーブルの上に落ち着けていたこちらに、レヒネが再び声をかけてきた。
なるほど、納得のいく話だが……
「ちょっと気になったんだけどさ。その国の支援ってヤツ……なんで公国が、冒険者ギルドの援助なんて真似をしてるんだ? なんて言うか、こういうところにいる人たちって、その……何者にも縛られない、自由で奔放な人間の集まり、みたいというか……」
「あら。いいのよ、そんなに取り繕わないで。私の前口上、聞いてたでしょ?」
こちらの形容には、自嘲気味な笑みを浮かべつつ。
「口ではどんなに格好をつけても、冒険者なんて炙れ者の集団……統制されていない、暴力の集まりだから。そんな連中を変に押さえつけるよりは、管理元のギルドを手懐けておいた方がよほど安全、って発想ね。特にこの国は、まだまだ自力で領土全域の治安を保てる状態ではないし……魔物みたいな不安定で尖った相手にぶつけるには、打ってつけなのよ」
彼女は俺の質問と、その先に湧いてくるであろう疑問にまで、完璧に答えてきた。
「じゃあ公国側は、国の兵力と冒険者を適材適所って感じで使い分けながら、力を持ち過ぎないようにコントロールしてるってことか。うーん……なんか思ってたより、システマティックなんだな」
「あら。夢を壊しちゃったかしら? これでも聖伐教団のガチガチさに比べたら、ゆっるゆるなんだけど。依頼者にせよ冒険者にせよ、依頼の成立後にいつの間にかトンズラこいてましたー……なーんて話も、それこそ日常茶飯事だし。一応ギルドも、そんなことがあれば黙っていませんよ、ってスタンスは取ってるけれど……」
「教会に頼むほどには、細かい取り決めや保証まではあてに出来ない、って感じなんだな。まあ、あっちは市民権とかアトマ認証とか……何かと面倒だもんな」
「お、案外詳しいじゃない。そうね。脛に
》走らぬ……色々とやましいことがある人は、教会を頼るわけにもいかないから。ここが最後の砦みたいな位置付けってことね」
仕入れたばかりの知識でこちらが応じると、レヒネが感心した風に回答をまとめてきた。
行っててよかった教会窓口。
それにしても……彼女の博識ぶりは凄い。
もしかしたら、どれもこれも冒険者にとっては常識なのかもしれないが……
「あのさ。違ってたらごめんだけど。皆は、他の国からこの国にやってきたんだよな?」
「ん? そうだけど……」
「ああ。そういえばまだ、フラムさんにはキチンとお話していませんでしたね」
こちらの唐突な質問に首を傾げたレヒネに替わる形で答えてきたのは、プリエラだった。
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