73.聖伐教団、その軌跡
「ええと、まず……その神殿従士の、女の人とは」
「え、なに! 女の人なの、その人!?」
こちらが話を切り出した矢先に、あらぬ方向から反応がきた。
エピニオだ。
「なになに、その人、年上? 年下? 美人? かわいい系? 知り合ったきっかけは? 関係はどこまで!?」
「ちょっとエピニオ。落ち着きなさい。尻尾うねらせすぎよ」
「あはは……エピニオはこういう話すきですよねー。すぐお酒の肴にしたがりますから。まあ、一滴も飲めないんですけど」
「シャラップ! ふたりとも、るさい! そんなことより……キミ、その人と二人旅なんでしょ!? くわしく! そこらへんだけ、くわしくガッツリと!」
いや、二人だけじゃなくてホムラもいるし……
ていうかこいつ、いまのいままで興味ナシって感じでテーブルに突っ伏してたくせして、急に生えてきたな。
さっきも従士の稼ぎの話で盛り上がってたけど、ホムラを狙ってるんじゃなかったのか?
まあ、ホムラは絶対に両親似の立派なグリフォンになるに決まってるし、目の付け所は悪くないけどな。
タテガミは生えてこないみたいけど……
って、今はフェレシーラの話だった。
膝上からこちらを見上げてくるホムラを撫でつけながら、俺はエピニオの質問に答えることにした。
なにがそんなに気になったか、いまいちわからないけど……こんなに親身になって事情を聞いてくるなんて、案外根はいいヤツなのかもしれない。
「ええと。その神殿従士の人は、俺の二つ上で……見た目は、どっちかって言うと美人系、なのかな。でもかわいいところもあるよ。普段は結構口うるさいけどさ」
「へー……いいねいいね。急に語るね、キミ。神殿従士って言うからには、バリバリ前衛系の姉御肌。でもでもときたま、か弱いところもみせてくる……って感じかな? ふひひっ」
順を追っての回答に、エピニオが茶虎の尻尾をウネウネとさせながら喰いついてきた。
その隣では、レヒネが何やら首を傾げている。
ちなみにプリエラはウェイトレスのお姉さんに指を三本立てて追加注文の真っ最中だ。
どんだけ食うのこの人。
そういえばフェレシーラも、結構な食いっぷりしていたっけ。
まあ、その割にアイツはぜんぜん太っていないけれど。
しかし……系統、か。
そういう風にフェレシーラのことを考えたことはなかったな。
暫し悩んでから、俺は説明を続けた。
「前衛系っていうか……なんだろ。あいつの場合はなんでもこなすから、万能系って感じかな。普段は厳つい
「神術って……神殿従士なのにですか?」
今度の質問は、プリエラからのものだった。
僧侶を名乗るからには、彼女にしても神術に関する話題は気になるのだろう。
「うん。本人が言ってたし、教会でもそう呼ばれてたから間違いないよ。でも……なんでそんなことが気になるんだ?」
「気になるもなにも。普通、聖伐教団で神術を扱う方は……神官や司祭といった、神職に就かれるものと聞き及んでいましたから」
こちらの何気ない反問に、プリエラは真剣な表情で答えてきた。
「え、そうなのか? でもあいつ、接近戦は大の得意っぽいから……前衛枠の神殿従士に回されてるんじゃないのかな」
「なに言ってるの、フラムくん。神殿従士がそんな基準で選出されているわけないでしょ」
こちらの漠然としたイメージによる返答には、今度はレヒネが口を挟んできた。
「そんな基準って……他にどんな基準があるんだ?」
呆れた風な表情を見せてきた彼女に、俺はオレンジジュースのコップを傾けながら疑問を口にする。
「前衛と後衛の振り分けって、普通は個人の適性を踏まえてやるもんだと思ってたけど」
「そうね。あなたの言ってることは概ね正しい。ただし……私たちのような冒険者に対してなら、だけどね」
敢えて強い否定の口調を取らずにいたレヒネの説明を、俺は待つことにした。
おそらくは、少しばかり長い話になる。
なんとはなしにそんな雰囲気はあったが……
だがしかし、こちらとしてもこの話題は気になるところだった。
「レゼノーヴァ公国の前身と言われているラグメレス王国に、騎士制度があったことは知っているかしら?」
「ああ。最近知ったばかりだけど……たしか有力な貴族がそれぞれ大きな騎士団を従えていたとか。その頃には、騎士が活躍していてまだ冒険者ギルドもなかったとかも……そこら辺の話なら、ちょっとだけ」
「オーケー。じゃあその騎士団が何故、公国には存在していないのかは、わかる?」
「それは……十二年前の魔人との戦いで壊滅状態に追い込まれたって聞いたけど。違うのか?」
所属する人間がいなくなれば、当然、その組織そのものが消滅する。
俺の単純な論法に、しかしレヒネは首を横へと振ってきた。
「中身が不足したところで、器を必要とする者がいれば、またそこに中身を注ぎ足すものでしょう? ちょうど貴方が手にしている、そのコップのようにね」
「……つまり公国では、騎士団が必要とされなくなって、制度そのものが消滅したってことか。あれ? でも神殿従士って、その騎士の代わりみたいな感じで存在してるんだろ? 不要になったものをわざわざ名前を変えて作り直すなんて、おかしくないか?」
「変わったのが、名前だけならね」
その指摘に、俺は話の内容を振り返る。
この手のやり取りは、昔から師匠と度々繰り返していたが……
その殆どが魔術に関する事柄だったので、こういう話は新鮮に感じてしまう。
……うん。一応、まとまった。
レヒネが言いたいのは、多分、こういうことだ。
「神殿従士が騎士の代わりに……神殿が騎士団の代わりに出来たのなら。それを必要としたのが、貴族じゃなく聖伐教団になった……あ、いや。これだと、順序があべこべだな」
自分の中で組み立てた推論を口にしながら、それをまた組み直す。
そうして俺が答えに行き着くのを、レヒネは静かに目蓋を伏し待ち構えていた。
「魔人との戦いの後で、騎士団みたいな直接戦闘部隊を持てるほどに力を持ったのが、聖伐教団だったから……騎士の代わりとして、神殿従士に注目が集まったってことか」
「ええ。正解よ。なら、あとはわかるわね?」
「騎士の後釜になった、神殿従士の選出基準ってヤツだな。ええと……そうだな」
即座にやってきたレヒネの言葉に、続けて頭を巡らせる。
成り代わり、すげ替えを行うのための論理だ。
少し前に彼女たちが話題にしていた、信仰と実益の話。
母体としての組織はそのままに、中身をすげかえるということが、この話に適応できるとしたら。
不意に、俺の脳裏にある光景がよぎった。
フェレシーラだ。
彼女と初めて出会ったとき……あてもなく森を彷徨っていた俺の前に、彼女がフレンに跨り現れた、あの瞬間。
俺はたしかに第一印象で「そう感じて」いた。
「もしかして、神殿従士って……貴族の家柄とか、そういう……いわゆる『良いとこ』の出の人間しかなれないとか。そんな感じだったりするのか……?」
その答えに、レヒネがようやく瞳を見開いてきた。
その満足げな表情を見るに、どうやら俺の口にした結論は、そう見当違いな代物ではなかったらしい。
「そのとおり。神殿従士は、公国内に領地を有する貴族の子供の中から……それも神術、魔術の才がさしてない者によって構成されている。加えて言えば、その殆どが家督を継げない立場にあるみたいだけど。それなりの権利を持つこともあって、希望者が後を絶たないようね。もっともこれは、神官や司祭に関しても言えることか」
「なるほど。術法の素質があれば教会があるから、わざわざ危険度の高い従士の立場を選ぶ必要がない、ってことか。ん? てことは……まさか神官や司祭も、全員、貴族の家の出なのか?」
レヒネの言葉に、俺はふと教会で会った神官の少女を思い出した。
ちょっと失礼かもだが、なんとなく彼女からは「貴族」という言葉に伴うイメージが湧いてこなかったからだ。
「そこは流石に、ね。術法の才能に秀でる者はどこの国でも貴重だから……市井の人間が大半を占めているのが実情よ」
「そっか。そりゃそうだよな……うん。ありがとう、レヒネ。為になったし……何より、色々とわかってスッキリした」
「どういたしまして。こちらこそ、横から失礼いたしました」
互い軽く会釈を交わして、俺とレヒネは会話を締めた。
「ねー、その話、もうおわったぁー……?」
そこに再び、テーブルの上に顎を乗せていたエピニオが割り込んできた。
その横ではプリエラが苦笑いを浮かべている。
そういえば、元々はエピニオと話してたんだっけか。
正直ちょっとばかし脱線しすぎたな……
「ぶっちゃけさぁ……いまのって、『神殿従士は、偉いとこの子供がなる』で済む話じゃなかったー……? その前のヤツも、『術具作ってる連中が教団仕切ってる』ってだけのことだったしぃ……」
「たしかに、レヒネのお話はちょっと長いですからね。特に話し甲斐のある人を見つけたときは、限がないというか……」
「はいはい、申し訳ございませんでした。長話が好きなおばさんでごめんなさいねぇ。あなたたちにはわからないわよ。こういうのは、結論だけが全てじゃないの」
二人がかりで長話を責め立てられて、レヒネは「ふん」と横を向き拗ねてしまった。
切れ者の印象だったが、案外子供っぽいところもあるようだ。
色々教えてくれたレヒネには悪いけど、これ以上の脱線は避けておいたほうがいいだろう。
俺は彼女との話を、一旦は打ち切ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます