72.毒を解く


「うへー……聞きしに勝る厳しさだね、聖伐教団っては。大口の仕事しても即大金ってなんないとか、アタシにはとても無理そー……」

「そういう人は、冒険者ギルドにどうぞって寸法なんでしょ。それにしたって、公国から運営資金が出ているからメタルカみたいに自由にはいかないけど。その分、仕組み的にはまともな部分も多いから」

「そ、そうなんだ……話聞いてるだけで、もうなんか頭がこんがらがってきそうー……そういうのは、ぜんぶレヒネ先生にお願いしよっかな……」

「あなたねえ……これからこっちでやっていくんだから、少しは勉強しなさいよ」 

 

 衝撃の事実を耳にしたとばかりにテーブルに突っ伏すエピニオに、レヒネが溜息を洩らす。

 横聞きですいません、こちらも大変勉強になりました……

 

 しかし、神殿従士や神官が固定給って。

 大きな仕事をしても、すぐには収入が変わらないって。

 そこら辺の話は、本当に初耳だ。

 でもそれなら確かに、簡単な無償の依頼を引き受ける人たちが結構いるって話も納得だけど。

 

 フェレシーラのヤツ、あんな馬鹿みたいな値打ちの呪金を借りたりして、本当に大丈夫なのか?

 多分、お金の話になると俺が気にするから、意図的に控えてくれていたんだろうけど。

 俺の知らないとこで、あいつ物凄い借金とかしてないだろうな……

 

「いつものことながら、お疲れ様ですレヒネ。あとで肩をお揉みしますね」 

「そう思うのなら、プリエラも少しは加勢してよ……アレクといい、この手の話は毎度私にお鉢を回してくるんだから」 

「それだけ任されているということですよ。羨ましいぐらいです。まあ、細かいことになるとすぐ投げっぱなしにしていくのは、困りものですけど……」

「ほーんと、それ。それよ。今回もレゼノーヴァにいくぞー! やってやるぞー! ……って言って人を焚きつけてきたくせして。まーたいつもみたいにブラブラしてるんだから」 

「あはは……それはたしかに。折角メタルカでも名が売れてきたのに、勿体ないですよねえ。レヒネもエピニオも頑張ってくれていたのに」 

「あ! それ! それね、プリエラ! アタシ、元々こっち来るの反対だったし! 面倒なルールとか、面倒だし! あ、お姉さんーこっちも唐揚げ三つ……いや四つ! 塩で!」 


 しっかし……

 ほんとまあよく喋るな、この人たち。

 

 エピニオが騒がしいのはとにかく、レヒネも相当で、プリエラは……よく食べる。

 そして三人とも、意外なほどにアレクさんへの不満というか、愚痴が多い。


 実は嫌われてるんだろうかと、邪推してしまったりするけど……

 なんていうか、皆、すごく楽しそうに話してる。

 

「ピィ……?」


 そんなことを考えていると、ホムラが腕の中から見上げてきた。

 こんな騒々しい場所だというのに、この幼い友人はまったく臆した様子も見せていない。

 それどころか、酒場に響く楽器のリズムに合わせて楽しむ素振りすら見せている。

 

 ……何故だろう。

 急に、教会の場所を聞くことが億劫になってきた。

 もっと言えば、泊まっていた宿を見つけることさえ、気後れし始めている。

 

「それにしても……仮にも教団を称する組織が、そういった手法で国に絡んでいるのは意外ですねえ。僧侶なんてものをやっている私が言うのもなんですけど。普通はもっと、信仰面を前に出していくと思うのですが」

「聖伐教団も王国時代は、かなり宗教色が強かったって話だけど。いまは復権派とか言われて、なりを潜めているみたいね。魔人将との戦いの中で術具推進派が台頭してきて、そのままレゼノーヴァが建国する際に主流派になって体制転換に至った……って感じで」

「ほへー。そんなのよくとおったねー。それまでカミサマ信じてがんばってた人たち、大ブーイングだったんじゃない? ラ・ギオの獣神派とかもだけど……そういう連中って見境ないからさ。魔人とやりあった直後にそれじゃ、そーとー大荒れだったんじゃない?」

「あら。エピニオのくせして、中々乗ってくるじゃない」

「いやぁ、それほどでも! でもレヒネはホントこういう話すきだねー」 

「……まあ、そこはね。あんたにもこの国のことは色々覚えておいて欲しいし」


 手にした野菜スティックを「パキリ」と割って、レヒネが講義を続けてきた。


「公国民には、教団からアトマ文字を含む基礎教育を受ける権利が確約されていたから。自分たちで術具を使って暮らしを楽に出来るとか、異様に厳しかった戒律から抜け出せたりとか……そういうメリットが勝った結果ね。それに……当時の労働力の要だった奴隷を『維持』するとなると、周りが黙ってなかったってのもあるのよ。事実、その殆どが故郷に送還されたし」

「あ、それは私も知ってます。隣村でも、十年前ぐらいに家族が戻ってきたとかで大騒ぎしてましたから。結構有名な話ですよね、聖伐教団の『奴隷解放運動』は」

「十年前ってかぁ……うん? そういやラ・ギオでも、この国から戻ってきたのがちょこちょこいたような。あいつら揃いも揃って『公国の連中をブチのめしてきた』とかってことあるごとに自慢してたけど。今の話からすると、メチャクチャあやしいでやんの」

 

 ……ふぅん。

 この国も、色々あったんだな……

 師匠はそういうの、あんまり口にしなかったし、俺も興味なかったけど……

 それにしても、ほんとよく喋る……あの人も、あいつも、他の人と集まると……こんな、風に……おしゃべり……


「……むむ? おーい、キミ。ふ、ら、む、くーん? あれ? こいつ、寝てね? 椅子に座ったままとか、コクッてあたまうつぞー。おーい」

「そのままにしておいてあげなさい、エピニオ。慣れい場所を走り回って疲れてるんでしょ。少し休んだら……って、どうしたのプリエラ。急に真剣な顔しちゃって」 

「あ、いえいえ。たぶんですけど、この子ですね――」


 ざわざわ、がやがやとした喧噪に混じって、声が遠退いてゆく。

 ホムラを棲家ごと抱えたまま、俺は急速にやってきた眠気に抗えず……

 

「はい! これで、大丈夫です!」 

「……へ?」

 

 ピコンと下から上に跳ねた兎耳を前にして、俺はパッチリと目を覚ましていた。

 急激にやってきていた睡魔が、嘘のようになくなっている。

 ついでに言えば、落ち込んでいた気分も随分とマシになっていた。

 

「ふふ、『解毒』の神術をかけておきましたよ。どう見ても、回ってましたから」

「回ってたって……え、そいつなんか毒でも受けてたの? いつの間に?」 

「違いますよ、エピニオ。回っていたのは……お酒です。正確には、ここの空気なんでしょうけど」 

 

 何故いきなりそんなこと話にと思っていると、プリエラが自分の席に戻りながら告げてきた。


「酒と、くぅきぃ? なにそれ。ぜんっぜん、わかないんだけど。ちゃんとした、せっつめい! せっつめい、プリーズ!」 

「ちょっと黙ってなさい、あなたは。ええと、フラムくん?」 

「え……あ、はい。なんでしょうか」 

「うん。意識はハッキリしてるみたいね……じゃあ、早速質問なんだけど。あなた、いま幾つ?」

「いくつって……十五歳ですけど。それが、なにか」 

「え!? 十五ぉ!? うっそ見えない! もっと下かと思ってた!」 

「横からうるさい、エピニオ。それでフラムくん。いままで飲酒をする人は周りにいなかったのよね? あと、人の多いところもかなり不慣れよね?」 

「え、ええ。たしかに、そうですけど……どうして、それを?」 

「そりゃあね。いまみたいなのを見せられたら見当はつくってものよ。強いアルコールやクスリの類って、本当に不慣れな人には間接的にでも作用するものだから」 

 

 僅かに残った野菜の欠片を呑み込み、レヒネは続けてきた。

 

「あなた、神殿従士と一緒に旅してるって言ってたけど……その話、もう少し詳しく聞かせてくれない? 見たところ迷子になって困ってる、ってだけでもなさそうだし」

「それは……」 

「そうですね。私も少し、フラムさんは悩んでいるように感じますので。興味があります」


 突然の要求に尻込みしていると、横から追撃が飛んできた。

 見ればプリエラが、心配そうな視線をこちらに向けてきている。

 ……両手で唐揚げをパクつきながらだけど。 

 

 そう言えば、突然のことすぎてお礼を言うのが遅れていた。

 なんで『解毒』を受けるようなことになったのかは、あまりよくわかってないけど……

 とにかく、お世話になったのは間違いない。

 

「ありがとうございました、プリエラさん。なんかいきなり、気分が悪くなってたみたいで……」 

「どういたしまして。本当を言うと、少し寝せてあげておいてもいいかなー……とか、おもいもしたのですが。万が一があるといけないかなと。アレクの真似をして、お節介しちゃいました。また調子を崩したら言ってくださいね」 

 

 俺が頭を深くさげると、プリエラが「それと、さん付けはなしで結構ですよ」と言いながら悪戯っぽい笑みを浮かべてきた。

 これはどうにも……お世話になっておいて、このままだんまりで通すには苦しい流れだ。

 

「話って言っても、大して面白い内容でもありませんけど」 


 一応の前置きに、レヒネとプリエラが頷く。

 知り合ったばかりの相手に話すのは、あまり乗り気はしないが……

 特定避けに固有名詞を出すことを可能な限り控えて、その上でフェレシーラに釘を刺された点に気を付けておけば、大丈夫だろう。


 そう判断すると、俺はそれまでの経緯を口に昇らせていった。


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