71.お喋り娘と迷子の少年
「ほらほら、キミも食いなよ。お金なんかとらないから。散々走り回って、お腹、すいてるんでしょ?」
「……なにが目的だよ。あんた」
「ガキんちょのクセして、疑り深いなぁ。ま、ひったくり犯の容疑でこわーいおにいさんばっかりいるとこに連れ込まれて、内心ビビりまくりなのはわかるけどぉ」
「ガ――こっちは、教会の場所さえわかればそれでいいんだ。教えてくれないんなら、他をあたるからいい。こんなところで無駄に時間を潰したくないからな」
揚げイモを乗せた小皿を押し付けてきたエピニオに、俺は可能な限り声を低くして返していた。
年上ぶった口調にはカチンときたが、それには乗ってやる気はない。
腹だって、そんなに空いていない。
昼食ならフェレシーラと一緒に済ませてある。
いつもより、ちょっと早めで少な目だったけど……
「たしかに教会の場所なら、ここの皆さんも全員知っているでしょうから。誰かしら教えてくれるとおもいますよ」
今度の声は、俺の左手側からやってきた。
プリエラだ。
肯定の形で切り出されたその言葉に、俺はホムラを抱えて押し黙る。
神術の使い手を名乗った、プリエラという女性……
のんびりとした雰囲気をまとっているが、揚げイモに手の伸ばす速度、頻度共にぶっちぎりの一位だ。
柵切りにされた生野菜の類も、注文するたびにペロリと平らげているところを見ると、かなりの大食漢らしい。
「でもですね。わたし、フラムくんともう少しお話していたいです。袖振り合うも他生の縁。きっとこれも、ラパ――いえ、アーマ様の、思し召しだとおもいますから」
そのわんわりとした申し出に、俺は口籠ってしまう。
独特の柔和な雰囲気ゆえに断りにくい、というのもあるが……
そういう風に言われると、正直こっちが弱い。
何せこちらは、見ず知らずの彼女たちに思い切りぶつかっていった形だ。
エピニオの言うように、ひったくりの嫌疑で衛兵に突き出されても文句は言えないだろう。
まあこの際、とっとと詰所にでも叩き込まれた方が早く教会に辿り着けるのかもしれないが……
それでは猶更、フェレシーラに合わせる顔がなくなってしまう。
「それに……この子も、お腹空いてるみたいですし。ね、ホムラちゃん」
「ピィ♪」
プリエラが差し出してきた揚げイモに、ホムラが飛びつく。
その鳴き声に、隣席でジョッキを傾けていた戦士風の男が一瞬、目線を向けてきた。
強面の風貌をした、スキンヘッドの大男だ。
同席する男たちも長身、小太り、白髪混じりと見た目の差異はあれど、揃って精悍な雰囲気を漂わせている。
だが大男の興味は、すぐに運ばれてきた料理に移ったらしい。
彼は骨付きの唐揚げに手を伸ばすと、白髪交じりの男が手にしたレモンの輪切りとの攻防を繰り広げ始めた。
「しっかし、この国は揚げ物なんかもジャンジャン出回ってるねー。メタルカはともかく、アタシの
「公国では生活術具の製造が発展しているから。植物油の生産も、調理器具の類も比較的安価に可能になっているのよ。ま、ラ・ギオで術具が出回っていても、こうはいかないでしょうけど」
「む。どうせアタシら獣人はアトマの扱いが下手ですよーだ、ふーん」
「私が言いたいのは、アトマ文字の普及率の話なんだけど……輸送手段にしても保存技術にしても、そこで水をあけられているわけだし。ていうか、あなたいい加減に術具の一つぐらい使えるよう勉強なさい。ただでさえ役割分担しきれていないんだから」
「うあー、もう、また始まったよレヒネのお小言がー。ごはんがマズくなるからあとにしてよぅ」
レヒネの解説からの指摘に、エピニオが椅子に手をつき体を浮かして足をバタつかせた。
なんかこのやり取り、妙な
もしかして、だけど……
「あのさ。勘違いかもしんないけど……皆この前、セブの町で寝泊まりしてなかったか? 教会の前の、小さな宿でさ」
「ん? たしかにそうだったけど。なんでキミがそれ知って――あ。そっか、思い出した。キミ、アレか」
俺の質問で、どうやらエピニオも思い出してくれたらしい。
「アレクにスリから助けてもらってた、あのときのアレか。はっはーん、どおりでね。なーんか見覚えがあったわけだ」
「セブの町で助けたって……フラムくんを? じゃあ、この子がアレクの言ってたアレ?」
「あ、そういえばそんなこと言ってましたね。また今日みたいな遅刻の言い訳ぐらいにしか思ってなかったので、話半分に聞いてましたけど……アレってどんな話でしたっけ?」
うぉい……三人揃ってアレって言わないでくれ、アレって。
というか、アレクさんは遅刻状態でここにいないのか。
あの人がいてくれたら、なんとなく話が早そうなんだけど。
「なんにせよ……あの人が助けたのなら、妙な真似を仕出かす子でもなさそうね」
「そうですね。お話を聞いてみた感じ、わるい子じゃなさそうですし」
「ええー。なんだよ二人してお姉さんぶってー。もう少しいじって遊ぼうよー。あ、そうだそうだ! この子の言ってる神殿従士の人に、お礼もらおうよ! 保護しといてあげましたとか言ってさ! 聖伐教団って国の組織なんでしょ? そこれ働いてるなら、お金たくさんもってるよきっと!」
……なんか、とんでもないこと言い出してるし。
そういうのって普通、本人の前で言わなくないか。
でもまあ、このままエピニオにその気になられても困る。
ここはやっぱり、ぶつかったことをしっかり謝って終わりに――
「なに言ってるのエピニオ。神殿従士も神官も固定給制なのよ。余程のお人好しじゃない限り、そんなの期待できるわけないでしょ」
「え? そうなの? 従士や神官もアタシらがギルドでやってるみたいに、教会の依頼引き受けてるよね? それで皆、じゃんじゃん稼いでるんでしょ?」
「ちょっとちょっと……間違っても教団関係者の前で、そんなこと口にしないでよ。収入面では私たち冒険者よりは安定してるとは言っても、向こうだって命張ってるんだから」
「アタシたちよりは安定って……え、それマジで? ヤバめの魔物退治とかしても、貰えるお金、ザコいのやったのとぜんぜん変わんないってこと? それって、おかしくない?」
突然始まったレヒネとエピニオのやり取りに、俺は耳を持っていかれてしまう。
「全く払いが変わらないわけじゃないようだけど……それにはしっかりと実績を重ねて、階級をあげていく必要はあるから。無名の冒険者がいきなり大物仕留めて一攫千金、みたいなのは無理ね」
「はあ? なにそれ。じゃあ、依頼したヤツが出したお金、どこにいくの? ほとんど教会の懐に入っておしまいってこと? やっぱおかしくない?」
「おかしくないから。教会の収益は、この国の財源の軸の一つなの。基本的には町中だけ守ってればいい衛兵とは違って、カバーしないといけない範囲も広いし……そういうのもあって、何かと入用なのよ。税の徴収に必要な人口調査まで手掛けているのよ?」
呆れながらも説明を行うレヒネと、驚きを隠せないエピニオ。
そんな二人を前にして、俺は開きかけた口を完全に閉ざしてしまっていた……
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