61.呪ひの金、蒼き鉄


 寝台の上にそっと置かれた拳大の球体は、鈍い金色の輝きを放っていた。 

 

「これって……呪金か?」 

「御名答。流石にこの手の代物には詳しいみたいね」

「いやまあ、詳しいっていうか……レゼノーヴァでは霊銀よりも珍しい鉱物だからな。でもこれだけ混じり気のないヤツで、このサイズは中々お目にかかれないぞ。『隠者の塔』の術具素材ストックにも、これクラスのヤツはなかったとおもうし」

「元々、美術品として所有されていた代物だから。煌炎の魔女の一番弟子のお墨付きってことなら、より一層拍が付くってものね。それを公表出来ないのが残念だけど」

「茶化すなって。しかしそれにしても凄いな。美術品か、なるほど……」 

 

 目の前の球体を、俺は食い入るようにみつめる。

 フェレシーラといえば、それを収めていたと思しき手提げ袋を、何食わぬ顔をして床に置いていた。

 

 どうやら俺を驚かそうとして、今の今までそれを隠していたらしいが……

 その思惑どおりに、俺は重量感のある球体から目が離せずにいる。

 

 呪金。

 この世界において、霊銀に次ぐ稀少性を誇る霊的物質。

 霊銀の特性が『魔法陣の機能を最大限に引き出す』ことに適しているように。

 この呪金という物質にも、優れた霊的特性が秘められている。

 

 呪金の持つ固有の特性。

 それは非常に優れた『アトマの遮断性』にあった。

 

 ここまで言えば、その主な用途も想像がつくだろう。

 アトマによる干渉対する防護素材……

 鎧や盾を始めとした重防具のみならず、軽量な衣服の類にも利用可能な霊的物質として、呪金は優れた効能と貴重性を有しているのだ。

 

 そして、これだけ見事な呪金をフェレシーラが用意してきたとなると、それはつまり――

 

「明日はこれを報酬として教会に提示して頂戴。それで報酬面での問題は、ほぼ確実にクリア出来るはずよ」

「なるほどな」


 やっぱり、ここはそういう流れになるだろう。

 フェレシーラの提案に、俺は苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

 

「そりゃありがたい話だけどさ。流石にそれって、不味くないか?」

「あら、どうしてかしら。私の頼みごとの為に私が対価を用意するのは、何らおかしいことではないと思うけど? それに依頼を果たせば、その報酬としてこれは手元に返ってくるわけだし」 

「しらばっくれるなって。報酬を受け取るとしても、それは現金化した状態で、その上教団に仲介料とか諸々を差っ引かれた後の額だろ? つまりこのやりかたは、コイツを叩き売りするってこととそう変わりないって話だ。違うか?」 

「……違わないけど。それにしたって、術具工房やその辺の鍛冶屋で換金するよりは、相当マシな額にはなるもの。それを元手に依頼を行うよりは、余程効率的よ」 

「まあ、そりゃそうだけどさ……」 

 

 指摘のつもりで口にした言葉をバッサリといかれて、俺は口籠ってしまう。

 

 フェレシーラの提案は、理に適っていた。

 彼女がわざわざこんな手間を踏むからには、それが現状ベターな選択なのだろうということも、わかってはいた。

 わかっては、いたが……

 

「わかったよ」


 喉元まで出かかっていた反論の言葉を飲み込んで、俺は彼女の案を受けいれた。


「そうしたほうが、フェレシーラに……いや、俺たちにとって、いい結果になるってことだな?」

「ええ。それは間違いないわ」

「オーケー。なら俺も、それに賛成する。かかった費用については、返済額に上乗せしといてくれ」


 こちらの返答に、フェレシーラはニッコリとした笑顔で応えてきた。

 正直、そういうリアクションは怖いからやめてくれと言いたい。 

 とても言える立場じゃないけど。

 

「それとこれも……ついでだから、受け取っておいて」 

「うっへ。まだ何かあるのかよ……」 

「? なんでそこで文句が出てくるのよ」 

 

 そう言いながら彼女は、今度は床に置かれた袋から縦長の箱を取り出してきた。

 

「ん? これって、もしかして」 

 

 言いながら、俺は濃紺色の箱の蓋へと手を伸ばす。

 

 箱の側面には、小さな留め金がついていた。

 それを上に押し上げて、ゆっくりと蓋を開ける。


 箱の中には、鞘に入った一振りの短剣が収められていた。

 

「森を出るときに、貴方に頼まれていた品よ」 


 フェレシーラの言葉に導かれるようにして、俺はその短剣を手に取る。

 そして蔦模様の装飾を施された鞘からそれを引き抜くと、眼前に掲げていた。

 

 水晶灯の淡い光を反射して、短剣の刀身が青い輝きを放つ。 

 青一色。

 吸い込まれるような深い青色をした、両刃の短剣。

 

 刃渡り30㎝ほどの刀身をそれを前に、俺は言葉なく、ただ溜息を溢していた。

 

 勿論それは、短剣の持つ美しさに見惚れたせいもあるが……

 俺が最も心奪われたのは、他でもない。


 その短剣の小さな刀身にびっしりと刻まれた、精緻なアトマ文字の集合体――即ち、それが一個の術具として機能することを指し示す、極小微細の霊銀盤に対してだった。

 

「セブの町には目当ての品がなかったから、ここの教団関係者に掛け合って入手したのだけど……どうやらその様子だと、お気に召してくれたみたいでなによりね」 

「お気に召すもなにも……これって、術法武具だろ? しかも、こんな小さな短剣にこれだけのアトマ文字を配するって。素材は霊銀と……重さと色合いからして、強度重視の蒼鉄そうてつか?」

「わーお、またまた御名答。ほんと詳しいのねぇ」

「さすがに、術具関係はそれなりにな。にしても……さっきの呪金の塊もだけどさ。こっちだって相当値が張る代物だろ? 美術品として見ても、かなりの値打ちがありそうだし……」 


 一息にそう言いながら、その価値を推測しつつも。

 俺はその青銀の短剣を一向に手離せずにいた。

 

「そうよー。それ、たっかいんだからねー」

「う……脅すなって。高いって、具体的にどれぐらいだよ」

「そうねぇ。出すところに出せば、この町ならちょっとした家が建っちゃうぐらいの額にはなるかしら。もちろん、土地付きで」

 

 ひえっ。

 家って……家と土地って……ひえっ。

 

 いかん、余りの衝撃に語彙力が消失した。 

 

「まあ、そうは言っても術具としての価値はそこまででもないけどね」

「え、そうなのか? たしか、俺が頼んだ術具の効果って……」

「ええ。ご希望どおり、『蓄積』の魔術よ。でもそれ、鞘に納めた状態で使わないと充填出来ないタイプだし。発動出来る術法の強度にしても、サイズ的にも知れたものだから」 

「いやいや……利便性を考えたら、価値がないなんてとても言えないだろ……」

「それは貴方だから、そう言えるのよ。世間一般からすれば術具としては安物の部類に入るって話。当然、金額的な付加価値もそれなりよ」


 なるほど。

 そう言われると、納得もいく。

 それでもこの短剣が馬鹿高いことに変わりはないんだけど。

 

「でも、上手いこと短剣に仕込まれてるのが見つかったな。ありがたい話だけど」

「そりゃあね。普通、『蓄積』の術具と言えば保険として術法を仕込んでおく為のものだから。携帯性の高いものが好まれるのは当然のことよ。他にも杖に十字架アンクに、ブレスレット型のヤツもあったけど。貴方が使うとなれば、それ一択でしょ?」 

「だなぁ」 

 

 本当に、ありがたい話だった。

 フェレシーラと『隠者の森』より旅立って以降――あの鳥頭の影人と一戦交えてから、俺は自分の身を守る武器を持たない状態が続いていた。

 それをカバーする為にも、フェレシーラに実用的且つ、そう入手の難しくない術具を探してもらっていたのだが……


 その二つの問題が、この短剣のお蔭で一気に解決したことになる。 

 嬉しい誤算だ。


「なあ、フェレシーラ。これ……試しに使ってみていいか?」

「それはだーめ。もう今日の練習はお終いって約束したでしょ。それに貴方、馬車で『体力付与』の術具も使っていたし。あれって自分の体力を分け与える術だから、考えなしに使ってると疲れが一気にやってきて動けなくなるわよ? 私みたいな熟練者は別としてね」

「え……マジかそれ。『浮遊』の練習を始めたあたりからフラっとしてたアレ、気のせいじゃなかったのか……中々に怖いもんだな、神術ってヤツも」


 フェレシーラの指摘に、俺は驚きながらも短剣をしまい込む。


 そっか。

 言われてみれば、体力の『付与』だもんな。

 これからは知らない術具を使うときは、もう少し考えないとだ……

 

「怖いのは貴方のほうよ。まったく、霊銀盤が読めるだけで術具が使えるのも考えものね。普通、使い慣れないものは不発に終わるのだけど」

「いやぁ、そこだけが俺の取り柄だからな。でも、これからは気を付けるよ。それと遅れたけど、短剣、探してくれてありがとう。前のみたいに無くさないように、大事にするよ」

「……べつに、私は神殿から譲り受けてきただけだし。それよりも、今日は早めに寝ておくから。二人揃って寝坊して、司祭長からの命令が先に届いたりしたら、それこそ目も当てられないもの」

「ああ、そうだな。それじゃ一緒に寝るとするか、ホムラ」

「ピピ……スピー……zzz」 


 予想よりも随分と長くなってしまったが、話はそこで纏まった。


 明日は聖伐教団に行って、依頼の申請をする。

 まずはそれからだ。

 うん。

 今日はもう休んで、また明日から頑張ろう。

 

 己がやるべきことを念じながら、俺は石床の上へと毛布を重ねていった。


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