62.初申請

 

 それはミストピアに立ち寄ってから、二日目の昼。

 皆で市場を一巡りして、早めの昼食を済ませてからのことだった。

 

「お名前はフラム様ですね。では……神殿従士フェレシーラ様からの紹介で、当教会に影人の調査依頼を御希望とのことで、お間違いなかったでしょうか」

「あ、は……はい! その内容で、よろしく、お願いします……!」 


 昨日も立ち寄っていた聖伐教団の教会受付にて、俺は緊張に身を硬くしていた。

 

「ありがとうございます。それでは書面を発行致しますので、待合室でお待ちくださいませ」

 

 まだ十代前半と思しき神官の少女がペコリと可愛らしく頭を下げてきて、清潔感のある黒髪と青いローブの裾を揺らしながら、カウンターの奥へと消えてゆくその最中。

 

「……おい、フェレシーラ。なんでお前、俺が申請する間ずっと引っ込んでたんだよ!」


 俺は後ろに控えていた法衣姿のフェレシーラへと向けて、不満の声をぶつけていた。

 

「なんでって言われてもね。小っさな子供じゃあるまいし、私が付きっきりで面倒見てあげる必要もないでしょう? 現に申請は受理されたわけだし」 


 こちらの抗議に、彼女は澄まし顔で首を傾げるだけだ。

 取り付く島もないとは、正しくこのことだろう。

 

「いや、そりゃそうだけどさ。こっちはこういうの初めてで、めちゃくちゃ緊張したんだぞ! 途中、質問されて何度も噛んだし……受付の人も、最後のほうとかクスクス、クスクスって――ああ、くっそ! 絶対、こいつ田舎者だって思われてたぞ、今の……!」 

「自意識過剰ねぇ。あれは単に、微笑ましくて自然そうなっちゃってただけでしょ」

「そ、そっか……って。それはそれで、微妙に傷つくな……」 

 

 昨日フェレシーラと行った打ち合わせのどおりに、俺はミストピアの教会に、影人調査の依頼申請に訪れていた。

 

 そしてそれは、若干こちらの予想とは異なる形ではあるが、今現在つつがなく進行している。


 口頭説明と書類記入による、依頼の仮申請。

 達成難度や報酬を元にした、依頼内容の精査。 

 そしてこれから行われる、聖伐教団と依頼者間での依頼書の発行。

 

 こうして作成された依頼書を元に教会との契約を取り交わした後に、ようやく依頼開始となるらしい。

 

 ついでに言えば、教会が定めた期間内に依頼の受注が入らなかった場合、教会窓口で依頼の掲示が取り下げられてしまい、依頼書も無効となるとのことだ。


 そうなれば当然、諸々の申請手数料も無駄となってしまうわけだが……

 しかしこれは、冷やかし半分、悪戯半分の依頼を未然に防ぐ為には仕方のない仕組みなのだろう。

 

 勿論、正式に依頼書が発行された際には教会側もしっかりと動いてくれる。

 相応の実力を持つ所属員の手が空き次第、依頼の受注を手配していくのも彼らの役目だからだ。

 それが滞りなく終えられれば、後は依頼主が首を縦に振るのを待つのみとなる。

 

 ……以上、受付カウンターに貼られていた、案内書からお送りしました。

 

「しっかし、申請の手続きも思ってた以上に複雑なんだな……ん? なんだこの壁に一杯張ってある紙切れ。これも依頼書か? それにしちゃ、大きさも書式もマチマチだけど」 

「ああ。それは教会が受け付けている、無償依頼の届け出よ」 

「無償依頼って……え? ただで頼みごとが出来る、ってことか?」 

「そうよ。とはいっても、相応の内容しか引き受けられることはないけどね」 

 

 フェレシーラによれば、それは聖伐教団が奉ずる魂源神アーマへの布教を兼ねて行っている奉仕活動であり、教会と神殿に所属している人々の基本的職務の一つらしい。

 

 近所の空き地の草むしりに、迷い猫の捜索。

 野犬の駆除に、災害等で倒壊した家屋の撤去作業。

 従士による護身術の指導に、神官によるアトマ文字を含む簡単な読み書き指導……等々。

 

 中にはそれなりに手間のかかりそうな依頼も散見される。

 しかし当然ながら、こうした恩恵に預かれるのは公国に所定の税を納め、住民権を得た公国民のみ。

 資格のないものが無償依頼を行えば、それだけで厳罰の対象になるとのことだ。

 

「ま、そこに張り出されているものは、引き受けて貰えたらラッキー、程度のレベルのものが殆どよ。深刻な内容になると誰も引き受けてくれないし、ここ以外だと冒険者ギルドに割高な報酬付きで持ち込ないと解決の見込みは殆どないから」 

「なるほど……じゃあ、暇をしてる人がいるのを期待して駄目元で出してるわけか」 

「そういうこと。しかも自力で解決したものをずっと出しておいて、教団の人間を無駄足を踏ませても軽度の罰金が付いたりするし……駆け出しの神官や従士が実績と経験を積む機会としては、重宝されていたりもするのだけどね」 

「ああ、そういうのもあってワンチャンあるかもって感じなのか。ってことは……フェレシーラも従士に成りたての頃は、この手の依頼を引き受けたりしてたのか?」 

「残念ながら、記憶にないわね。基本的に他の人に任せられる範囲の仕事は引き受けないから。似たような内容の事件を偶発的に処理したことなら、それこそ数え切れないほどあるけど」

「それは……なんていうか、お前らしいな」


 職務としては常に力量に見合ったものを選ぶ。

 かといって、困った人に鉢合わせれば、それを放っておいたりはしない。 


 如何にも、フェレシーラらしい行動基準だ。

 彼女が白羽根に選ばれたのも、能力だけではなく、そういった面も評価されてのことなのだろう。

 まあ、これは俺の勝手な想像だけど……そう無関係でもないはずだ。

 

「それにしても、住民権を得るメリットか」


 こうして話を聞いた限り、悪くなく思えるが……

 この手の制度を知る度に公国の税って結構重そうだなー、とか考えてもしまう。 

 

「今は旅の途中だから仕方ないけど。貴方も公都についたら、キチンと住民権を取ってもらいますからね」 

「え……なんでいきなり、張り紙覗いてただけでそんな話になるんだよ」 

「そりゃあ顔に思い切り出てたもの。それに公国も教団も、国力の向上に躍起になっているから……可能な限り住民権獲得の協力をお願い・・・するのは神殿従士として当然のことよ」

「ふぅん。じゃあ、もし断ったらどうなるんだ?」

「そうねえ。まず、こういう正規の依頼が私みたいな推薦者なしでは不可能になって……後は病や傷の手当も相当高額になるし。犯罪行為に晒されても、領地領民に対する犯罪に当たらないから衛兵も教団も動いてくれないし。仕事に就くにしても当然――」

「オッケー。わかった。わかりました。僕も頑張って税金を納められるように努力シマス」

「はい、わかればよろしい。いつまでも私がフォロー出来るだなんて思っていないで、自分でやれることはドンドンやっていきなさい」


 ドン、と背中を叩かれて、俺は待合室へと押し込まれる。

 当然だが、かなり痛い。

 というか、日に日にこの手のリアクションがオーバーになってきてないですかねぇ、この人……!

 

「わかったら契約書を受け取って、次にいく。今日はホムラによさそうなご飯、色々探してみるって息巻いてたじゃない」 

「へーい……ガンバリマース」 

 

 フェレシーラに発破を掛けられるも、どうにも力が湧いてこない。 

 こりゃ本当に『体力付与』の反動がやってきてるかもな……

 

 とはいえ、彼女の言うことはもっともだ。

 姿勢をしゃんと正して、俺は待合室の長椅子へと着座する。

 

 そこに先程の、受付を行ってくれた神官の少女がやってきた。

 

「お待たせしました、フラム様。こちらが依頼書となっていますので、確認のほどをお願い致します」 

「はい、ありがとうございます。では、失礼して……確認させていただきます……!」


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