42.中途半端は好きじゃない
「貴方は還るの。あの塔に……マルゼス様の元に、還るの。それがきっと、貴方が戻るべき場所なのよ」
ぽふぽふと肩をはたかれながら、俺は駄々っ子のように首を横に振る。
帰る?
あの塔に?
マルゼスさんの元に?
あの人に破門されて、捨てられた俺が、帰る?
……ありえない。
いみがわからない。
なぜフェレシーラが、そんなことを言ってきたのか。
俺には全くわからなかった。
「暴走した影人のアトマを一撃で跡形もなく吹き飛ばした、貴方の魔術。あれは……普通ではなかったわ」
「……? 普通じゃないって……どういうことだよ……」
「貴方の体には、何か大きな秘密があるはず、という話よ」
「ひみつって、なにいってんだよ……わかんない。わかんないよ、おれ」
「そうね。私にも、よくはわからない。でもね、フラム。貴方あのとき、自分で組み上げた術法式を、霊銀の手甲を使って体の外に強引に展開したでしょう?」
「……うん。した」
今度の言葉は理解出来るものだった。
なので俺は頷く。
いうことを聞いてさえいればという淡い期待から、彼女に
すると、肩を撫でる掌が上へとあがってきた。
「あんなの、私も初めてみたわ。あんなに綺麗な魔法陣、生まれて初めてみた。昔、お父様にねだって用意してもらった花火みたいで……あんな状況だったっていうのに、すごく……見惚れてしまって」
ボサボサの後ろ髪が、あやすような手つきで撫でられる。
「貴方は私のことを、格好いいって言ってくれたけど。私は、あの時の貴方が……」
フェレシーラの指が、俺の頭を撫でてゆく。
そうしながらも、言いながらも、彼女は弱々し気に首を横へと振ってきた。
「でもあれはきっと、やってはいけなかった……いえ。やらせては、いけなかったのよ」
「いけなかったって……なんでだよ。あのときは、ああでもしないとおれ、おまえを」
「……っ。わかってる。貴方の言いたいことは、わかってるから。だからこそ、聞いて。聞くのよ」
言葉の途中、ぎゅう、と頭が抱えられてきた。
「不定術法式でやれることなら……術具を利用すれば貴方が魔術を使えるなら、あの人は……マルゼス・フレイミングが、それに気付かないなんてありはしない。不定術法式なら、あの人は絶対に使いこなせるから。だからあの人は……貴方に魔術を使わせようと思えば、簡単に出来たはずなのよ」
「……うん」
今度の言葉は、なんとか理解出来た。
でも、その内容をわかりはしても、意図まではわからない。
マルゼスさんが、俺に魔術が使える方法を隠していたということも。
フェレシーラが、なぜそんなことを口にしてきたのかということも。
まるでわからなかった。
「でも……それはきっと、やってはいけなかったの。貴方をずっと育ててきた人が、避けて通っていたことを……私なんかが、その場の思い付きで軽々しく――」
「……んて、……なよ」
「――? フラム?」
ぼそりとした呟きに、亜麻色の髪が揺れてきた。
ゆるくウェーブのかかった髪が揺れて、ほんの少しだけ離れてゆく。
「なんかがなんて……お前が、言うなよ!」
それを引き留めるように、俺は叫んでいた。
叫んでしまっていた。
「フラム……」
目の前には、びっくりといった感で見開かれた大きな瞳。
青い、青くてとても綺麗な、女の子の瞳。
「俺、嬉しかったんだ。お前みたいな、強くて、カッコよくって……俺よりもちょっと年上なだけなのに、俺とは比べものにならないぐらい大人なヤツに、一緒にいってやるって、言ってもらえて……」
そこに向けて、俺は声をぶつける。
「俺、今までずっとダメダメだったからさ……幾ら頑張ったつもりでも、お前のいうように、なにか理由があったとしてもさ……あの人の弟子らしいことなんて、想うようにぜんぜん出来なくってさ。それでずっと、いじけてたから」
声は、一度噴き出し始めると止まらなかった。
「だから俺、嬉しかった。お前に色々と、教えてもらって。この手甲だって、用意してもらって。それで、魔術の真似事なんかも出来るようになって……他の人には秘密だって、言ってくれて、嬉しかった。塔を出ることになって、これから一人でどうすればいいのかなんて、これっぽっちもわかんなかったのに……お前のおかげで、半人前ぐらいにはなれた気がして、本当に……本当に、うれしかったんだ」
頭の中がぐちゃぐちゃのまま口だけを動かすと、目の前で、髪が揺れていた。
微かに差し込む日の光に、初夏の日差しとは思えぬほどのうっすらとした光に照らされた、彼女の髪が。
まるで宝物のようにキラキラと輝いていたそれが、ふるふると、不規則にゆれていた。
きっと俺が、わがままを言って離さなかったせいだろう。
「だから……だからそんなお前が、私なんかなんて、頼むから言わないでくれ……!」
こんなわけのわからない、支離滅裂なことばかり言って、困らせているからだろう。
……あまりわがままばかり言ってると、駄目だってわかってたのに。
「わ――」
言いたいことを言い終えて脱力していると、掴みかかっていた肩が、またふるふると震えてきた。
やっぱりだ。
やっぱり俺は、また大事な人を呆れさせて、
「わたしだって……私だってね!」
ドカンと、それはやってきた。
「私だって、好きでこんなこと言ってるんじゃあ……好きでこんな中途半端なこと、しようと思ってるわけじゃあないのよ!」
ドカンの次は、ガシッとだった。
フェレシーラの手が、俺の肩をガシッと掴んで、揺さぶってきていた。
「こんな……こんな途中で投げ出すような真似……拾った捨て犬を、家に連れて帰る前に投げ出すような真似、好き好んで、やろうと思っているわけじゃあないのよっ!」
「んな――す、捨て犬って、おま……!?」
わしゃっと、俺は藍色の服を掴み返す。
洞窟の湿った空気に晒されていたからか、彼女の服はすっかりと冷たくなっていた。
「い、幾らなんでも他にもうちょい……こう、なんか上手い言い様があるだろ……っ!」
「はー? 上手くなくって、すみませんね! あんたなんか、捨て犬で十分よ! それか、図体ばっかりおっきくなった、大型犬の子犬! 箱の隅っこから隙あらば『ぼくを見て、ぼくを見て』って見上げてくる、きゅんきゅん鳴いてばっかりの、でっかい子犬!」
「おおが……こい……!? だ、誰が具体性を高めろって言った!?」
いや……
正しくは、俺をずっと抱えていたから、そうなっていたのだろう。
冷え切った肩を掴み、俺は彼女を正面から見据えた。
「――」
薄闇の中、朧な光に照らされた少女の姿をあらためて見る。
フェレシーラは、綺麗だった。
どれだけの闘いをくぐり抜け、土埃に塗れようと、綺麗で、美しかった。
怒った顔は、可愛いかった。
微かに腫れた瞼でこちらを睨みつけてくる、彼女はとても可愛く思えた。
それら全てが、静まり返った時の中、どんどんとこちらに近づいてきていた。
やがて、青い瞳がゆっくりと閉ざされてゆき――
「――ピィ!」
突如、洞窟内に聞き覚えのある鳴き声が響き渡った。
「……ッ!?」
ドンッ!!
「あ――だっ!?」
それに一瞬遅れて、俺はフェレシーラに胸を思いっきり突き飛ばされ、受け身を取る間もなくそのまま勢いよく後方へと転がされていたのだった。
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