41.行き場のない少年


 気付けば俺は、再びフェレシーラとの会話に興じ始めていた。


「もちろん、って……いいのかよ、いつまでも話し込んでいてさ。自分で聞いておいてなんだけど」

「ええ。私も色々ありすぎてちょっと疲れちゃってたし。休憩も兼ねて、そうしたかったところだから」

「……休憩って、こんなところでかよ」

「あら、笑わないでよ。こう見えても私、こういう秘境っぽい場所探すの好きなんだから」 

「あー、なるほど。たしかにそういうのは、結構楽しいかも」

「でしょ? やってみると、嵌るわよー? 病みつきになるわよー?」

 

 話の大半は、フェレシーラからの振りで、俺は適当な相槌を打つか、時折ツッコミを入れる程度のものだった。

 俺から話がしたいだなんて言い出しておいて、生返事ばかりだなんて失礼極まりない対応だが……フェレシーラは、別段怒る様子も見せずに話し続けてくれていた。

 

「それにしても、これだけ巨大な鉱床が地表よりにあるだなんてね。やっぱりこれって、マルゼス様が魔術の実験に利用していたとか、そういう感じ?」 

「うーん。どうだろうな……昔のことはあまり知らないけど、この森ではあまり大きな魔術は使ってなかった気がするし」 

「ふぅん……あ、そういえばグリフォンとかの幻獣って、アトマの多い場所に集まるってことだったけど……あの影人って奴も、そうだったのかしらね?」 

「その可能性はあるんじゃないかな。アトマ目的で縄張り争い的にやりあってたのかもだし」

「うんうん。やっぱりフラムもそう思う? あ、それとね――」


 ぽつぽつ、だらだらと。

 いつの間にかまた洞窟の地面に腰を下ろして、俺たちは話を続けていた。


 疲れたから、なんて言い出したわりにフェレシーラは元気だった。

 もちろん立て続けに神術を使い続けた分、相応の疲労はあるんだろうけど……

 

 それでも彼女が、意図的にこの洞窟からシュクサ村へと帰還するための、その手段に関する話題を避けているのは、明白だった。

 その理由は、俺にはわからない。

 わからないままに、俺は彼女と言葉を交わす。

 

 だが、終わりの時が刻一刻と近づいてきていることだけは、わかっていた。

 昨日出会ってから、今日これまでの出来事を中心に喋り続けながら。

 俺の頭の中は、そのことで一杯だった。

 

 今回の影人に関する事件が終息すれば、それでこの一件は終わりなのだ。

 俺は身の潔白を証明して、お世話になった元師匠の名誉を守る。

 フェレシーラは魔物の討伐を果たして、次なる使命の地に赴く。


 だから俺は、彼女に対する最後の言葉を探していた。

 これまで無償で俺を助けてくれた恩人に対する、感謝だとか。

 この先も危険な場所に向かうであろう、神殿従士に対する声援だとか。

 そういう言葉を、探さなければいけなかった。

 

「そういえばさ」 

 

 だが、どういうわけか、またしても。

 俺の口と舌は、考えていた事柄とはまるで違うことを喋り始めてしまう。


 ……気がつけば、二人背中合わせとなって頭上を見上げていた。

 まるで宝物の様にきらきらと輝く青みがかった銀の天井を見つめながら、俺は彼女に話しかけていた。

 

「なぁに? さっきから、そういえば、そういえばって」

「あ、ああ……うん。そういえば、フェレシーラの先生ってどんな人なのかって思ってさ」

「私の先生? うーん……そうねえ。格好良いところとか、優しいところとか、理解し難いところとか。沢山あって複雑な人だけど」

「……だけど?」

「うん。そうね。一言で言うのなら……怖い人よ」 

「怖いって……フェレシーラに、そう言われるほどなのか?」 

「ちょっとちょっと。なによその顔。私が人を怖がるの、そんなにおかしい……!?」 

「いやー、おかしくはないけどさ……っていま、そっちから顔見えてなかっただろ!?」

「見えてなくても、大体わーかーりーまーす!」 

「あ、こらっ、頭ガンガンぶつけんのやめろって! こっちはさっきまで頭痛で死にそうだったんだぞ! この、石頭っ!」 

「……!」

「あだっ!?」

 

 ゴンッ、と無言で後頭部を打ち付けられて、俺は本気で悲鳴をあげた。

 ヤバイ、この人ほんとに石頭だ。

 ハンマーヘッドだ。


 というか、こいつが怖がるって……その先生とやら、どんだけだよ。

 うちの師匠とどっこいの、人外レベルの化け物しか想像出来ないんですけど。

 アレか。

 聖伐教団ってのは、俺が想像していた以上のイカれた武闘派集団なのか?

 

「ん……? そういやなんでお前、最初に会ったときにあんなに師匠のこと怖がってたんだ?」

「あれは――怖がってたというか、何というか……こっちにも、色々とあったのよ」 

「ふーん……色々ねぇ」 

 

 その濁した口振りに、俺は押し黙ってしまう。

 色々は、色々だ。


 一口には言えない事情とか、理由があるのだろう。

 ……人に話の理解が早いだなんていうのなら、少しぐらい込み入った話も平気だと思うけどな。

 

「私ね。マルゼス様とは、一度会ったことがあるの。でもそれって……すごく小さな頃の話だから、正直あまり憶えていなくって」

「へぇ……」 


 コンと頭の後ろから声がぶつかってきて、俺は気の無い風な声で返してしまっていた。


「それでも、あの人の輝きは……力強い、燃えるようなアトマの光だけは、今も鮮明に憶えているの。だから、貴方を初めて見たときは、本当に驚いた……」

「俺を、見たとき……?」 

 

 唐突に湧いて出てきたその言葉に、俺は思わずその場を振り返る。

 するとそこには、悪戯っぽい笑みを浮かべた少女がいた。

 

「――!」

「そうそう。そんな感じで、私も驚いてたでしょう? ほんと、あのときはびっくりしたもの。貴方のアトマが、あの人に……マルゼス様のアトマに、生き写しのようにそっくりだったから」


 悪びれる様子もなく、フェレシーラは言葉を続けてきた。


「それで……っていうのは、言い訳になっちゃうのかしらね。私もドッペルゲンガーとか、その手の魔物の知識を一通り読み漁ってたから。貴方のことを、てっきりマルゼス様を模倣し損ねた噂の魔物かと思い込んじゃって」

「……ほんとかよ、それ」

「あら、一応この話はもう――ああ、そっか。生き写し云々、のほうね。勿論、本当よ」

 

 俄かには信じ難い告白だったが……

 フェレシーラに、嘘を言っている様子はなかった。


 そして顔を向い合せたまま、彼女は「言い遅れたけど」と、口にしてきた。

 

「ありがとう、フラム。私を助けてくれて。一緒に影人を倒してくれて」

「な……なんだよ急に、お礼なんか言ってきて……話、急に変わり過ぎだろ……!」 

「急なんかじゃないわ。正直、今回は厳しかったって言ったでしょう? あのとき、私は止めたけど……あそこで貴方が魔術を使ってくれなかったら、無事で済んだとは思えないもの。だから、礼を言うのなんて当然よ」

「そんなこと……!」 

 

 先に感謝の言葉を口にされた。

 必死の頑張りを認めてくれた。


 その二つの気持ちに翻弄されながらも、しかし俺はそれを否定してしまう。

 否定した理由は、一つしかない。

 

「そんなこと……わざわざ他人行儀になって、言う必要ないだろ! そんなの、当然のことだろ……!」 

 

 その言葉を、絞り出すようにして口に昇らせる。

 そんな俺をみて、フェレシーラは穏やかに微笑んでいた。

 

「本当にありがとう、フラム。でも……この洞窟を出たら、今度こそ本当にお別れよ」 

「……!」 


 それは、当然のことだった。

 そしてそれこそが、俺が彼女からの感謝を否定した理由だった。

 

 わかってはいた。

 覚悟はしていた。

 していた、つもりだった。

 

 俺と彼女の協力関係は、ここで終わりなのだ。

 初めから、そういう約束だったのだ。


 でも……だからこそ、俺は自分から彼女に礼を述べて、笑って終わりにするべきだった。

 しかしそれが出来ずに、結局は彼女に言わせてしまった。

 自分から、その機会を逃してしまっていた。

 

「ほら、そんな顔しないで。ちゃんと顔をあげて。私は貴方が嫌いで、こんなことを言ってるわけじゃないのよ」 

「なら……なら、なんでだよ……っ」

「子供みたいなこと、言わないの」


 フェレシーラの声は、どこまでも優しく、こちらを包み込むようだった。

 だが俺は、子供のように駄々を捏ねることしか出来ない。

 我ながら、驚くほどに無様にみっともなく、我儘を口にすることしか出来なかった。

 

 何処へも行く場所のない俺に、一人で行けとまた突き放されてしまうのかと思うと……

 その気持ちを思い返しただけで、頭も心もどうにかなりそうだった。

 正しく俺は、ただの子供だった。

 

「聞きなさい、フラム。私の言うことを、よく聞いて」

「……ぅぐ」

 

 冷たい地面に再び視線を落としてぐずる俺の肩を、彼女は抱き包んできた。



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