40.予定外の提案、そして承諾

 

「ふぅ……ありがとう、フェレシーラ。もう、大丈夫そうだ」

「どういたしまして」

 

 肘に肩、首に腰、最後に踵と爪先。

 体の具合を確かめて。フェレシーラに礼を述べる。

 彼女の回復術と……その後の介助のお蔭もあり、これといった痛みはない。

 影人の爪に抉られていた両腕の傷も、バッチリ塞がっている。

 体の芯にはまだ疲労感が残っていたが、こればかりは仕方がないだろう。

 

 自身のコンディションを確認して、俺はその場に立ち上がる。

 するとそこに、フェレシーラが並んできた。 

 

「大変だったのよ、あのあと」


 見れば彼女は、腕組みをしてこちらにジト目を向けてきていた。


 ……まあ、そうだよな。

 誰がどう考えても、俺がぶっ倒れてからのフォローはこいつがしてくれたわけだし。

 ここは一つ、愚痴の一つや二つくらい――


「貴方ったら、アレを吹き飛ばすだけ吹き飛ばして、スパッと気絶しちゃうし」

「……ああ」

「それで熱線が下にブレて、あんな大穴作っちゃうし」

「……うん」

「それで下に滑り始めたから、お尻が火傷しないように慌てて『防壁』張りなおさないといけなかったし」

「……ええ」

「しまいにはそのまま、宙に投げ出されてここに落ちるしで。咄嗟に光弾での逆噴射と『防壁』の合わせ技で何とか着地出来たけど」

「……はい」

「はい、じゃない。貴方、私がいなければ今ごろこんがり焼き上がって墜落死よ? そこのところ、ちゃんとわかってるのかしら? フラムくんは」

「いや、ほんと。フェレシーラさんには、とんでもない御迷惑をおかけしました……」

 

 誠心誠意、一生懸命。

 両手を合わせて、視線はまっすぐ前をみて。

 とにかく俺は、彼女に謝ることしか出来なかった。

 

 どうやらこちらが思っていたよりも、随分と大変な状況だったらしい。 

 でも……逆噴射するところとか、ちょっとだけ見てみたかったなー、なんて。

 

「なーんて」

 

 こちらの内心に合わせてきたかの様に、フェレシーラが両手をパっと開いてみせてきた。

 

「貴方ばっかり責めちゃったけど。さっきは格好悪いとこ、見せちゃったものね」

「……? なんのことだよ。カッコ悪いって」 

「勿論、大口叩いておいて自分一人じゃ何も出来なかった神殿従士様のことよ。ハッキリ言って、今回はこんな大事になるだなんてこれっぽっちも思ってなかったから、準備も足りていなかっし。私一人じゃアウトだったんじゃないかしら?」 

「それは……俺が余計な真似ばかりして、一々まぜっかえしたせいもあるだろ」 

「そんなの言い訳にならないもの。そういうのが許容出来ないのなら、そもそも一緒に組んだりするな、って話になっちゃうし」 

 

 そう言ってフェレシーラは笑顔をみせると、俺の両手を握ってきた。

 いつの間にやら、こちらの無茶を許してもらった形になるが……

 俺はいえば、何となく彼女と顔を合わせづらく、視線を地面に向けてうろつかせてしまう始末だった。

 

「あー……あの、さ」 

 

 ちゃんと、彼女と話をしなければいけない。

 そう考えて胸に息を溜める。

 しかし俺の口から出てきたのは、全く違う内容のものだった。


「あのチビ……無事かな」 

「チビって、あの雛グリフォンのこと? あの子なら、まあ七割方無事なんじゃない?」

「七って。また結構、微妙な数字だな」 

「そりゃねえ。まだ他に影人が出てくる可能性とか色々あるから。これでも大分盛ってあげたつもりだけど?」 

「それは……そうだな。あの風に巻き込まれてなければ、それで善し、ってしておかないとか」

「そういうことね。やれるだけやったのだから、あまり気にし過ぎても仕方ないもの」

 

 少女の言葉に、俺は頷く。

 頷き、そして思い直して首を横に振る。

 

「フェレシーラは、カッコわるくなんかないよ」 

「……なによ、いきなり。急に真剣な顔しちゃって」 

 

 純白の胸甲を手に、フェレシーラが苦笑をみせてくる。

 俺は視線をあげて、言葉を続けた。

 

「いきなり思ったわけなんかじゃない。フェレシーラは、俺よりつよくて、大人で、カッコ良くって……やさしくてさ」 

「ちょっと……ちょっとちょっと。ほんと、いきなりどうしたのよ。そんなに褒められても、私、何もお返し出来そうにないのだけど」 

「思ったことを言っただけだよ。べつに……お返しとかを、期待してるわけじゃない」

「ふぅん……? あ、そこの留め金、下から先。あとついでに、少し持っておく感じでお願い」

「ん」 

 

 会話の最中、俺は鎧の重みのせいか口を閉じてしまう。

 だだっ広い洞窟が、それで束の間の静寂を取り戻す。

 

「あれでまだ、他にも影人がうじゃうじゃいましたー……とかなら、もうお手上げよ。さすがに手が回らないから」 

 

 ほんの少しの間をおいて、フェレシーラが話を再開してきた。

 

「小さな村で怪我人がでて怯えてるってことで、出向いてきたけど。これ以上は、教団本部に増員を検討してもらうしかないもの」 

「教団本部……それって、この国の首都にあるんだっけか。確か、神殿都市とか呼ばれてる」

「そ。ここからだとアレイザまでは結構あるけど……最寄りの教会から『伝達』の術法を飛ばせばわりとすぐに人手は集まるもの。後は人海戦術で、ちゃちゃっとお掃除完了って寸法よ」 

「なるほど……なんか話が大きくなってきた気もするけど。でも、まだアイツらがいたとしてもさ。そこまで教団が面倒みてくれる必要とか、あるのか?」 

「そりゃあ、ありありのありでしょ」 


 カチャカチャと金具の音を鳴らしながら、フェレシーラが意味ありげな笑みをみせてきた。

 その視線の先には、銀に輝く巨大な壁面。

 

「そっか。これだけの霊銀が見つかったのなら、お国が絡んでくるってわけか。なるほどな」

「そういうことね。とはいえここは、『煌炎の魔女』の縄張りだから……盗掘を試みる不心得者を監視する程度に収まるかもしれないけど」 

「縄張りって……べつにこの森が、師匠の所有地ってわけでもないだろ? それならやっぱ」

「あら。ここは歴とした、彼女の私有地よ?」 

「……マジか、それ」 

「マジマジ大マジ。そもそもこの森って、十二年前にマルゼス様が魔人将討伐を成し遂げた恩賞として授けられた土地だから。そうでなければ、流石にこれだけの土地を個人の勝手にさせてないわよ。幾らあの人が救国の英雄だとはいえ……あの戦い以来、公国とは表向きでの関りは断っているって話だし」

「うへ……そこら辺の話、全部初耳だぞ。どうりでこの森の人たちが、矢鱈とあの人の顔色を窺ってきてたわけだ……」

「ま、そうは言っても、住み着く人の管理までしているわけでもなさそうだけどね」


 そこまで言うと、フェレシーラは鎧を付け終えてこちらに向き直ってきた。


「多少なりとも領主として振る舞っているのなら、あの村の――ええと……」

「シュクサ村」

「そう。それ。あのシュクサ村の村長だって、あそこまで悪しざまには言えないでしょう? つまり『迷走』の術での保護はあれど、実質この森は無法地帯に近いっことよ」

「なる。立地面で魅力が乏しいから、人もそんなに多く住み着いてなくて、荒れてないってだけか。でもそれも……ここが見つかったことで、どうなるかもわからない、と」

「そゆこと。なかなか理解が早いじゃない」

「べつに……これくらいは、子供でもわかる話だろ。むしろ気になるのは、盗掘云々の方だし。どんなからくりかはわからないけど、わざわざこんな辺鄙な場所に豪邸建ててる時点で、とかさ」

「あー。それは私も、チラッと考えちゃった。あの立派すぎるお屋敷、怪しいものねぇ」 

「だなぁ」


 どうやら二人して、考えることは同じだったらしい。

 ここからシュクサ村の距離を考えれば、霊銀の盗掘に手を出している可能性は十分にある、というわけだ。

 

「ま、あの人がやっちゃってるにしてもバレない程度にセコセコとでしょうけどね」 

「セコセコって……その程度なら、お咎めなしってことか?」 

「まさか。公王府による許可なしの霊銀採掘なんて、1mgだって許されはしないもの。首謀者、実行犯人共に洩れなく厳罰が科せられる。それが通例よ」 

「てことは……もし盗掘があったとして。それが発覚したら、あの村の人も罪に問われる可能性があるってわけか……」 

「規模にもよるでしょうけど、周りの人たちにも多少の労役か罰金くらいは科せられるでしょうね。でもまあ、大丈夫なんじゃない? むしろ公になって収益化の話がマルゼス様に通りさえすれば、人手も必要とされていい働き口になるでしょうし」 

「じゃあどちらにせよ、公国に報せはするんだな」 

「そうね。私も一応、教団の人間だから。例えこの森が『迷走』の結界に包まれていたとしても、やるべきことはやっておかないとね」


 さらりとしたその返しから、俺は何となく彼女の言わんとすることを感じ取った。

 フェレシーラにとっては、魔物の討伐だけでなく、こういう話も慣れっこなのだろう。


 彼女がどれだけ神殿従士として一人で行動を続けてきたのかを、俺は知らない。

 だけど時がくれば、彼女は新たな旅路につくのだ。


 だから今は、色々とやらなければいけないことが山積みなのは、わかっていた。

 あの空洞以外に帰り道はあるのかだとか。

 ここから脱出する手段の模索だとか。

 これから自分は、どうしなければいけないのかを考えたりだとか。

 

 とにかく、いつまでこうしていても仕方がない。

 そろそろ、話題を変えなくてはいけない。 

 そう思い、俺は口を開く。 

 

「なあ、フェレシーラ」 

「んー? なぁに、フラム」 

「い、いやさ……もう少し、話しててもいいかな」 

 

 おい。

 ちょっとまて、俺はこの期に及んでなにをまだ余計な――

 

「ああ、そんなこと。勿論、いいに決まってるでしょう?」


 返事は、あっさりとやってきた。


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