11.第一次魔人聖伐行
今現在、ここ中央大陸は大別して四つの国家で形成されている。
東部より大陸の覇権を狙う、帝政国家アシュローグ。
大陸南端に位置する獣人族の棲家、ラ・ギオ。
大陸北部、及び中央部にて栄える豪商の国、メタルカ共和国。
そして大陸西部の新興国家、レゼノーヴァ公国。
元は魔人の軍勢の襲撃を受けて崩壊に至ったラグメレス王国の一領土であり、それを併呑してのし上がった、年若い国だ。
聖伐教団の総本山である神殿都市アレイザを首都に置くこの国は、魔人将との戦いにより疲弊した領土を近隣諸国に晒し続けている状況にある。
位置的に遠く離れたアシュローグは別として、国境を直に接する他の二国からしてみれば、これといった同盟国もいない公国は、正に『美味しい獲物』といったところだろう。
しかしメタルカとラ・ギオのどちらも、ここ最近は主だった行動に移ることなく、沈黙を保っている。
それはなにも両国が、領土拡大に関心を持たないからではない。
長きにわたり戦乱による支配と、征服の歴史を繰り返してきた中央大陸にて、確固たる地盤を築いてきた彼らが最も怖れていたもの……
それは、魔人の存在だった。
嘗て中央大陸一の強国ラグメレスを滅ぼした、魔人将とその軍勢。
その再来を、なによりも怖れていたのだ。
魔人。
この世ならざる異界、奈落の底より現われるとされる、異形の存在。
人類種の天敵と目される、破壊の化身。
その能力は多岐に渡り、姿形も混沌を極める。
そんな記述が、そこかしこの文献に残されている彼らだが……
その全てが邪悪であり、人類社会の破壊を目的とすることが、最大の共通点だとされている。
そうした記録が残される理由は、単純だった。
人類の有史以降、彼ら魔人はその統率者である魔人王と魔人将の元。
統率された軍勢で以て、世の至る場所へと姿を現し、争乱を巻き起こしてきたからだ。
そして人類はその度、種族や国家といった垣根を超えて協力しあうことで、魔人に対抗してきたのだとされている。
その戦いの歴史は、現在の暦である遷神暦を大きく遡り。
古の神々が大地に降り立ったとされる降神暦……いまより千年以上前に端を発するという言い伝えすら、残されているほどだ。
つまり人類の歴史とは、言うなれば魔人との戦いの歴史なのだ。
だから、人々は魔人を怖れる。
怖れはするが……
軍勢として魔人が世に出現するのは、大凡五十年に一度きり。
それが人類史における、通例と化していた。
五十年という歳月。
それは魔人の脅威に晒された国と人々が傷を癒すには、十分とは言い難い月日だ。
しかしそれは、飽くまで当事者のこと。
魔人の襲撃を受けずに済んだ他国からしてみれば、まったく事情が違ってくる。
魔人に対抗する、撃退する、という名目で蓄積してきた戦力と技術を、当面利用出来なくなるとすれば……
多大な労力と資金を注ぎ込み得た力が、そのまま自国を圧し潰しかねない負担に過ぎなくなる、という事態に至るからだ。
そうして多くの為政者達――とりわけ魔人の脅威を遠巻きに見る立場に恵まれた者達は――なにかにつけて口実を作り上げると、五十年という束の間の平和の時を享受することを投げ打ち、近隣諸国への侵略行為へと舵を切っていった。
当然ながらその矛先は、魔人の襲撃を受けた地域へと向けられてゆくこととなり、結果今日までに、多くの国々が興亡を繰り返していった。
そうして自ら闘争の日々に明け暮れながらも、時が来れば魔人の軍勢に備える為、仮初の平和へと手を伸ばす……
人々は愚かしくもありながらも、地上の支配者として君臨し続けていた。
しかしそんな歪な人の営みは、ある日突然瓦解することとなる。
それは遷神暦、百四十四年。
今より数えて十六年前のこと。
春雷吹きすさぶラグメレス王国の片田舎に、突如として魔人の大軍勢が押し寄せてきたのだ。
雲霞の如く押し寄せた魔人達は、多くの人々の命を奪い、破壊の限りを尽くした。
その襲撃に、人々は大混乱へと陥った。
魔人に対して即座に討伐軍を差し向けるべき立場にあった王国は、慌てふためくことしか出来ず、それは近隣諸国の指導者たちにしても同様だった。
何故、どうしてそんな事態に陥ってしまったのか。
その理由は簡単だった。
当時のラグメレス王国には、魔人に対抗するだけの戦力が存在しなかったからだ。
それは何も、王国側が魔人への備えを怠っていたからではない。
単純に、魔人達の再来があまりにも早すぎたのだ。
前回の魔人侵攻が勃発したのは、遷神暦百二十五年。
そしてその戦いが終結したのは、七年後の百三十二年。
つまりたったの十二年で、魔人の軍勢は再び世に姿を現したのだ。
それも前回魔人による襲撃を受けた、ラグメレス王国領内に、だ。
史上類を見ないほどの連続侵攻を目の当たりにして、人々が大混乱に陥るのも無理のない話だった。
パニックの原因は、他にもあった。
十二年前に魔人の王を打ち取ったとされる、勇者ジン。
救国の英雄であるその男が、魔人将の襲撃により、命を落としていたのだ。
頼みの綱を断ち切られて大幅な士気の低下を招いた王国軍は、魔人将の率いる軍勢の前に屍の山を築き続け……結果、わずか二年の間に壊滅。
魔人に対する個の最高戦力とされる『聖伐の勇者』と、それを輩出し続けることで、中央大陸に多大な影響力を誇っていたラグメレス王国の敗北。
それは大陸のみならず、山海を超えて全世界を震撼させた。
次に攻め滅ぼされるのは、ラ・ギオか、メタルカか……
前代未聞の大破壊を前に怖れ慄きながらも、それでも人々はラグメレス滅亡の轍だけは踏むまいとして、急遽開かれた首脳会議にて大陸間連合を結成。
その急先鋒として白羽の矢を立てられたのが、勇者の選出と補佐を手掛ける聖伐教団であり、それを取り込むことでラグメレス王国で一大派閥を築き上げていた、レゼノーヴァ家の一門だった。
聖伐教団とレゼノーヴァ家。
彼らは各国の援助の元、王国内の残存勢力の再集結を計り瞬く間にその力を増大すると、国内外の勇士へと向けて『第一次魔人聖伐行』への参集を発令。
魔人に対する切り札であった勇者の再召集と、その迅速な育成を図りつつ、教団が秘匿する対魔人用の術法・術具の解禁にまで踏み切っていった。
かくして人類種と、魔人との闘争の火蓋が切って落とされたのだった。
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