12.『煌炎』


「今度ばかりは、戦力の温存などと悠長なことは言ってはいられまい」


 明日は我が身と魔人を恐れた近隣諸国も、討滅の為に動く構えを見せていた。 

 

 だがしかし……

 戦いは、人々の思いもよらぬ方向へと転がり始めた。

 一旦は優位に立ち、戦線を大きく押し返した聖伐隊を相手取るよりも先に、魔人たちは戦意に劣る遠方の国々の重鎮に働きかけ、連合軍の結束を乱しにかかってきたのだ。


 連合内には、既に魔人と密約を交わし終え、戦後の地位を約束された者が多数存在している――

 そんな噂話が至るところで囁かれるようになり、人々の心は千々に乱された。


 そして、これまでにない魔人の動きに疑心暗鬼となった連合の首脳陣は、互い牽制しあうことに躍起となり……戦線の維持に努めていたレゼノーヴァ家に対して、ある要請を行うに至った。


「即刻、貴家と教団の兵にて魔人の根城を急襲し、魔人の将を討ち果たせ」


 あまりに唐突で、あまりに無謀なその伝達に、未だ勇者の候補者すら揃い切れていなかったレゼノーヴァ家の当主は、これに真っ向から反対する姿勢を見せた。


「いま無理をして魔人を攻めたところで、こちらの敗北は明らか」

「ここはすべての人々が結束して耐え凌ぎ、嘗て魔人の王を討ち果たした勇者ジンの、その再来たる者たちの出現を待つべきだ」

「それまでの時間を稼ぐことこそが、我々に課せられた使命であるはずだ」、と。


 しかし、再三再四の抗議も虚しく、聖伐隊は勇者の誕生を待たずして召集されると、聖伐教団主導の下、無謀な進発を開始することとなった。


 それは何も連合の上層部が、内部からの裏切りによる、自滅のみを怖れていたからではない。

 彼らは元より、強大な力を持つ魔人王をも打倒しえる『聖伐の勇者』の存在を、常々疎んじていたからだ。


 そしてその力は、大国ラグメレスの手を離れたかと思われた矢先に、聖伐教団を取り込んだレゼノーヴァ家の手中に収まる兆しを見せ始めていた。

 連合に伍した一部の人間が、そんな判断に至ったのだ。


 それは言うまでもない、矛盾だった。

 聖伐の勇者が自分たちの盾となり、血を流して戦っているうちは、まだよい。

 しかしそれが、まかり間違って自分たちに向けられる矛となり、無用の流血を招くとなれば……如何な理由があろうとも、容認することは出来ない。


 疑心に囚われていた連合軍の面々は、そんな結論に至ってしまったのだ。

 そしてそれは皮肉にも、レゼノーヴァ家の当主が口にした『時間稼ぎ』を、彼らなりに実行しただけの結果だとも言えた。


 いずれにせよ聖伐隊に残された道は、東進し続けるより他になかった。

 彼らが目指したのは、廃都ラグメレス。

 魔人将の手により落城を迎えた後、その根城と化した魔の領域だった。


 数では大きく魔人たちに劣りながらも、聖伐隊の面々は奮戦した。

 魔人聖伐に意気を燃やし、凶悪な魔物共との戦いに明け暮れる中、領民より明日の勇者とまで称されていた彼らは、今こそ命の賭け時と戦い続けた。


 彼らは、端から連合が自分たちを捨て駒とすることを承知していた。

 その上で皆、怪異妖獣蠢く廃都に決死の突入を行い、勝利への道を斬り拓きにかかったのだ。


 主亡き玉座に君臨していた双頭の魔人将は、既に生け捕りとしていた聖伐隊の戦士の口からその話を聞くと、子供の様に喜び跳ねて称賛の言葉を送り、憐れむと共に嘆いたという。


 そして魔人の将は、玉座の間に雪崩れ込んできた聖伐隊の面々と会すると、こう口にしたという。


「強き者、勇者の代理諸君……奮闘ご苦労。これより我は、諸君らの血肉を糧にこの地を同胞にて埋め尽くす。その旨、連合の猿共に伝えて貰う為……一人を残して、おいとまいただくとしよう」 


 人の目から見てもすぐにそうとわかる満面の笑みを浮かべた魔人将に対して、その場にいた聖伐隊の全員が、一言も発さぬままに攻撃を仕掛けた。


 結果からすれば、それは戦いにすらならなかった。

 既に聖伐の力を熟知していた魔人将は、彼らによって傷を負わされるどころか、逆にその力を利用して一方的な殺戮を行ったのだ。


 そうして魔人の将は宣言通りにただ一人捕虜としていた戦士だけを、教団へと送りつけた。

 戦士は教団に辿り着くと、そこで最期の報告を行った。 


 既に予期されていた、聖伐隊の壊滅。

 教団はすぐに箝口令を敷き、事の顛末を隠そうとした。

 だがそれはすでに、遅きに失した子供騙しの行いに過ぎなかった。


 それまで高らかに魔人の殲滅を謳い上げていた聖伐教団の、突然の沈黙と圧力。

 それだけで、人々は十分に理解した。

 自分たちの知る勇者は、誰一人として既にこの世にいないのだと。

 世が再び、長き戦乱の時代へと逆戻りするのだと。


 多くの民草が、その予兆と逃れ得ぬ絶望の未来に嘆き悲しむ中。

 戦いは、一夜にして終焉を迎えた。


 突如廃都に一筋の流星が降り立ったのだ。


 それは決して比喩や形容ではなく、魔都と化していたラグメレスを闊歩する魔人、魔物、魔獣……その全てを薙ぎ払い、悉くを焼き尽くした。


 煌めく焔《ほむら》の一撃が瞬く八つ連なりの光を背に、同胞たちが築き上げた屍の山をしるべとして、玉座にて哄笑する魔人の喉笛目掛けて叩き込まれたのだ。


 救世の勇者を目指し、その到来を願い闘い続けた者達の魂の熾火漂う漆黒の帳――

 その無間の闇を引き裂き燦然と燃え盛る、紅蓮の炎。


 楽土焦がす原初の灯火。

 天地あまつち貫く火の源流。


 狂猛なる魔人どもが、その雁首を並べ揃えたところで到底足元にも及びもつかぬほどの、大魔術。

 絶望の淵より産まれ出でた、新たなる聖伐の輝き。


 異界の住人を駆逐したその閃光は、たった一人の少女の手により放たれたものだった。


 後に『煌炎の魔女』と讃え称されたマルゼス・フレイミング。

 彼女の力は魔人将のそれを上回り、圧倒した。

 完全なる伏兵の登場に、魔人の将は残る一つの首を守り逃げ出すことしか出来なかった。


 その後の顛末については、語るほどでもないだろう。


 こうして、『第一次魔人聖伐行』は終わりを迎えることと相成った。

 その後、新興国家として著しい成長を遂げるレゼノーヴァ公国に、ある特色と強みを残す形で……

 


『聖伐教団・新約魔人聖伐行 - 煌炎の章 - 』より抜粋


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