8.同行権、獲得
応接間の扉が大きく開き、そこから壮年の男が姿を現してきた。
「おお……これはこれは、みっともないところをお見せしてしまいましたな」
年季の入った大きなリュックサックを背負ったその男性を、村長が相好を崩して出迎える。
突然の来訪に驚く様子もなく、むしろ諸手を挙げて歓迎する形だ。
そういえば村長が最初に、『後がつかえている』とか言っていた気がする。
おそらくは、元よりこの男の人が訪ねてくる予定が入っていたのだろう。
でも、こののんびりとした声と口調、なんだか聞き覚えがあるような……
「どうもこんにちは、シュクサ村長。お変わりないようで何よりです」
「うむうむ。いや、待ちかねたよ。よければ掛けてくれたまえ。早速、商談に移るとしよう」
「おや……宜しいのですか? どうも可愛らしい先客がおられたご様子ですが」
「ああ、この二人なら気にせんでよい。すぐに席を外させるので、好きにかけてくれ」
「はあ。では失礼をして……ん?」
村長との会話に興じる最中、旅装の男の視線がこちらを向く。
口元に見事な髭を蓄えた、その人を前にして……
俺は驚きと共に、目を見開いていた。
「おや、君は……」
「――チャドマさん!?」
予想外の人物の登場に、俺は思わず大声をあげていた。
「え、なに? 貴方、知ってる人なの?」
「知ってるも何も……この人はウチの師匠の大のお気に入りの雑貨商で――あ、いや!」
横にいたフェレシーラが、事の成り行きについて行けないとばかりに問いかけてくる。
しかし……彼女には、悪いが今はそれどころではない!
「覚えてくれていますか、チャドマさん! えっと、俺……マルゼスさんのところにいた!」
「ああ、そうそう。そうだ。君は塔の魔女さんと一緒にいた……確か、フラムくんだったかな? 勿論、覚えているよ。君はとても働き者でしたからね」
「そ、そうです……! 俺、フラムです! 憶えていてくれて、ありがとうございます!」
よかった……俺のこと、ちゃんと覚えていてくれた……!
突如現れた救い主の服の袖へと、俺は感極まってしがみつく。
そこに、困惑しきった村長の声が聞こえてきた。
「な……なんだね、チャドマくん。まさか君、その少年を知っているのかね」
「ええ。まあ、顔見知り程度の間柄ではありますが……この少年、実はなんとあの『煌炎の魔女』マルゼス・フレイミングさまのお弟子さんなんですよ。あ……もしかしてこの話、もう聞かれていましたか?」
「う、うむ……まあ、つい今しがたな……ぐ、むぅ……」
ニコニコ顔のチャドマさんの口から説明を受けるや否や、シュクサ村長の表情がどんどんと、苦虫を噛み潰したような苦し気なものとなってゆく。
なんだ、この反応……?
いや、俺の素性が証明されたのは嬉しいけど……なんでこの人……
「なんでいきなり、あんな困り顔になってるんだ……?」
「そりゃあ、ね。さっきのアレよ」
思わず口から衝いて出た疑問に応えてきたのは、いつの間にやら背後にやってきていたフェレシーラだった。
「さっきのあの人、おっかない『魔女』に対する不満を適当にぶち撒けただけでしょうから。貴方が本当にマルゼス・フレイミングの弟子だったなんて思わずにね。それがいきなり、知人の口から立証されちゃったとなれば……ねえ?」
……あ。
「そっか。つまり……俺が本当に師匠の弟子なら、村を魔物に襲わせただの、恩を着せるつもりだっただのとかフカシこいた分、チクられたときの仕返しが怖くなってきた……ってわけか」
「うん。そゆこと。随分と怖がられてるわねー、ホント。実は定期的に貢ぎ物でも要求されてた、とかなのかしら?」
「いやー、あの人に限ってそういうのはないから……てか、それよりも……!」
そういうことなら……ならこの交渉、まだやりようはあるかもしれない!
「シュクサ村長!」
バンッ、と目の前のテーブルに両手を衝き声をあげると、村長の肩がビクリと跳ね上がった。
明らかに、『煌炎の魔女』に対する怯えが見て取れる反応だ。
どうやらフェレシーラの見立てに間違いはないらしい。
となれば、やはりここは押してみるしかない。
間を置かず、俺は言葉を続けた。
「村長に……もう一度だけ、お願いがあります!」
「な、なんだね……」
「はい! 俺に……俺にどうか、師匠への疑いを晴らすチャンスをください!」
形の上ではこちらからの嘆願となる訴え。
それに対して、村長の目が大きく見開かれる。
「それは……どういうことかね」
僅かな間をおいて、返ってきたのは説明を求める声。
あれだけ悪しざまにこちらをあしらっておいてからの、この対応だ。
そこまでの豹変を見せてきた理由に関して、正直興味が湧かないでもないが……
しかしいまは、彼が受けに回っていることを利用することが先決だ。
ここで気後れしてはいけない。
攻めにまわって押し切るしか、こちらに道は残されていない。
それを自分自身に念押しすると、俺は「すぅ」と息を溜め込んでから、三度口を開いた。
「はい。先程も言いましたが、村長の仰るとおりの話です。俺がしたいのは、人助けなどではない。ただ汚名をそそぎたい一心での行動です。不浄な魔物の襲撃に、我が師マルゼスが関与しているのではないかという、あってはならぬ疑いを晴らす……そのチャンスを、俺に与えてください」
「む、ぅ……」
相手の主張を認めつつも、泣き所を突いてゆく。
頭の中で必死で練り上げたその『お願い』に、目の前の男が唸るような声で応じてきた。
「なるほどな……」
そうして彼がやっとのことで吐き出してきたのは、そんな一言だけだった。
それまでこちらを子供扱いしてまるで相手にしてこなかった男が、返答に窮している。
効果あり、といったところだろう。
「うっわー。貴方、意外とえぐい手使うのね……」
「うっさい。こっちだって、必死なんだよ……!」
こちらのやり口を察したのだろう、フェレシーラが呆れた表情を見せてくる。
しかし今回は、そう言われるのも仕方ないことだろう。
なにせ俺は、村長を脅しているのだ。
『一度だけ』『師匠への疑いを晴らす』……これは何も、こちらだけの話ではない。
今ここで村長が俺の頼みを断れば、その機会を失うのは『煌炎の魔女』を畏れる彼にとっても同じなのだ。
だから彼はこの頼みを無下には出来ない。
断れば、『魔女』からの報復があると彼は思い込んでいる。
ゆえに断れない、筈なのだが……
「一つだけ……いや、二つだ。二つ、聞きたいことがある」
「どうぞ」
やがて村長がそんなことを言い出してきて、俺はその先を促した。
隣ではすっかりと放置されていたチャドマさんが、興味深そうに事の成り行きを見守っている。
自分の登場によって、場が動いたのだと理解しているのだろう。
生粋の商人といった感じの反応だ。
「では、まず一つ目に……もしも儂が断った場合、君は……いや、フラムくんはどうする気かね?」
「それは――自分の独断で勝手なことをしては、多数のかたに迷惑をかけてしまいかねませんので。従士さまとの協力を断念して、この件に関する報告に移ります」
当たり前と言えば当たり前、当然の確認を行ってくる村長に、俺は務めて平静を装いつつ返答を行う。
誰に報告をするとは言えないのが、痛いところだが……
しかしそれも、相手からしてみれば言外に臭わされたも同然だ。
その効果もあってか、村長は「そうか」と呟くと、片目を瞑り質問を続けてきた。
「では……もう一つ。君がもし儂の許可を得て、従士殿と魔物の討伐に乗り出した場合……事の成否、結果に関わらずに、魔……マルゼス殿への口添えを頼むのは、可能かね」
二つ目の確認では『口添え』という言葉が強調されていた。
既に彼の行動に『こちらが事の元凶であると追及する』という選択肢は存在してない。
それを疑ってこちらと事を構えるよりも、魔物の討伐に利用したほうが危険性がないからだ。
なので、これは単純に「師匠を悪く言ったことを、何とか伏せておいてくれ」というお願いに過ぎない。
これを一つ目の質問の答えに対して要求して来なかったのは、彼なりの意地の張りようなのだろう。
流石にあれだけ言いたい放題言っておいて、こちらの要求も呑まずに告げ口は勘弁なんて言い分は通らないぞと、言ってやりたい気持ちはあるけど……
そんなことを考えこんでいる間にも、村長の顔色がどんどん悪くなってきている。
……うん。
あまり調子に乗って、折角のチャンスを棒に振っては馬鹿もいいところだ。
ここは変に焦らさず、話をまとめるべく返答をしておくべきだろう。
「わかりました。そちらの事情とお気持ちは理解出来ます。村長から直々の同行の許可をいただけるのであれば、何も聞かなかったことにしておきます」
「! そ、そうか……! それは、助かる……」
俺の渋々と言った風を装った返答に、村長は安堵の表情を浮かべたかと思うと、「従士殿への同行を許可する……」と口にしてソファーに身を沈み込ませた。
良かった……これでなんとか、フェレシーラに同行しても御咎めなしというわけだ。
ぶっちゃけ虎の威を借る何とやらで、ごり押しもいいところだったけれど。
あのままむざむざと引き返す羽目にならなかっただけでも、上出来だ。
「ふむ……これは中々に、珍しいものが見れましたね」
そう思っていたところに、チャドマさんが声をかけてきた。
顎に手を当て頻りに頷く彼に対して、俺はぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます、お蔭で話が円滑に纏まりました。チャドマさんのお陰です」
「いやいや、私は静観していただけですよ。ですが、フラムくんの役に立てたのであればよかったです。マルゼス様にも、是非これからも御贔屓にと伝えておいてください」
「あー、はい……会えたら伝えておきます……会えたらですけど。あはは……」
最後に「?」といった表情で首を傾げてきたチャドマさんに、ごまかし笑いでお茶を濁しつつも。
俺は意味ありげに微笑んでいたフェレシーラと共に、そそくさとその場を後にした……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます