7.交渉の行方

 

 こちらが待ち受ける中、応接間へとやってきた人物――

 つまりはここシュクサ村の長であるシュクサは、眉間に皴を刻んだ初老の男性だった。


「いやはや……困りましたな、従士殿」 


 黒革の貼られた肘付きのソファーに、深々と身を沈めたまま……男はそう言って、若干丈の合っていない紺のスーツの襟元を正してきた。


「こちらが依頼したのは、飽くまで村の者たちに被害を及ぼしている魔物の討伐。その為にアレイザの司祭殿に文をしたため、手を尽くして助けを乞うたというのに……それが何故、忌々しい魔物と瓜二つの子供を連れてくる羽目となっているのですかな」


 縦長のテーブルを挟んで椅子に腰かけたフェレシーラへと向けて、如何にも理解不能だという風に首振りが行われる。


「シュクサ村長」 

「なんだね。まさか従士殿は、今回の騒動がその少年の――」

「まずはご多忙な中、お時間を割いていただいたことに礼を申し上げます」

「む……」


 喰ってかかるような口調となりかけたところに、従士の少女に頭を下げられたのが効いたのだろう。


「まあ……若くして白羽根となられたほどの貴殿が、話があるということであれば……村の代表として聞かぬわけにもいかんからな」 


 気勢を削がれたシュクサが、渋々といった感を見せながらも対話の姿勢を見せてきた。


「感謝致します」

「うむ。こちらも後がつかえているゆえ、手短にな」

「ええ。それでは、後の説明はここにいる少年から行わせていただきます」


 その言葉にシュクサの眉間の皴が一層深いものとなる。

 構わず、俺は椅子から立ち上がり深々と頭を下げた。


「初めてお目にかかります、シュクサ村長。フラムと言います」 

「……ふん。化け物と違って、挨拶ぐらいは出来るようだの」 

「はい。こうして面会の機会を与えていただき、ありがとうございます。今日お聞かせしたいのは、他でもありません――」 


 嫌味半分、本音半分といった感の返しに礼を述べて、俺は後を続けた。

 

 話の内容はこうだった。 


 森を歩いていたところ、フェレシーラと出会い、魔物と疑われて捕えられた。

 そこで彼女の口からシュクサ村を襲う魔物の話を聞かされて、激しく動揺した。


 そしてそれと同時に、自分そっくりの化け物が人を襲っていることに耐えられず、勇気を奮い立たせてフェレシーラの魔物討伐に助勢させて貰うことを願い出た――


「……なるほど、な」


 一通りの話を聞く間、シュクサは胡散臭そうにこちらを睨みつけてきていた。


「話はよくわかった」

「じゃ、じゃあ、俺はこのまま、フェ――いえ、従士さまについていっても」

「いや。わかったのは、君のやりたいことが、ただの自己満足だということだよ」

「――っ。それは……」

「君がしたいのは、人助けなどではない。ただ自分の汚名をそそぎたい一心での、子供の思いつき……これから魔物討伐という崇高な使命に挑む従士殿の迷惑を顧みない、自己満足だ」


 子供の我儘には付き合いきれない。


 もっともと言えばもっともな村長の言葉に、俺は思わず喉を詰まらせてしまう。

 無意識のうちに視線を横に動かすと、沈黙を保つフェレシーラの姿があった。


 加勢は期待出来ない。

 いや……加勢なら、ここまでにもう十分過ぎるほどしてもらっている。

 これ以上は、それこそ駄々を捏ねる子供と同じだろう。


 ふぅ、と一旦息を吐き、それより大きく吸い込んで、俺は再び口を開いた。


「それは……否定できません。村長の仰るとおりです」

「そうかね。なら、話はここで――」

「ですが、俺は力になれます」

「……なに?」


 俺の口から飛び出した言葉に、初老の男の目が剣呑な光を放ってきた。

 臆さず、俺は続ける。


「力になれる、と言いました。神殿従士さまの力に、魔物討伐の力に、事態を収拾する為の力に、俺はなれます。例え自己満足だとしても……」 

「は――」


 それはきっと、堪らず、といったところだったのだろう。


「はは……はははははは! はは、あははははははは――あは、ははは……これは、これはいい! これはおもしろ、は、はは、はひ――」


 彼は突然弾けたように笑い声を上げると、文字どおり腹を抱えて身を捩り始めた。

 だが――


「マルゼス・フレイミングの名は、御存じでしょう」 


 ぴたり、と。 


 俺がその名前を口にした途端、笑い声は途絶えていた。


 代わりにやってきたのは、不機嫌さと苦々しさ。

 そしてそれらでは到底覆い尽せぬほどの、畏れの色だった。


「……『煌炎の魔女』か。それが一体、今の話と何の関係があるというのかね」


 そう問われて、俺は一瞬躊躇ってしまう。 

 

 躊躇うが……今の俺には、そんな師の二つ名に頼るより、他に術は見当たらなかった。


「はい、あります。俺は幼いころから、その『煌炎の魔女』の元で教えを受けてきました」 

「む……」 


 一息に告げたこちらの言葉を受けて、シュクサが鼻白む。


 破門されておいて師匠の名前を出すのは、正直心苦しい。

 けれど一応、嘘だけは言っていない形だ。

 後はこれで、フェレシーラの加勢が出来ると思ってくれたら……


「ふん……自分は魔女の弟子だと言いたいわけか。では、その証拠はあるのかね?」

「う……」


 しまった。

 想定内の反応だったというのに、自信の無さ故か、思わず声が出てしまった。


 しかしここで口籠ってしまうのは、どう考えてもマズい。

 話は全て出まかせだと言っているようなものだ。

 それだけは、絶対に避けておきたい。


「……平時から常々師マルゼスより、魔術の業は軽々しく他者にひけらかすものではないと、言い付けられています。ですがその時が来れば、必ずや証明してみせます」 


 居住まいを正して、俺は再び口を開く。

 だが、そこに返されてきたのは予想外の反応だった。


「ははは……! これまた随分と苦しい言い訳だな、少年。そんな思い付きの口先三寸には乗ってやれんよ。いや――もし君の言っていることが正しいとしても、駄目だな」

「な……それは、何でだ――いや、何でですか!?」

「ふん。まだわからんかね。そもそもの話……今回の騒動は、全てそちらが仕組んだことではないのかと……そういう話だよ」

「んな……っ!」

「おっと、その慌てようは図星だったかね? あの魔女マルゼスが、弟子であるお前に命じてこの村を襲わせた……その上で困窮した我々に解決するフリをして、恩を着せに来た。性悪の魔女が考えた筋書きとしては、大方そんなところか?」 


 ふらっ……


「――やめなさい、フラム!」

「へ……?」


 不意に肩を掴まれて、俺は我に返っていた。


 見ればフェレシーラの顔が間近にある。

 彼女は何故だか、何かを咎めるような鋭い眼差しをこちらに向けてきていた。


「な、なんだよ、フェレシーラ。いきなり割り込んできて」

「……いいから、席に着きなさい。この話はここで終わりよ」 

「え――ちょ、ちょっと待てよ、まだ俺は全然……おわっ!?」 


 突然の展開に事態を呑み込めずにいると、強引に着座させられてしまった。

 

 ほんといきなり、なんだってんだ……!


「失礼を致しました、シュクサ村長。この少年には私から厳しく言いつけておきますので、何卒、子供の仕出かしたことだと、寛大なお心でお許しをば……」 

「いやなに、構わんよ。若くして白羽根となった君であれば、縋りついてくる者も多くて当然。苦労も絶えないだろう。ただ……救いの手を差し伸べる相手は、もう少し選んだほうがいいかもしれませんな。聖女とまで讃えられた者が、好き好んで子供の御守に甘んじる必要もなかろうて」

「……ご忠告、痛み入ります」 


 気付けばフェレシーラは、深々と頭を下げており……それにシュクサが目を細めて、満足げな頷きを見せていた。


「戻るわ。立ちなさい」 

「だ、だからなん――」 

「ここで言わないと、わからない?」 


 冷たく刺すような少女の口調に、俺は言葉を失い椅子から立たされた。


 ……失敗だ。

 何処で何を間違ったのか、俺は村長の説得に失敗していた。


 こうなってしまってはもう、この村で大手を振って行動することは難しいだろう。

 残念だが、フェレシーラの言うとおりに引き下がるしかない。

 己の無力さに歯噛みをしながら、部屋の入口へと向き直る。


 そのときだった。


「おっと……これは何やら、お取込み中だったかな」 



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