6.渦中の村にて



「うーん。そうは言われても……なあ」


 麻の衣服を身に纏った痩身の青年は、そう言って隣にいた大柄な男に同意を求めていた。


「あ、ああ。いきなり戻ってきて、そんなこと言われても……何というかですね……」


 突然の助け舟を求められて、大柄な男が語尾を濁す。

 なめし皮のベストを身に付けた、猟師風の男だ。

 

「そこを何とかお願い致します」 

 

 頑丈に作られた木製の柵の前で並んでいた二人の男に、少女が頭を垂れた。


「詳しい事情は、私のほうから村長に説明させていただきますので」

「ちょ……ちょっと、やめてくれ! 都のエライ従士さまに頭なんか下げさせてるとこなんて、村長にでも見られでもしたら……俺たち揃って大目玉を喰らっちまう!」

「では、お通し願えますね」

「し、仕方ねえな……ほんと、何があっても知らねえですからね……」


 渋々と言った感じで、大柄な男が柵の留め具を外す。

 そうしてすぐに隣で身を小さくしていた青年と無言で顔を合わせたかと思うと、二人連れ立って元いた見張り台の上へと戻っていった。


 その間、フェレシーラはずっと二人に向けて頭を下げ続けていた。

 それに倣い、俺も深々と頭を下げる。

 

 暫くしてから顔を上げると、見張り台の二人は心底気味の悪いモノを見るような目でこちらを……

 いや、俺だけを見詰めてきていた。


「ふぅ……まずは第一関門突破、村への侵入に成功――ってとこかしら」 

「ごめん、フェレシーラ。さっきから、損な役回りばっかさせて……」

「ちょっと。村についたら、堂々としていなさいって言ったでしょ。ほら、顔あげて! 前向いてキビキビと、とっとと歩く!」

「おわっ!? い、いきなり押すなって! 歩くから……! ちゃんと歩くからって!」


 こちらがしゃんと姿勢を正したかと思うやいなや、フェレシーラはバシバシと俺の背中を叩き、有無を言わせず柵の中へと踏み入らせてきた。

 

 そこは山麓に構えられた小さな村だった。

 言うまでもなく、件の魔物の被害にあったという村人が住む場所だ。

 

 小さなと前置きするだけあり、閑散とした広場から見える範囲にある家屋は全て木製、造りも質素で数も二十に満たないほどだ。

 

 だが、村の周囲に張り巡らされた柵といい、四方に置かれた見張り台といい、外敵への警戒ぶりだけはしっかりと見てとれる。


 もっともその警戒の対象は、今こうして村の中を闊歩する事態になっているわけだが……

 そのせいで、ちょくちょくすれ違う村人からの視線が痛くて敵わないったらありゃしない。

 中には悲鳴を上げて、建物に逃げ込む人までいる始末だ。


 どうやらこの分だと、フェレシーラの話に嘘偽りはなかったようだ。


「しかし、こんなところにも村があったんだな……師匠から貰った地図には特に何も書いてなかったのに」

「貴方の地図に載っていた村は、旅商人が多くが立ち寄る場所だったんでしょう? ここはそこまで大きな取引もされてないから、省かれていたんじゃない?」

「あー……言われてみればそうかもだ。俺が買い出しに行ってたとこは、結構活気があったし」

「大きな街道から外れた村落なんて、余程商人側が取引したがるだけの品でもない限り、どこもそんなものよ。特にここは『隠者の森』……迷いの森だなんて噂される場所だし」

「好き好んで隅々まで回る商人なんて、そういないって話か……ん?」


 そこまで言って俺はふと、ある疑念を抱くに至った。


「てことは……この村の人達って、魔物の討伐を依頼するのも結構厳しいんじゃないか? こういうのって、結構な金を出して請け負って貰うものなんだろ?」

「あら、案外大人な気遣いも出来るのね。でも大丈夫。そこは特に問題ないわ。今回の依頼に関しては金銭の類の受け取りはしていないから」

「あんたなぁ、いったい人をどれだけガキだと思って……って、無報酬なのかよ!?」

「大声ださないで、ちゃんと前見て歩きなさい。あと、無報酬と言っても宿や食事は用意してもらってるし、今だってフレンの面倒もお願いしているもの」

「宿や食事って……いや、ごめん。神殿従士って、聞いてたよりも大変なんだな……」

「従士と言ってもそこらは人それぞれよ。それよりも、この先が村長の家よ。上手く事を運びたいのなら、後は自分で頑張りなさい」


 どうやら楽しいお喋りもここまでらしい。


 フェレシーラの言葉に従い、俺は土をならしただけ道に沿ってゆく。

 すると程なくして、大きな家が見えてきた。


 他の家屋では見られなかった、高い石垣。

 ちょっとした牧場でもやれそうなほどに広々とした庭園。

 煉瓦で組まれた長大な外壁に、白煙を上げ続ける三本の煙突。

 そして、真鍮製の呼び鈴を備えた両開きの玄関。


 ……訂正しよう。

 それは家屋というよりも、しっかりとした手入れが行き届いた立派なお屋敷だった。


「いや、何だコレ……他の家と比べて、立派すぎないか? てか、こんな金かかってそうなお屋敷、他の村にだってなかったぞ」

「余計なことは言わないでいいから。こんなのは、よくあることよ」 

「よくあるって……でも、どう見てもこれ、金持ってる人の家だろ。なら、お前だって無報酬でなくても」

「それをやったら、どこに皺寄せがいくと思う? さっきの門番をしてた人たちの反応、貴方だって見ていたでしょう?」 

「……ごめん。言われたとおりに、今は自分のことだけ考えておきます……」 

「わかってくれたなら、それでいいわ」


 降って湧いた疑問に回答を返してもらったところで、俺達は屋敷の入口へと辿り着いていた。

 

 そっか、そうだよな。

 一口に村人って言っても、力関係とか色々あって当然だろう。

 塔に籠っていた俺が想像していたほど、世の中は単純じゃないってわけだ。

 

 俺が無駄口を控えたのを確認すると、フェレシーラが屋敷の入口へと進み出た。

 

 リーンッ……リーンッ……リーンッ……


 だが、添え付けの呼び鈴が数度打ち鳴らされるも、建物内からの返事はない。


 とは言え、人の気配自体がないわけではない。

 廊下をパタパタと小走りしているような、物音の類も聞こえている。


 だと言うのに、いつまで経っても屋敷の中から人が出てくる様子はなかった。


「シュクサ村長! 御出でですか! フェレシーラ・シェットフレン白羽根従士です! おいででしたら、早急にお目通りを願います!」


 ドン、ドンドン!


 痺れを切らしたというよりは、二の矢として行ったのだろう。

 フェレシーラが名乗りをあげて、直接ドアを叩く。


 すると、今度はすぐに反応が返ってきた。


「も、申し訳ございません……! すぐに、すぐにお開けしますので……っ」 


 ガチャンッ。


 焦った様子の女性の声に、開錠の音が続く。


 キィィ……


 蝶番を軋ませながら、ドアがゆっくりと。

 恐る恐るといった風に、内側へと向けて開いていった。 


「お待たせいたしました、フェレシーラさま……」 


 そうして玄関口から姿を現したのは、モノトーンのメイド服を身に付けた一人の少女だった。


「ごめんなさいね、今日の今日で戻ってきて。確か貴女は……フォリーって言ったかしら?」

「あ、はい……! わ、私のような従僕の名を覚えていただき、こ、光栄です……!」

「そう緊張しなくていいのよ。お勤めご苦労様。貴女がいてくれてよかったわ。実は村長にお話しておかないといけない、大事な用件があったの」

「……! それで従士さまはお急ぎだったのですね。わかりました。それでは応接間に案内致しますので、少々お待ちくださいませ!」

「ありがとう。助かるわ、フォリー」


 フェレシーラが優し気に微笑むと、フォリーと呼ばれた少女が背筋をシャンと伸ばして突然の客人を館内へと迎え入れ始めた。


 どうやらこっちのことは、全く眼中にないらしい。

 フェレシーラのすぐ後ろにいたというのに、見事なまでのスルーっぷりだ。


 というか、この神殿従士様……こいつ、ナチュラルに人を使うのが巧くないか……?

 まあ、お陰で騒ぎも起きずにこっちは大助かりだけど。


「よし。ここも何とかクリアね。面識のある子でよかった。後はお言葉に甘えて、中で待たせて貰うことにしましょう」


 当のフェレシーラと言えば、「運に恵まれた」といった感じで自覚はないご様子だ。

 

 ともあれ、今はそんなことをいちいち気にしている場合じゃない。

 俺はその言葉に頷きだけを返すと、可能な限り目立たないよう細心の注意を払いつつ、屋敷の中へと踏み入っていった…… 

 

 

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