第5話「酒と泥水は別の袋へ」

「王子様の現地妻かよ」


 俺がこぼした言葉を聞いたのだろう、回れ右で逃げる下級生徒がギョッとした表情をしていた。やべ、口に出すのは恐れ多いてやつか。


 ニナが王子に猫撫で声だ。


「王子殿下、なんでございましょう?」


「うむ。実は貴女を皆に紹介する予定だったのだ。いつもの集まりだけでは退屈だろう? あまり派手な茶会ではないが、私達の仲を広く、新しい価値観と新しい未来を広めるための集まりに来てくれ」


 王太子殿下は上級生徒だ。


 そんな王太子殿下がお熱の相手は、俺と同じ下級生徒だ。確かニナは伯爵家の人間だが養子であり伯爵の家系と言うわけでは無いらしい。


 血が違う。


 伯爵家を継がないと言うこともあり、名前だけの伯爵家の地位だからこそ、学園へは下級生徒として入学したのだそうだ。学園から上級生徒としての入学を拒絶されたと盗み聞いたことがある。


 あまりニナは好かれてはいないわけだ。


 そんなニナが、ジルクと談笑していた。


「なぜニナが親密にしている?」


 ゲームであれば……主人公のモニカは古代遺跡から発掘された遺物として参加したし、モニカを発見した王太子ジルクの所有物として紹介される。


 一波乱あるのだが……あれは誰だ?


 俺の知らないことが、起きていた。


 主人公のモニカ嬢はどこにいる!?


「殿下。お付き合いをされるにも格というもの

がございます。例えば王家の催しに浮浪者を招くことは大変に慈悲深いことではありますが他の参加していただいた方々にも──」


 見かねたリザ嬢が、赤髪ジルクを嗜める。王族が軽々しく下の者を対等に扱ってはならないと含んでいた。


 周囲の生徒が不満を抱えている。


 ニナ以下の扱いをされたからだ。


 リザ嬢の言葉は配慮だった。


 赤髪ジルクには、届かない。


「──いかに私の婚約者だからといえど聞き捨てならないぞ。彼女を浮浪者であるなどと愚弄するのか!」


「殿下。言葉のあやでございました。誓って殿下がお思いになられるような他意はありません。しかし……」


「もう良い! お前の話は疲れるのだ。ハッキリとせず説教みたいでね。その点で彼女は違う。わかりやすく、素直で……キミのように陰険ではない」


 微かに空気が張り詰めた。


 王子が、とんでもないことを言う。彼は自分が発した言葉の意味がわかっているのか。王子の婚約者を見た。冷たい無表情の仮面のようにも見えるが……酷く傷ついて、驚いたように固まった、そんな風に見えた。


 俺はこの『イベント』を知っている。


 ゲームであったイベントだ。主人公のモニカ嬢と王子の仲が進展して、目をつぶってきただろう王子の婚約者が現れる。そしてモニカ嬢との確執が決定的になるイベントだ。


 だがここにモニカ嬢はいない。


 本編が始まっているというのに!


 どうなっているんだ!?


 俺はまったく知らないヒロインポジションの小娘を見る。可愛いな。くしゅくしゅとした金髪でちんちくりん、胸も相応で膨らみはゼロだ。ロリ体型というよりはペド体型というか幼く見える。だというのに目は……アメジストの紫な瞳は野心に燃える暗い輝きが見える気がした。


「リザ! ここは学園なんだぞ!? わかっているのか! 私は生徒として学園にいるということだ。王家だとか貴族のしがらみではなく平等な生徒だ! リザ、お前は私のの婚約者だ。だがお前に学園での生活へ口を挟まれる理由はない! 履き違えるな!」


 リザ嬢は明らかにショックを受ける。


 まずいんじゃないのか?


 金髪ジルクは、リザ嬢よりもニナを明らかに重視している。婚約者よりもだ!


 そんなバカな。


 比翼のアルジェンヌでは……。


「……出過ぎた真似でした。ご容赦を」


「うむ。私らは生徒だと、忘れるなよ」


 赤髪ジルクが釘を刺す。


 ジルクに背を向けて去るリザ嬢は唇を噛んでいた。そんなリザ嬢の後ろで、金髪ジルクは険しい顔から、笑みを咲かせる。


「気分を悪くさせてしまったかな」


「い、いえ、王子殿下! 私、王子殿下に友達だと言われているようで、私、嬉しかったです!」


「ははは! 当然じゃないか、ニナ」


「でも本当によろしかったのでしょうか。私は伯爵家の娘ですが……上級生徒にななれない事情があるのです」


「ニナ、さっきも言ったろ。私とニナは学園の生徒だ。王族や貴族の関係ではなくな。どうして同じ学生を差別することができる?」


「ジルク王子!」


 と、ニナは感極まり赤髪ジルクに抱きついた。ジルクはまんざらでもないようで抱き締める。


「本当に甘えん坊さんだ可愛いな」


「か、可愛いて!? うぅ〜……」


 ニナは恥ずかしさに赤くなる。


 なんなのだ、これは……?


 俺は混乱したまま寸劇を見る。


 主人公がいない。


 モニカ嬢が不在のまま、まったく違う世界線の『比翼のアルジェンヌ』が始まっていたことに、今頃、気がついた。


「モニカ嬢はどこにいったんだ……?」


 呆然としたまま植物園に残された。


 授業開始を告げる鐘が鳴っていた。


 俺は、動けなかった。

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乙女ゲーム世界悪役令嬢の顔を僕はまだ見たことがない。 RAMネコ @RAMneko1

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