第4話「主人公?悪役令嬢?お姫様?」

 入学式から1ヶ月が過ぎた。


 1日、1日が過ぎていくのが早く感じる。だが慣れない学園生活をしている瞬間は、時間を引き伸ばしたように長く感じて、居心地の悪さが続いていた。


 俺に友達がいないのだ!?


 新生活デビュー完全失敗!


 目立ったイベントもなく透明人間のように学園生活を過ごしている。学園と言っても、正式には士官学校だ。軍隊に入れる優秀な専門技術をもった兵士を養成する学舎だ。


……学生の雰囲気を見ていると、ここが本当に士官学校であるのか疑うことは1度や2度でがない。


 軍隊の“ぐ”の字もまだ聞いていない。


 士官学校て名前の響きで選ばれただけか、設定ミスかてくらいゲームには反映されていなかったので特に意味はない情報か。


「はァ〜……」


 ともあれ俺はバルコニーの手すりから地上にため息を落とした。予定では、1枚も2枚も人間性を磨く、と、天より高い目標を作っていた。


 転生したんだ。


 前世から継いだ。


 数十年も経験積み重ねだ。


 勝っていて当然だろうさ。


 それがどうだ。


 授業に遅れがちだ。


 俺は落ちこぼれになっていた。


 世知辛いのは落ちこぼれに縁を結ぼうなど、この学園では無駄の極みであることであり、俺の人生は前世を忠実に焼き直している最中なのである。


 交歓会に呼ばれたことないしな。


 俺が交歓会開いても誰も来ないだろ。


 友達いないしな。


 あまりにも授業が難しいので、現実逃避にゲームのことを考える。でなければバルコニーから飛び降りそうだ。


 現実逃避の閑話休。


 緋翼のアルジェンヌのゲーム的には、攻略する男連中とのイベントが忙しく発生している筈なんだ。だが主人公のモニカ嬢が全然見当たらない!


 主人公不在?


 主人公だけがいないなどありえるのか。


 どうせ友達もいないのだから学園を上に下に冒険してみたのだが、巨大人型兵器はいてもモニカ嬢がいない。


 全然いない。


 攻略対象のカラフルヘッズが入学して来た。だが絶対にいるべき世界で1番の主人公だけがストーリーにはいないのだ。


 なんだかおかしな感じだ。


 ゲームと同じと考えたのが間違いか?


「おぉ、モウロ・アルダープ! キミ、基礎魔法変体理論の小テストで赤点だよ。後で私の部屋に来ること」


 黄昏ていると先生に言われた。


 バルコニーまで探さないでくれ。


 どこにいても勉強の悪夢だな。


 最近、寝てる時でも注意される夢だ。


 出来が悪いと鞭で叩かれたりする。


 俺の背中や手の皮は分厚くなった。


「……うっス」


 俺は適当に返事した。


 花の学園生活。


 俺には、辛い。


 やっぱ友達、それも上級生徒か先輩だとか、俺より賢くて学園生活に精通しているベテラン学生の友人は必須だろ。


 俺は最低ラインにも立てていない。


 とはいえ今日は消沈しているのだ。


 再試験の勉強をする前に気分転換したい。幸い、そう言う日にはピッタリの場所を見つけている。伊達に友達と遊ぶ時間を全部投入して学園を調査してきたわけではないのだ。学園の秘密通路や隠し部屋も9つは見つけたしな。


 バジル?


 あいつは学生生活を謳歌してる。


 重い溜息を吐いてとぼとぼ歩く。


 目指すのは──植物園だ。


 学園に迷い込む猫は、気の明るい連中がことごとく、可愛いだとか可哀想だとかでパクってペットにしている。


 俺に優しい生き物は植物くらいだ。


 植物園は不人気で人も少ない。


 温室にはたまに虫もいるしな。



 硝子張りの建物。


 透けている宮殿みたいな建物はフィルステレの植物園で、薬草や食料に花やら色々と育てられている。植物ではないがキノコもいる。


 キノコランナーは名物だ。


 暴れハクサイのが有名か?


 そんな植物園の透け透け宮殿には、ベンチがあり、一応は休憩にも使える。風切り羽根を切られていたり、助走距離が足りない大型の鳥もいる。


 鳥はたまに頭に落ちてくるし、足元に寄って来ては指を食おうとしてくる。スズメに見えるのもいるが恐竜かもしれない。


 暴君雀がくるくる鳴きながらドスドスと雀らしからぬ足音をさせながら目の前を走って行く。


 静けさは無い。


「げッ!」


 我が精神安定空間に先客だ。


 来るなよ、こんな所に……。


 しかもよりにもよって、だ。


──攻略対象組だ。


 有耶無耶な取り巻きはともかく。


 熱血赤髪のジルク王子を中心に、群れている。ドカドカと声は大きく、足音を鳴らし、植物園に踏み行ってきた。


 赤髪のジルク王子だけではない。


 王子の親友にして乳兄弟である金髪で伯爵家の嫡男ジョージもセットだ。くせっ毛な金髪に、深すぎる青の瞳に背が高い。優男なようで筋肉質なパワー系だ。着痩せするタイプだな。


 緑、青、紫はいなかった。


 そそくさと植物園を出るのもシャクなので、どっかり座っておいた。取り巻きには邪魔だからどこかへ散れという視線を送られる。俺みたいなのは視界にいると高貴が穢れるとでも言わんばかりである。


 ますます意地を張りたくなる。


 赤髪王子さまの取り巻きは諦めた。


「殿下。今年の交歓会はいかに?」


「私も是非、参加したいのです!」


「私もです! 王太子殿下!」


 交歓会にお呼ばれしようと取り巻きは必死だ。群れのボスにアプローチする為にあの手この手の女子らを見る。


 交歓会では美味い物がでるらしい。


 そ、それを知ると俺も呼ばれたい。


 俺は羨ましい光景を見た。


 ハーレムて感じでモテモテ。


 地位と金と小綺麗さは凄い。


 そこに別の女性がやって来た。彼女は高貴というたたずまいだ。俺と目は合わなかったが、彼女を見た瞬間、赤髪王子をナメた態度さった姿勢が、1本棒を入れて背筋を伸ばす。


 赤髪王子よりも取り巻きを多い。


 彼女の貴族の家柄に付いてくる人間の厚さだ。数多くを従える指導者であり頭、人間を手足指のごとく使う青い血の女なのだ。


 高貴を感じて当然だ。


 彼女は公爵家のお嬢様だ。


 リザ・スファルダ。彼女も王家の血筋だが、ジルクの系統とはまた違う『王族』だ。薄い褐色の肌、茶色の瞳、やや重みのある紫の髪……彫刻家が美しさを競ったような目鼻立ちだが、心なしか僅かに丸みがある。


 彼女を見ていると緊張する。


 ジルク王子とジョージのまわりに集まっていた女子らが、リザ嬢に気がつくやいなや、ジルク王子とジョージから離れた。


 流石に婚約者の前では無理らしい。


 リザ嬢の視線が鋭く、冷たい。


「王太子殿下」


 あれ?


 そういえば俺、王子とジルクを内心読んでいるんだが、王子殿下と王太子殿下て何が違うんだろ。ジルクを王子と呼ぶのもいれば、王太子と呼ぶのもいる。


 同じ意味なのか?


「リザ。悪戯に周囲を脅かすな」


「心得ています。しかしながら王太子殿下。ゆるみきったものには時に引き締めも必要なものです」


 リザがさらりと視線を流す。


 先程まで甘い空気だった女子らが気まずそうに目を逸らした。王太子──ここはリザ嬢を習ってこう呼ぼう──の、おこぼれを狙う貴族の男子も似たり寄ったりだ。


 しかし……。


 リザ・スファルダ。これがモニカ嬢の恋のライバルか。いかにもな強敵だ。王太子をいさめつつ、王太子の隣にも立てる。


 モニカ嬢、ゲームでは良く勝てたな……。


 リザ嬢の登場でバカ騒ぎをしていた一行が規律に締め上げられた。先程までの無秩序が消えて、凛々しく見える。


 高貴さもあるのだ。


 しかしそんな中でも、ジルクとジョージは違った。明らかにリザ嬢の態度、彼女が変えてしまった雰囲気に不満があるのを隠せていない。


 な、何も起きなきゃいいんだが……。


 ジルクがリザ嬢と不仲なのか?


 不機嫌なジルクが一瞬で笑顔になる。


 ジルクが見たのは、リザ嬢ではない。


 ジルクとリザ嬢の集団から離れた場所に、女の子がいる。俺の友達でないことは確かな彼女は、ジルクと目線をかわしていた。


 なんだこいつ。


 金髪碧眼のお嬢様だ。


 あと、ちんちくりん。


 金色のモップが歩いているようなボリュームあるふわふわゴールドヘアーなので、後ろから見ると長毛種の犬がお座りしている姿に見える。


 俺と同じ下級生徒のクラスで見かけた学生だ。まだ使うことは無いが同級生の顔と名前くらい暗記している。


 伯爵家の娘だ。名前は確か、ニナ・ワトソン。控えめでおとなしい性格の雰囲気があるのだが、裏では絶対に兄弟姉妹に当たりが強い性格だ、そういう顔をこのちんちくりんはしている。


 ちょっと妹に似ている。


 どうにも好きになれない。


 比翼のアルジェンヌには未登場。


 金髪ジョージが、ニナがいることを赤髪ジルクに伝えた。ジョージは偶然気がついたように、この謎の少女を呼ぶ。


 知り合いのようだ。


「おぉ! ニナじゃないか! ちょうど良いところにいたな。こっちに来いよ、探してたんだぞ、ニナ!」


 金髪ジョージのそれは、普通の明るい学生と変わらないものだ。だからこそ違和感が強まった。


 金髪ジョージは王族なのだ。


 王族が下級生徒である、一般家庭かそれに近い家柄の人間を同格に扱っている。


 金髪ジョージの周囲は上級生徒だ。


 下級生徒は1人としていない。


 だが、ニナが加われば崩れる。


 リザ嬢の短眉が、跳ねていた。


 リザ嬢の取り巻きが、ニナがあらわれたことを報告しているように見えるが内容までは聞き取れない。だが微かに唇が「例の女です」と言っていた。


「殿下」


 恐れ知らずか馬鹿なのか。


 ニナは王族に近づいていた。


 緊張が最高潮に張り詰めた。

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