わたしの彼氏は架空なのに実在していた。
渡貫とゐち
偽装彼氏が彼氏面をする。
「今日も彼氏とデート中……っと」
オシャレなかき氷を写真に収めてSNSにアップする。
ふたりでひとつのかき氷を食べ合っていることをアピールするための写真だ。
スプーンをふたつ写せば、よほど疑り深いわけでなければ、わたしの彼氏が実在するのか? なんて思わないはず。
カップルのイチャイチャな幸せ写真がいくつも投下されていく流れに乗って、わたしも加わっておきたいがための自作自演だけど、文句あるの?
別にいいでしょ写真でくらい見栄を張ったって!!
「写真だけじゃないでしょ。
写真の端に写っているメンズ服。
ちらりと写ってしまった袖があるからこそ、その写真はカップル写真として認識される。
対面でかき氷を食べている
「そりゃ、架空だって思われたらダメだもの。だから設定は事細かく書いてるよ。……ノート一冊に、びっしりと設定があります。見る?」
ノートを渡す。
優里が開くと、う、と顔をしかめた。失礼だよねえ……。
「うわ気持ち悪ぅ。……これだけ情報が詰め込まれてると、今後、本当に実現するんじゃないかって思っちゃうよねえ。……妖怪みたいにさ。あとこれ、全部の設定を覚えられるの?」
「? そりゃ当然でしょ」
「当然じゃないよ。これを覚えられるのに、どうして勉強ができないのか不思議だわあ……」
「そんなの、理由なんて明らかでしょ。勉強は嫌いなの」
ふたりでちょうどいい量のかき氷にスプーンを突き刺す。
氷の周りの白玉やあんこに手を伸ばす。
かき氷なのに、お互いに氷へ手をつけなくなった。最初はいいけど、段々と飽きてくるんだよね……シロップはかかってるけど……食べても食べても減らない感覚がうんざりさせてくれる。
結果、周りの白玉あんことフルーツをふたりで奪い合っていた。
「ちょっと貴咲、持っていき過ぎ。残しておいてよ」
「優里だってさっきからばくばく食べてるじゃん。わたしは、わたしの分を食べてるだけだから。あとこれ、わたしのお金で買ったんだからね!?」
「彼氏役をお願いしてきたのはどこのどいつだったっけ?」
確かに、写真の端っこに写ってほしいとお願いしたのはわたしだけど……だからって半分以上の白玉あんこを持っていっていいとはならない。
なるもんか!!
「あんこじゃなくて氷を食べればいいじゃない……」
「そっくりそのまま返すわ。かき氷なんだからメインは氷でしょ?」
優里と睨み合う。
数秒だけ火花が散った後、優里が肩をすくめて「はいはい」と負けを認めたらしい。
その後、スプーンに乗った分のあんこを、わたしに突き出してきた。
「なによ……彼氏面しないでくれる?」
「彼氏役をさせておいて……。いいから食べなさいよ。じゃないとUターンしてあたしが食べちゃうけど?」
「なんでよ、当然食べるけど!?」
スプーンが引き戻される前にぱくっとかぶりつく。
あんこの甘さが口に広がった。
すると間髪入れずにもう一回、スプーンがわたしの前にやってきて――――
冷たい氷が口に突っ込まれた。
「んっま!? あ、うまぁ!!」
「本来はこういう食べ方なんだろうけどね。氷もちゃんと食べないと、白玉もあんこもなくなったあとの氷はきついと思うよ。シロップで食べられないわけじゃないけどね……。時間はかかるかも」
「時間がかかったら……氷だから溶けるよね」
「そうね。でも消えてなくなるわけじゃないのよ?」
ふたりで協力してかき氷を減らしていく。
最初はきつかったけど、雑談をしながらつまんでいれば意外と食べられた。まあ氷だし。
時々頭が痛くなったりしたけど、終わってみれば、さっぱりと食べることができた。
たくさん食べた気がするけど氷だから……カロリーは0だ。なんだか得した気分だった。
「彼氏とふたりで完食……っと、優里、わたしの肩を抱き寄せてくれる?」
「それだとあたし、がっつり写るんじゃないの……?」
「ほんとちょっとだけだって。男子寄りでも女の子だから、全体像を見せたら女の子同士だってばれちゃうでしょ? ゆったりしたメンズ服がちらっと見えればいいから……うん、そんな感じ。……ねえ優里? かき氷を食べたのにどうして体が熱いの?」
「さあ? 寒くなった体が反応して、体温を保とうとしてるんじゃないの?」
あ、なるほど。それっぽい気がした。
SNS用の写真を撮って、すぐさまアップ。
偽装彼氏とのイチャイチャ画像を載せれば、流れていくカップルラインに上手く乗れたはず。
うん、わたしはまだ取り残されていない!
「こんなことしてたら逆に寂しくない?」
「寂しくないっ」
偽装彼氏とのなんちゃってデートの翌日だった。
朝早くに家を訪ねてきたのは青い制服の警察官さんだった。……え?
「
「そうですけど……?」
「急にすみません。あなたのSNSを見ましてね……彼氏さんのことなんです」
彼氏? わたしの彼氏……実在しない架空の男の子。
わたしがノート一冊、以上に二冊も三冊も、余白がなくなるくらいにびっしりと設定を詰め込んだ、リアリティがある彼氏設定。
まるで実在している人間を分解して書いたような設定数だけど、もちろん空想だ。
妄想。わたしが0から考え、生み出したもの。つまり言いたくないけど実在しない。
わたしに彼氏なんていない!
なのに、家まで訪ねてきた警察官さんは、本気でわたしに聞いている。
――彼氏さんは今どこにいますか? と。
後ろでは、お母さんがおろおろしている。警察官がやってきてわたしに質問しているのだ、なにをしでかしたんだ我が娘は、なんて思っているのかもしれない。
この後でお母さんにも説明しないといけないんだけど、説明しづらいな……。そもそも警察官にだって説明したくない。
SNSでアピールした彼氏は架空ですよ、とは。
「……どうして、わたしの彼氏のことを……?」
「あなたがSNSで紹介している彼氏さんですが……端々に写っている彼氏さんらしき服装、骨格など、そっくりなんですよね……ですので、調査をしたいんです」
「……そっくり……?」
「ええはい。あなたの彼氏さん、もしかしたら……。――世界を転々とし、逃げ回っているテロリストなんじゃないですか?」
後で分かったことだけど、わたしが綿密に作った彼氏設定と、目標のテロリスト、その生い立ちから趣味嗜好、癖や人格まで全てが一致していたらしい。偶然にも。
……偶然なの?
まるでわたしのノートからテロリストが生まれたみたいに……見事に一致していた。
ノートが後だから、それはあり得ないんだけど……ともかく。
一致しているということは、このノートが、『テロリストの行動を先読みするための貴重な素材』になるかもしれない。
警察官さんにお願いされ、わたしはノートを譲ることにした。
黒歴史のノートを。
三冊全て、持っていかれた(譲ったからいいんだけど……)。
そして、テロリストが逮捕され、事件解決した後――――
あるニュース番組で、まさかわたしのノートが全国へ放送されることになるとは……わたしは夢にも思わなかった。
…了
わたしの彼氏は架空なのに実在していた。 渡貫とゐち @josho
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