朱色 2
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「ふうん」
收が視線を斜め上に向けた。
どんなシチュエーションを想像したのか、唇の動きがが僅かに笑みを作る。
「うん、ごちそうさま。やっぱこれ美味いよな。慎んとこで買ってきた?」
総菜パンを食べ終えた和は、見慣れた意匠の空になった袋をくしゃっと細長くして、くるりと一結びした。狙いをつけて部屋の隅の屑籠に投げ入れる。オンゴール。
睦と收が車で来たなら、通常アパートからのルート的には慎の家のコンビニはない。おそらく睦は迂回して、しかも慎に帰省を知らせる意図で買い物を先に済ませてきたのだ。
「ああ。店に出てた。代打だとさ」
「そっか、母ちゃんの『ちょっとお願い』、発動したな」
こういったシチュエーションはよくある。なら、慎はそんなに待たなくてもやってくる。
和は知っている。慎が睦を崇拝という領域で慕っているのを。睦はそんなことはしないが、仮に真夜中の睡眠中に呼び出しを掛けても,慎なら取るものもとりあえず睦の下へやってくるに違いない。
面白いことに、どれだけ外見が似ていても、どんなに言葉遣いが同じでも、慎は和を睦とはまったく違う人間として見ているし接している。
もちろん、気心の知れた友人ではあるのだが、兄へ対する思いは妹へのそれとは別物である、と和は感じていた。そして、和は表には決して出さないがそんな慎の思いを尊重している。
「さっきの彼? 女子にモテそうな雰囲気だったね」
食いついた。話題を誘導した和はそう思った。絶対この新参者は慎のことを意識している、と六感が告げる。
「あ~、子犬系? わんこ系? って言われてるもんな」
和は柔らかな慎の顔の輪郭を思い浮かべた。
いや、でも女子にモテそうというのは正しくない。どちらかというと慎は目立ちたがらない。睦や武琉に比べれば、本命チョコどころか義理チョコの数でも和にさえ完全敗北するレベルだ。和は慎が意識して人の興味を引かないようにしているのではないかと常々思っているくらいだ。
「收もどっちかっていうとそっち系じゃね?」
睦が話題の対象を收へと変えた。
「え、そうかな」
自覚していないはずはないが、收がとりあえず、思いがけない感想に疑問の態を装って言った、ように思えた。
「ん~、うん。ざっくり分けるならそっち系」
しばし溜めを作ってから和が睦に同意する。
收が小さく笑って、安心したような不思議な反応を見せた。
和には睦が慎の話題になることを避けたように思えた。コンビニでどんな雰囲気で会話がなされたのか和には知る由もなかったが、もしかしたら收と慎との間には言葉を選んで会話することが必要になるのかもしれない、と和は思った。
收は睦の住むアパートの大家の息子だと言った。睦は今回が進学後初めての帰省で、その收を実家に連れてきたというのも、和にとっては意外なことだった。
おそらく收の側からの例えば強引な提案なはずだ。そうでないなら、睦がすぐに仲間を全員招集するわけがない。睦は仲間を大事にする。それぞれの思いを大切にしたいと思っている。自分の友たちが険悪になることをよしとしない。だから、多分、和の予想では、收は睦と親しくなりたいのだろうし、かといって睦は新しい人間関係のために、古くからの仲間との繋がりをおろそかにはしたくないのだ。
睦の心が誰か一人に向いているのかどうかは詮索しないことにしているが、睦は本音を心の奥深くに潜めて、誰も傷つかないようにと願っているはずだ。そう和は確信している。
忍ふらふ 瑞口 眞央 @amano_alis
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