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第6話
「親……、社長。そんな急にどうしたんです」
これまでそんなことをおくびにも出したことがないというのに、どういう心境の変化だろう。
悠汯も黙ってはいるが気になるようすで
「まあ、いいじゃないか。僕にもそろそろのんびりとした毎日を送らせて欲しいってことだ」
相好を崩して、槇之丞は環と向かい合い、ね~っとうなずきあった。
──入籍でもする気になったか?
もちろん反対する気は毛頭ない。
煌佑の流麗な輪郭の目線が父と環とに行って戻る。
「それにしても急すぎませんか」
──まさか、妊娠させて育休ついでに引退とか? いや、いや、いや。
妄想を振り払って煌佑は言った。
「来期から、どうだ? それまで心と環境を整えておくといい」
「わたしにはまだ荷が重いかと」
「大丈夫だよ。任せる。好きに運営すればいい」
槇之丞の意思は揺るがない、と煌佑には分かる。何しろ親子だ。
「はい……」
返事はしたもののこれでいいのだろうか、とどこかすっきりしない。予兆も何もない突然の出来事に、煌佑は何かしら心のどこかがざわめくのを感じた。
「よし、じゃあ僕は事務室へ戻る。ゆっくりしていきなさい」
そう言って槇之丞は席を立ち、店の奥にあるオフィスへと去った。
「あなたが充分にやってくれているから、そろそろいい時機だと思っているのよ」
環が内縁の夫の背中を見送って、それから煌佑に言った。慈しみに満ちた静かな笑顔だった。
テーブルの担当が環からホステスに交代し、しばらくしてから悠汯はトイレへ行くと言って席を立った。
豪奢な造りの化粧室で電話を掛ける。
明日でいいと煌佑は言ったが、そこは阿吽の呼吸で思い立った時、と悠汯は思っている。そして言葉にはしないがそのことを煌佑がきちんと理解してくれることも知っている。
「ちょっと確認したいのですが、そちらの××―××の車両とすれ違ったとき、何か──大きめなものが落ちたように見えたのですが、運転手さんはお気づきだったかと思いまして」
少し脚色した。
「一時間位前ですかね。はい」
無線で連絡を取るというので、悠汯はそのまま電話口で待った。
保留にし忘れたのか、それとも普段からそうなのか、配車係の声が漏れ聞こえてくる。 「ボニタスから」「ない?」というのが聞き取れた。おそらく乗車はここからなのだろう。
タクシー会社の配車係の男は問い合わせの件について特に何も報告は受けなかったようだ。が、言葉の端に運転手指名の予約だということが汲み取れた。
「ではこちらの見間違いかもしれません。お手数お掛けしました」
返答を受けて悠汯は電話を切ると、化粧室を出た。
「ゆ~うこ~う」
通路に出るや否や、壁に背をもたせかけ待ち伏せしていた里桜が悠汯の名前を呼んだ。
「里桜。なんだよ」
悠汯の冷たい印象の顔からほんの少し張り詰めた感が消える。
「な~に? うちの店、どうかした?」
「いや、大したことじゃない。俺たちが来る前にSS交通、呼んだか?」
「ああ、佐々木部長ね。また女の子送って行ったわよ。それより、ねえ、悠汯」
綺麗なネイルアートの指先で、里桜は悠汯の脇腹をつついた。
「俺は仕事で手一杯」
まったく感情を読めない眼差しを里桜に向け、すげなく誘いを断って、悠汯は席へ戻った。
ツンデレ社長は落としたい 瑞口 眞央 @amano_alis
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