平民令嬢 〜北の国でもわたくしにかかればぽかぽかですわ!〜

七沢ななせ

第1話 メラニア・ルーデンブルグ

 ルーデンブルク家は由緒正しい伯爵家だ。一族の者はだいたい赤毛で、琥珀色の瞳を持つ。そしてメラニアも、ルーデンブルクの人間らしい特徴を待ってうまれた。

 ワインレッドの髪は腰まで届き、ゆるやかに波を描きながら艶めいている。大きな瞳はやはり琥珀色で、赤い髪をよく映えさせていた。

 幼い頃から美貌の少女として有名だったが、メラニアと結婚したいという男も、彼女と対面すればみんな意見を覆すのだった。

 というのも……。



「アリア、スコップをとってくださる?」

「はいお嬢様」

「ありがとう」

 さんさんと陽の光が降り注ぐ日。巨大な伯爵邸から少し離れた中庭の一角で、メラニア・ルーデンブルグその人が土の上にしゃがみ込んでいた。

「今日は本当にいいお日和ですわね! 畑仕事をするにはぴったりの日ですわ!」

 せっせとスコップで土を掘り返しながら、メラニアは言う。

「普通は、お嬢様が庭に出て畑仕事なんてしませんからね」

 主人にそう言い返すアリアは、爪の中に土が入り込んでいるせいで不満たらたらである。顎の下で切り揃えた焦げ茶色の髪をうるさそうに跳ね除けながら、アリアは大きなため息をついた。

「アリア、そのお説教は聞き飽きたわ。さ、苗を取って」

「‥‥‥はい」

 メラニアは専属メイドから渡された苗を受け取り、先ほど堀った植え穴の中に置く。5つの穴に1つづつ。そして穴に土を被せるようにして苗を植えた。

「あとは水をやれば完璧ですわね」

 うふ、とさも嬉しそうに微笑むメラニアはやはり美貌だ。しかし手は土まみれだし、つやつやの髪は汗に濡れて額に張り付いている。まるで伯爵令嬢らしくない姿であった。

「というかお嬢様、せっかくスキルがあるのに使わないんですか? スキルを使えばに土まみれになる必要もないのに」

「スキルなんて使ったら面白くないじゃない」

 メラニアはにっこりと答えるのだった。


 リタリナ王国には「スキル」というものが存在する。一部の人間だけが生まれながらに持っているもので、それは多種多様だ。スキルはよく魔法と間違われるが、2つは全くの別物である。様々な術を使う魔法とは違い、スキルは一部にだけ特化しているものだ。

 【おしゃべり】など、人より口数が増えるだけというまるで役に立たないスキルをもあれば、【矢避け】や【耐火】などの素晴らしく役に立つスキルもある。スキルを持って生まれるのは貴族や王族に多く、平民でスキルを持つものは滅多にいない。

 メラニアも、五歳になったときに行われる表明式でそれが判明した。

 【庭園】

 小さなメラニアの頭の上にその文字が浮かび上がったとき、家族は落胆を隠せなかった。父のフランクは【鉄腕】、母は【姿変え】という珍しくかつ有用なスキル持ちであったため、娘のメラニアにも【飛行】、せめて【読心】くらいのスキルは期待していたのだ。

 【庭園】なんてスキル、見たことも聞いたこともない。それでもスキルがあっただけまだましか、と切り替えることになった。


 メラニアが成長すると、伯爵夫妻は別の面でも娘に失望することになる。

 メラニアは他の令嬢とはまるで違う個性を持った娘に育った。母方の祖母はセイレーンの血を引いているため、メラニアの母リリアは目もくらむほどの美人だった。母親に似たおかげで容姿の面ではなんの問題もなかったのだが、メラニアが令嬢として必要な素質をあまり身に着けなかったことは問題だった。

 歴代の家庭教師は15人。12人めの家庭教師はメラニアと対面してわずか3時間で辞表を提出した。メラニアがお近づきの印として、庭でつかまえたカエルを進呈したせいである。学習にはなんの興味も示さず、ドレスやジュエリー、レースやぬいぐるみにはもちろん、パーティーに出席することすら嫌がるという有り様だった。

 メラニアが唯一興味を占めることと言ったら、庭に出て飛び回ることや草花を育てること、そして馬に乗ること。【庭園】がどんなスキルなのか判明したのもその頃だ。


 ある日、14人目の家庭教師が自室でお茶をしていたとき。不意に窓ガラスが砕け散り、緑の物体が家庭教師に直撃したのだ。その部屋は2階である。部屋に駆け込んできたメイドたちが目撃したのは、砕けた窓から侵入する異常なほどに伸びて太ったツタと、その窓の下で呆然と立ちすくむメラニアお嬢様だった。


 スキルの暴走というのがたまに起きる。幼い子供に起きやすく、自身で能力を統制できないことが原因だ。訓練を重ねることで自然と収まっていくものなのだが、メラニアの訓練には時間がかかった。

 【庭園】というのは厄介なもので、メラニアが庭に出て遊ぶたびに草花が異様な速さで伸び始める。温室に行けば、壁に絡まる蔦がどんどん太くなっていく。成長しすぎた蔦がガラス張りの天井を突き破り、庭の彫刻や柱を叩き壊した回数は5本の指では収まらない。とうとう、訓練が済むまで外出禁止を言い渡された。


 メラニアが18歳になる頃にはスキル制御は完璧にできるようになっていたが、庭仕事や畑仕事が好きという困った性格は全く変わっていない。空が晴れれば毎日のように庭に出て行く。付き合わされるメイドのアリアはいもむしやアブラムシが出るたびに死にそうな思いをしながら、主人の趣味に付き合うことを余儀なくされているのだっだ。


「いやあああああっ! おっお嬢様、そこにミミズが!」

 静かな庭に、アリアの悲鳴が響き渡る。

「あら、土がおいしい証拠ですわね! アリアったら、そんなに叫ばなくても」

「いいですからっ! 早くどこかへやってください!」

 メラニアは苦笑しながら、ひょいっと太ったミミズを手のひらに乗せた。

「ごめんなさいね、少しどいていてくださる?」

 優しい言葉をミミズにかけながら、メラニアは女神のような微笑みを浮かべるのだった。

 ふいに、ゴーンゴーンという鐘の音が屋敷の塔から響いてきた。昼食の完成を知らせる鐘である。これ幸いと、アリアが言う。

「さっ、お嬢様! お昼の時間にしましょ」

「ええ、その前にこの服と顔をなんとかしなくちゃいけませんわね」

 土がついた頬に、粗末な麻のドレス。両親がそろうランチは、きちんとした格好で望まなければならない。

 服を着替えてなんやかんやの工程を思うだけで面倒だ。メラニアは、嫌々アリアに手を引かれて屋敷へ戻っていくのだった。

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平民令嬢 〜北の国でもわたくしにかかればぽかぽかですわ!〜 七沢ななせ @hinako1223

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