第7話『あんパンはロックだ』



「カオルさん、お店の仕事はもう慣れましたか?」

「モモカ、大丈夫だよ。と言っても、食器洗いとかレジ打ちしかやってないからね」



 ボクが彼女に拾われて、あれから三日が過ぎた。


 最初はぎこちなかったボクと彼女の中も今ではかなり打ち解けたと思う。

 彼女から任された仕事は簡単な雑用ばっかりだし、暇な時間は歌の練習もさせてくれる良い職場だ。



「ねぇ、モモカ」

「カオル、何でしょうか?」



 まぁ、問題があるとすれば……



「お客さん、全然来ないね……」

「はい……」



 そう、このお店はビックリ程に暇なのだ。


 だからこそ、ボクも空いた時間に歌の練習はできるし、覚えるほどの仕事も無いのだが……

 しかし、これは居候させてもらっている身としてはあまりいい状況ではないのだろうか?



「えっと……このままだとお店つぶれちゃったりしない?」

「そ、それは大丈夫です!」

「え、何で?」


 ここまで閑古鳥が鳴いている状況だけど経営的に難しそうだけど……


「えっと……こ、このお店は私の両親の持ち家なので……お金はかからないと言いますか……そ、それは、仕入れとか維持費はかかりますけど……でも、お父さん達が残してくれたいさ――じゃなくて、た、貯えもあるので! な、なので、全然問題ないのでしゅ!」

「そ、そうなんだ……」



 ……なるほど、要はこの家や土地そのものが彼女の両親の物なんだろう。確かに、バカげた価格設定の店でまともな経営できるわけ無いもんな。


 まぁ、考えてみればこのお店の上は居住スペースになっているわけだから、持ち家に決まっているか……



「だけど、不安はないと言ったら嘘になります。だって、お客さんがいないのは事実ですから……」

「モモカ……」


 お店が潰れる心配は無いと言っていたから何か潰れない理由があるのだろうけど、それでも彼女がこのお店を一人で守り続けていることに変わりはない。


「それに、このガラガラの店内を見るたびに、私は本当にこのお店を守れているのか? って思ってしまうんです」

「それは……」


 やっぱり、彼女も不安だったのだろう。


「ねぇ、モモカ」

「カヲルさん、何ですか?」



 だからこそ、今のボクが彼女にしてあげられることは――



「デートしようか?」

「……ほぺ?」









「カオルさん! このお店ドーナツを売ってます! 期間限定ですって!」



 あの後、ボクは彼女を連れてお店を出て、周りのショッピングモールを視察という名目で二人で遊びに出ていた。


 彼女は自分のお店以外にはどんなお店があるかよく知らなかったらしく、近所のパン屋やカフェでどんなものが売っているのか興味津々の様子だ。



「うん、美味しそうなドーナツだね」

「はい! で、でも……あんパンの方がもっと美味しいと思います!」

「あはは! そうだね。あんパンも美味しいね」


「あんパン『も』じゃなくて、あんパンの方が! お、美味しんですぅ!」



 そう言うと彼女は珍しく向きなり頬を膨らませて反論してきた。

 どうやら、普段は大人しい彼女だけど、あんパンの事になると譲れないようだ。


 なんか、その姿が小動物っぽくて可愛いな……。



「でも、たまには敵情視察も悪くはないでしょう?」

「そ、それなら……」



 ということで、渋々といった様子だったが彼女もドーナツを食べるみたいだ。

 因みに、お会計は彼女がボクの分も出してくれた。


 あれ? もしかしてこれって、デートでなくただボクが彼女にたかっているだけなのでは……?



「おいひい(美味しい)です!」

「うん、確かに美味しいね!」


「あ! も、もちろん、ウチのあんパンも美味しいですよ!?」

「そうだね、だけど、あんパン以外にこういうドーナツも、よかったらお店に出すのはアリなんじゃないのかな?」


「で、でも……私はあんパン以外は作れないので……」

「ドーナツもダメなの?」

「……はい」


 そして、彼女は最後のドーナツを一口食べ終わると、ボクに質問をした。


「カオルさん、もしかして……お店のことを気遣って私を外に連れ出してくれたんですか?」

「まぁ……気分転換になったらと思ったくらいだけどね?」


 ボクがそう答えると、彼女は何かに気付いたようで、頬をドーナツで膨らませながら言った。


「じゃあ、デートって言うのは冗談だったんですね!」

「アハハハ! バレた?」


「わ、笑わないでください! こっちは本当にびっくりしたんですから!」



 どうやら、彼女はボクの『デート』という台詞を決行気にしていたらしい。


 何も女の子同士なんだから、そんな意識しなくてもいいのにね?

 だけど、彼女に笑顔が戻ったようで良かった。



「気になっていたんだけど、モモカは何でそんなにあんパンが好きなの?」

「それは……」


 すると、彼女は鞄からあんパンを二つ取り出してこういった。


「カオルさん、少しそこのベンチで座りながら話しませんか?」


 そして、二人でベンチに座ると、彼女が口を開いた。



「昔、ママがカフェはもうからないってお父さんに反対したらしいんです」






『今どきカフェなんて開いても儲からないのでは?』

『大丈夫! 看板メニューを作るから大丈夫さ!』


『確かに、何か看板メニューがあれば話題になるかもしれませんが……因みに、何を?』

『うん、あんパンとコーヒーを看板メニューにしようと思うんだ!』


『あんパンとコーヒーじゃ看板メニューとしては弱いのでは?』

『大丈夫! あんパンとコーヒーだけのカフェにするから逆に話題になると思うんだ!』


『それは大丈夫なのでしょうか……因みに、何故あんパンとコーヒーなのですか?』

『僕達が結婚した日に君と食べたあんパンとコーヒーが美味しかったからじゃ駄目かな?』


『ならば……あの日食べたあんパンよりも美味しいものを作らないとですね♪』







「――そんな経緯で、パパとママはあんパンとコーヒーだけのカフェを始めたんです。まぁ、お母さん達はもうここにはいないけど……」


「それは……ゴメン……」

「何でカオルくんが謝るんですか?」

「いや……」


 だとしても、彼女のご両親が亡くなっているのを考えたら、少しこれは無神経な質問をしてしまったのではないだろうか?


「だから、私はママとパパが愛していたこのお店とあんパンのお味が大好きなんです」

「モモカ……」


 そうか。彼女にとってあんパンはご両親の思い出で、あのお店は形見なんだ。



「そして、それを守るのがこのお店を任された私のお仕事なんです!」



 そんな彼女にボクがしてあげられることは何だろう?



「モモカ、よかったら……ボクの歌を聞いてくれないかな?」

「え……」



 いや、何でそこで嫌な顔をするのかな……?



「え、あ、その……べべ、別にカオルさんの歌が嫌とかじゃなくてですね!? そ、そのぉ~ここで歌われると少しは、恥ずかしいというか……」

「アハハハ、大丈夫だよ。路上ライブみたいに、そんな大声で歌うわけじゃないからさ」


「そ、そうですか……?」

「うん、モモカに聞いて欲しいんだ」


「わ、分かりました! では……ドンと来いです!」



 そういう、彼女の目は何故か怯えているように見えた。

 うん、何故だろうね……?


「では、聞いてください」

「は、はい!」



 そして、ボクは今この場で想いつた曲を歌い始めた。




「あんパンはロックだ!」




 この歌はボクが彼女と出会っての思い出を歌詞にした歌だ。




『食べるものがない~……


 お金もいらない! アイもいらない!


 あんパン大好きロックンロール!



 キミもあんパン♪ ボクもあんパン♪ アナタもあんパン♪


 キミもあんパン♪ ボクもあんパン♪ アナタもあんパン♪


 キミもあんパン♪ ボクもあんパン♪ アナタもあんパン♪



 あんパンって、とってもロックンロール~♪』




 メロディーはボクのつたないギターだけだけど……それを補うかのようにボクの気持ちを声に全部込めてボクは歌った。




「ど、どうかな?」

「えっと……」


 そして、ボクが歌い終わると、彼女はぎこちない笑顔を浮かべながら拍手をしてくれた。


 それだけで、ボクの歌がどうだったのか分かるというのもだ。



「アハハ……ボクの歌って、オンチだよね」

「うぇ!? そ、っそお、そぉんなことは……な、無いですよぉ~……?」


 うん……誤魔化せていないからね?


 そう、ボクは俗に言う『オンチ』なのだ。



 そんなことはボクが一番分かっている。

 だけど、ボクは……



「か、カオルさん!? そ、それは……」

「実はボクも両親がいないんだ」


「……え?」






 ボクがミュージシャンを目出したのは小さい頃のお母さんとの会話がきっかけだった。




『おかあさん! ボク、将来はパパみたいなミュージシャンになりたい』

『カオル、悪い子とは言わないから、そんな夢を見るのは止めなさい』


『え……何で? パパはミュージシャンだったんでしょう?』

『それは……』



 すると、お母さんはボクに向かって気まずそうな顔をしながら言ったんだ。



『カオル、貴方は……どうしようもなくオンチだから……』




 その後、お母さんはいなくなった。



 お父さんはボクが生まれた頃には既にいなかったけど、立派なミュージシャンだったとはお母さんが誇らしげに語っていたのを覚えている。


 だから、ボクもお母さんが誇れるミュージシャンになりたいと思ったのだ。




 でも、お母さんはボクにオンチだから夢を諦めろと言ってこの世からいなくなったのだ。




「それでも、ボクは音楽の道を諦めなかった……いや、諦められなかったんだよ」



 だから、ボクはお母さんがいなくなった後も世界一のミュージシャンになることを目指して路上ライブを始めたのだ。




「ボクの歌がいつか天国の母さんやどこかにいる父さんに届くようにね」



 そして、ボクが話し終わると、何故か彼女は目に涙を浮かべていた。



「と、とっても……素敵だと思います!」


 そして、彼女はボクの手を握って言った。


「カオルさんの歌……もう一度聴きたいです!」

「え、いいの……ボクの歌は……」


「いいんです! 私が聴きたいんです!」



 そういう彼女の目は今度は怯えてなどいなかった。




「では、是非聞いてください……あんパンはロックだ!」




 オンチなボクが歌を歌うのただの自己満足なのかもしれない。


 だけど、それを聴きたいと言ってくれる彼女がいて……ボクの心は救われた




『キミもあんパン♪ ボクもあんパン♪ アナタもあんパン♪』




 彼女があんパンでボクを助けてくれたように、ボクもただ歌うだけじゃなく、ボクの歌で誰かを救えるようになりたい。



『キミもあんパン♪ ボクもあんパン♪ アナタもあんパン♪』

『キミもあんパン♪ ボクもあんパン♪ アナタもあんパン♪』



 きっと、それが……


 ボクの目指している世界一のミュージシャンの姿だから!




『キミもあんパン♪ ボクもあんパン♪ アナタもあんパン♪』

『キミもあんパン♪ ボクもあんパン♪ アナタもあんパン♪』





 そして、ボクの歌が終わると彼女はあふれるほどの拍手をくれた。




「私……カヲルさんの曲大好きです!」

「ボクもモモカのあんパンが大好きだよ」



 ボクがそう答えると、彼女は恥ずかしそうに顔を赤く染めながら先ほど食べていたあんパンを半分に割って、それを片方ボクに差し出した。



「か、カオルさんがそんなに……わ、私のあんパンが好きって言うなら……このあんパンも一口あげます……」


 そう言われて、ボクは彼女の手からあんパンを一口もらった。



「うん、美味しい♪」



 すると、彼女はボクが食べたあんパンをそのまま自分の口に運んだのだ。


「も、モモカちゃん……?」

「こ、これで……か、かか、間接キッスですね……」



 その瞬間、ボクの脳裏にある景色が浮かんだ。





『カオルさん、新しいあんパンが焼けました!』

『じゃあ、モモカの新しいあんパンを記念して歌でも歌おうか?』




 それは、彼女があんパンを作って売り、ボクがその隣で歌っている姿だ――





 ――そんなふうに、彼女と二人で暮らしたら、きっと毎日が幸せなんだろうな……。




「カオルさん、どうかしましたか?」

「あ、いや……」



 そんな妄想がふと頭をよぎり、ボクは思わず動揺して彼女から顔をそむけてしまった。



「なんだか、凄く顔が赤いですけど……」

「え!? そ、そんなことないよ!?」



 ボクとしたことが……あんパンで間接キスしたくらいでなんて妄想をしているんだろう。


 まぁ、でも――



「そんな未来も悪く無いかもね?」

「……ほへ?」



 そんなボクのつぶやきに彼女はあんパンを咥えながら首をかしげるのだった。




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あんパンと勘違いガールミーツガール 出井 愛 @dexi-ai

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