第30話  花火大会 前夜

 自分の部屋で、一枚の写真を見つめる想汰。

 そこには、塾の仲間と美緒と想汰が写った写真。


 そして、机の上には、小学生の想汰と朝陽、

聡、智美そして美緒が写っている写真。

 懐かしそうに写真を見る想汰。


 「想汰……本当にいいのか?」

 想汰の背後から朝陽の声が聞こえた。

 想汰が振り向くと、ベッドに朝陽が座っていた。


 「いいのかって……いいんだよ」

 と呟く想汰。

 「おまえ……無理してないか?」

 と朝陽が想汰に聞いた。

 「無理って何?」

 「だって、おまえ……」と朝陽が呟く。

 

 朝陽と時人が想汰の前に再び現れた日、


 驚く想汰に時人が言った。


「想汰君、あの、花火大会の日の夜、

私が言ったこと覚えてるかい?」


「覚えてるよ……。『約束』のことだろ?」


「そう……。数年後、

 また君に会いにくるという約束。

 君があの時、私達が会いに来るのを

 承諾してくれたから、私と朝陽君は

 こうしてまた会いに来れたんだよ」


 「でも、何で、今頃なの?」と想汰が聞いた。


 「それは、君が、朝陽君が亡くなった年齢に

なるのを待っていたんだ」


 「待っていた? どういうこと?」


 「コホン、私は『夜さり人……

時間を管理できる』

亡くなった人を、

『生き返えらさせることは

 できない』が亡くなった人が 

 本来歩むはずだった

『時間を戻す』ことが出来るんだ。

 朝陽君が事故でなくなったのは高校三年生、

十八歳の時だった。

 君が彼と同じ年齢の期間……

つまり十八歳の時期に、朝陽君が過ごすはずだった

時間と君の過ごしてきた時間を交差させる

ことにより……

時間をある一定の時期に戻すことができる」


 時人の説明に想汰が聞き返した。

 「それって、あの、事故が起こった日まで時間を

遡らせるということ? そんなことが出来るの?」


 朝陽が、想汰を見ると、

 「ああ、できるそうだ。俺も最初、時人さんから

この話を聞いた時、そんなことが出来るのかって

驚いたからね」と言った。


 「まぁ、私が口を滑らせたばかりに、

実行する羽目になりまして……。

 色々な所に説明をして了解をとるのが

大変でした……」時人が呟く。


 「そんなことが本当に出来るのなら、

朝陽さんは、事故に遭わずにすむんだよね?」


 想汰の言葉を聞いた朝陽が黙り込んだ。

 朝陽の表情を見た時人が想汰に話しかける……。


 「想汰君、今から私が言うことは、とても大切な

ことです。聞いてくれますか?」

 「大切なこと?」


 真剣な眼差しで時人が想汰に話し出した。


 「時間を交差させて、時間を一定の時期まで

戻すということは、今まで、君が過ごしてきた

時間をすべて戻す……いわゆる消し去ることを

意味するんだ。だから、時間が戻れば

君は、十二歳の小学生に戻る。

 そして、そこからまた 新たな時間を

積み重ねていくことになる。

 当然、この六年の間に君が体験した

記憶はすべて消えてしまう……。

 だだし、君がこの時間の交差を拒否した場合は

時間の交差は起こらず、君は十八歳のまま、

君の未来の時間を重ねていく……。

 そして、朝陽君は今度こそ向こうの世界に

行ってしまい、二度とこの世に来ることは

ない」


 時人の話を聞き終えた想汰は、

 「そうか……そういうことか」と微笑んだ。


 想汰は時人に質問をした。

 「その、時間を交差して時間を戻す方法は?」


 「それは、想汰君と朝陽君の共通の『想い出』の

場所で、互いの想い出が重なり合う瞬間に

起こる……」と時人が答えた。

 「わかったよ。

 じゃあ、もうあの場所しかないよな。

 ねぇ、朝陽さん……」

 と想汰は朝陽を見るとそう呟いた。


 時人から言われたことを思い出す想汰……。

 朝陽が、再度彼に聞いた。


 「想汰、本当にいいのか?」

 「何が?」


 「だって、おまえ」朝陽が言葉を濁す。

 「何だよ?」


 「想汰……おまえ、美緒のことが好きなんだろ?

 時間が交差してしまえば、おまえの中から

美緒と過ごした記憶は消えてなくなるんだぞ。

 それでもいいのか?」


  「いいんだよ。それでいいんだよ……。

  でも、朝陽さん、一つだけお願いがある。

  俺も美緒先生との想い出を作っても

 いいかな?」


  「美緒との想い出?」と朝陽が聞いた。

 

  「記憶は無くなってしまうけど、

 俺、好きな人と夏の夜空に広がる花火を

 観てみたいんだ。

  六年前の花火大会の夜に

 朝陽さんと美緒先生が二人で並んで

 観ていたように……。

  一瞬でもいいから、

 美緒先生との想い出を作りたい」

  と想汰が言った。

  

  朝陽は想汰を引き寄せた。

  朝陽の胸に頭をつける想汰の目から

 流れ落ちる涙……。

  

  朝陽は想汰の頭を撫でながら、

  「想汰……大人になりやがって……」

  と言った。

  

  「あたり前じゃん! 俺、もう、十八だぜ」

  と口を尖らす想汰。

  「そうだったな」と呟く朝陽。

  「明日の『花火大会』

 彼女……美緒先生、連れて来るから」

  と想汰が言った。

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