第29話 夏の日の約束

 「美緒先生~お願いだよ」

 と美緒の前で手を合わせて拝む想汰。


 「想汰君、何、どうしたの?」と驚く美緒。

 「想い出が……ほしいんだよ~」


 「は? 想い出? 何の?」

 「夏の日の想い出がほしいんだよ。

  高校最後の……想い出が……」


 「想汰君、この前も言ったけど……

塾講師の私の立場上、

この塾の生徒の想汰くんとは

個人的に会うことは出来ないの! わかるでしょ?

そのくらい」と美緒が諭すように

想汰に話す。


 「そのくらいわかってるよ……。

 でも、俺も先生との想い出がほしいんだよ

あの夜みたいな……」と呟いた。


 二人の会話のやり取りは、一時間も続いた。

 なかなか、引かない想汰に困惑する美緒。


 そして、とうとう……

 「わかったよ。行くよ。『花火大会』」

 と美緒が言った。


 「え? 美緒先生、本当?」と驚く想汰。

 「何、驚いてるの? 想汰君が誘ったんでしょ?」


 「やったぁ~! ありがとう先生!」

 と拳を頭上に上げガッツポーズをする想汰。

 その様子を見た美緒は、


 「想汰君……一応、念のため言っておくけど、

これは、デートでも何でもないからね。

 私は、仕事帰りに、花火大会に立ち寄った。

 想汰君は、一人で花火大会を見に来てたら

たまたま、私と会って、一緒に花火を観た。

 ただ、それだけ。いい? この約束守れる?」

 と両手を腰に当てて美緒が言った。


 「わかりました。先生! 約束します!」

 と想汰は美緒の前で敬礼をした。


 「まったく……今時の高三男子は……」

 と呆れる美緒。

 美緒は、その時、想汰がいつの間にか

朝陽が事故にあった年齢になっていたことに

初めて気がついたのだった。


 想汰の姿に、あの頃の朝陽の面影が重なる美緒、

懐かしさと切なさが込み上げてくる……。


 「じゃあ、美緒先生。来週末の『花火大会』

楽しみにしてるよ。先生、絶対だよ!

 約束だからね」と言うと想汰は

美緒の前から歩き去った。


 空を見上げた美緒、

そこには、夏の夜空に光る星々が

光を放っていた。

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