花の気持ち

 寝る前に、私はいつもやっているように今日の分の日記を書くことにした。

ここ何日かはこれまでにないくらい書きたいことが多くなって大変だが、やっぱり楽しい。



10月7日。

月曜日。

今日は踊橋君とお昼を食べた。


彼はなんだか元気がないようだった。

心配だ。


私のお弁当を美味しいと言って食べてくれたのはとても嬉しかった。


でも普段少食な彼には量が多すぎたようだ。

食べてから少しすると寝てしまった。

しかも私の肩に寄りかかって。


羨ましいか、これを読み返している未来の私よ。

はっはっは!


それだけでなく、こんなチャンスは滅多にないぞと覚悟を決めて、私は寝ている踊橋君の手を握った。

しかも恋人繋ぎ。


起きたらどうしようと滅茶苦茶ドキドキしたが、彼は起きなかった。


たまらないスリルを味わった。

超楽しかった。


キャンプの話は断られてしまったけど、やりようによってはなんかいけそうな気がする。


彼はもうちょっと仲良くなってからと言っていた。

仲良くなるための作戦を立てねば。



 今日はこのくらいにしておこう。

私はついでに日記を軽く読み返してみることにした。



10月4日。

金曜日。

ついに踊橋君と話せた!

ヒャッホー!


話しかけたら

「なにかにゃ」

だって。


笑い堪えるの必死だった。

彼はずっと気まずそうな顔してた。

可愛すぎる。


それと、踊橋君は別に推理小説やミステリーが特別好きというわけではないみたい。


まぁだからといって今までのことが無駄になったわけではないけど。


その証拠に今日はちゃんと本のことで話すことができたし。


それから、流れで彼の家に行くことになった。

というか私が勝手についていったんだけど。

そして重要なことを聞き出せた。

彼女はいないようだ。


よし。

ちょっと安心だ。


帰り道はずっと話していたくてすごくのんびり歩いた。


途中から彼も私のペースに合わせてくれたからたくさんお話しすることができた。


初めて彼の部屋に入った。

予想通り、立派な本棚があった。

二人で背を預け合って本を読んだ。

背中から彼の体温が伝わってきてやばかった。


汗かいてなかったかな。

ちょっとかいてた気がする。

恥ずかしい。


彼は本を部屋で本を読むときクラシックを流すようだ。

私も真似してみよう。


彼のお母様には初めてお会いした。

愉快な方だった。


彼に私の下の名前を教えたが、気がついた様子はなかった。

まぁいいけど。


それにしても彼は昔、私と同じ名前の子が好きだったらしい。


『昔』好きだった、ということは今はそうでもないのだろうか。


誰だか知らないが、彼に好かれていたのは素直に羨ましい。


とっくに知っているし、忘れたこともないが、知らないふりをして彼の名前を訊いた。


舞。

やっぱり素敵な名前だ。


今日は彼の名前と同じくらい素敵な日だった。

こんなに話せたのは初めてだ。

まだ鼓動が早い。

今日は眠れないかもしれない。



10月5日。

土曜日。

今日は早起きするつもりだったのに、昨日あまり寝付けなかったせいで遅くなってしまった。


でも彼も昼頃に起きたようだ。

ちょうど良かったのかもしれない。


彼を部屋に招待した。

彼が私の部屋に来たのだ!


さっきまでここに踊橋君がいたと思うと、なんだか不思議な気分になる。


クッキー褒められた。

嬉しい。


それと、あの本を勧めた。

流石に回りくどかっただろうか。


彼は特に気にした様子もなく、二人が結ばれたと思うと言った。


二人の関係を私と踊橋君に重ねている私からすれば、嬉しすぎる感想だ。

ウッヒョーイ! って感じ。



 読み返してみたが、テンションが爆発してるな。

しかしまぁそれも仕方のないことだろう。


長年の想い人とようやくまともに話せたのだ。


私は小学生の時に踊橋君と同じクラスだった。

親の再婚によって苗字が変わったことと、大幅なイメチェンによって彼には気づかれていない。


私が彼のことを好きになったのは、小学三年生の時のことだった。


私は懐かしくなって押し入れから日記を引っ張り出してきた。


ペラペラとページをめくって、見つけた。

この日だ。


ははは。

ほんとに懐かしいなぁ。

この時は天気まで書いていたんだっけ。

いつの間にか面倒になってやめてたけど。



6月9日。

木曜日。

晴れ。

今日もいつもと同じように高井にからかわれた。


「なんで苗字が変わったんだ? なんでなんで?」

と、にやにやしながらしつこく訊いてきた。


少し前にお父さんとお母さんが離婚して、私の苗字がお母さんの前の苗字になったことが面白くてたまらないらしい。

私には理解できない感覚だけど。


嫌だなとは思いつつも、なんだか怖くて悲しくて言い返せずにいた。


最近はずっとこんな毎日だ。


でも今日はいつもと違っていた。

踊橋君が割り込んできたのだ。

踊橋君というのは私の隣の席の男子だ。


私はその時席についていて、高井は私の前に立って私を見下ろしていた。


踊橋君も席に座って静かに本を読んでいたのだが、突然バタンと音を立てて本を閉じたかと思うと、高井の方を見ながらこう言った。


「あのさぁ。デリケートな問題ってことくらい想像出来ない? キモい質問してるってこと自覚した方がいいよ」


「は? でりけーと? なんだそれ。根暗チビのくせにうるさいぞ!」

高井は踊橋君を睨みつけた。


踊橋君は飄々と続けた。

「お前の無駄にデカい声の方がうるさいだろ。ってかお前さ、この前動物園にいなかった?」

「は? 動物園なんか行ってねーし」


「あ、じゃあドッペルゲンガーかもな。なんか猿山でウッキーウッキー言ってたけど。今のお前にめっちゃ似てたんだよなぁ。そっか人違い……いや、猿違いか」

「ッ! 馬鹿にしてるのか!?」


「してないよ。お前は馬でも鹿でもなく猿だろうが」

「このッ! 女の子みたいな名前の根暗チビのくせに!」

「なんだと猿みたいな猿のくせに。森に帰れ」

踊橋君は高井をボコボコに煽り散らかした。


正直スカッとした。

いつもニヤニヤしている高井が顔を真っ赤にして怒っているのは面白かった。


その後、高井は踊橋君の顔を一発殴ってからどこかにズンズン歩き去っていった。


踊橋君は反撃もせず、去っていく高井にあっかんべーをした。

そして何事もなかったかのように読書を再開した。


私は踊橋君にお礼を言った。

「あの、ありがとう」

「別にいいよ。僕がムカついたってだけだし」


「ほっぺた、痛くないの?」

「別に」

私が何を言っても踊橋君は興味なさげだった。


そこで私は本について訊いてみることにした。

「なに読んでるの?」

「お、興味ある?」

踊橋君は急に食いついてきた。


「う、うん。いつもなに読んでるのかなってずっと気になってたんだ」

「ほんと!?」


踊橋君はとても嬉しそうに、読んでる本について説明してくれた。

そして読み終わったら貸してあげると言ってくれた。

ちょっと楽しみだ。



 この日以降、高井が私をからかうことは無くなった。

その代わりというように、踊橋君がクラスのみんなに冷たい態度を取られるようになってしまった。


高井は目立つ生徒で、ガキ大将のような存在だったから、その高井を敵に回してしまった彼はクラスメイトから避けられるようになったのだ。


私は何度も彼に謝った。

「私のせいで踊橋君がひとりになっちゃった。謝っても仕方がないのかもしれないけど、本当にごめん」


彼は私が謝る度に不思議そうな顔をしていた。

「僕は元々ひとりだから何も変わってないけど。ってか最近は君が話してくれるからもうひとりじゃなくなったと思ってたけど、僕ってまだボッチだったの? 君って僕の友達じゃなかったの? もしかして僕の勘違い? そうだったら悲しすぎるんだけど……」

彼はわかりやすく肩を落とした。


「あ、いや、えっと……友達っていうか、もっとアレな……」

仲間とか親友とかそんな言葉が出てこなくて私はあたふたした。


彼はそんな私を見てため息をつくのだ。

「もういいよ。気ぃ遣ってくれなくても。どうせ僕はひとりぼっちですよ。ちぇ」


そう言ってへそを曲げる彼に、私は必死になって弁明しようとするが、

「いや、その、違くて! 君は私にとって、なんていうか……」

憧れとか好きとかそんな言葉が出てこなくて、私はまたあたふたした。


それを見て彼はさらに深く肩を落とすのだ。

「だからいいってば。君が優しいのは充分伝わったから。気を遣わせてごめん」

「待って! 結論を急がないでよ踊橋君!」


「皆さん、やっぱり僕には友達がいなかったようです。ははは……」


「お、踊橋君? 明後日の方向を見てるけど誰に話してるの? やばい。踊橋君が壊れちゃった。どうしよう……そうだ! 本の話題を持ち出せば踊橋君は絶対に食いつく! ねぇ踊橋君、最近面白かった本はある?」


「あります。この前君に貸した本の作者さんの新刊なんだけど」

本の話題を持ち出すと、踊橋君は急にシャンとしてマシンガントークを始めるのだ。


小学生の時の私はメモを取りながら彼の話を聞いた。



 そして私は踊橋君の影響で本を読み始めた。

彼は当時、ミステリーにハマっていた。

私は彼と話したくてミステリーをたくさん読んだ。


しばらくして、私は親の都合で転校しなければならなくなった。


それから何年か経って親が再婚してまた苗字が変わり、色々あってこの町に戻ってきた。

そしてまた彼と同じクラスになれた。


気づかれていないのはショックだったが、もう一度はじめましてから頑張ろうと思う。


本にしか興味がない彼からすれば私なんて眼中に無いかもしれないけど、いつか恋人になれたらいいな。

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高嶺の花と本の趣味が被った 夜桜紅葉 @yozakuramomizi

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