校庭

 週が明け、月曜日がやってきた。

午前中の授業を聞き流し、昼休みになると僕は校庭に出た。


普段は教室でおにぎりを食べるが、今日はなんとなく校庭で食べたい気分だった。

いつもよりも時間をかけて、のんびり咀嚼した。


食べ終えると、本を取り出すわけでもなくボケーっと地面を眺めた。

すると、背後から声を掛けられた。


「へい。ご飯は食べたかい?」

鷹祭さんだ。


「おにぎりを二つも食べたよ」

「変わってないじゃん! もっとちゃんと食べてって言ったよね」

「忘れてた。ごめん」


「っていうかお母様から何か持たされたりしないの?」


「高校入る時に弁当作ろうかって提案されたけど、断った。その代わりに毎日購買で昼食を買う分のお金を貰ってる。おにぎりは僕の自前」


「え……でも踊橋君購買でパンとか買ってないじゃん」


「うん。不正に請求してる。実際そのお金は本を買うことに使ってる。母さんには秘密にしてね」


「詐欺じゃん!」

「まあね」

「駄目だよそんなことしちゃ。まったく……。どんだけ本が好きなのよ。ちゃんと食べなさい」


「母さんから朝受け取った昼食代はもう貯金箱に入れてきちゃったからお金持ってきてない。今日は無理だね」


そこで彼女は突然ドラムロールを始めた。

ドゥルルルル、ダンッ! と言いながら彼女が取り出したのは二つの弁当箱だった。


「そんなことだろうと思って、お弁当を二人前作ってきました! ほら、こっちが君の分だよ」

彼女は弁当箱を押し付けるように渡してきた。


「え……わざわざ作ってきてくれたの?」

「わざわざ作ってきたよ。一緒に食べよ?」

「……ありがとう」


「どういたしましてー。そういえばいつも教室で食べてるのに今日はどうして校庭なの?」

「なんとなくだよ……いや」

言葉にしてみて気がついたが、なんとなくではなくちゃんとした理由があるのかもしれない。


僕は多分、ひとりでいたら鷹祭さんが話しかけてくれるような気がしたから教室を出たのだろう。


まぁ別に教室でも僕はひとりなのだが、周りに人が少ない方が鷹祭さんも話しかけやすいだろうという謎の配慮を無意識のうちにしてしまったのではないだろうか。


自分のことなのに他人事なのは、自分がそんなことを考えたということが信じられないからだ。


「ん? どうしたの?」

急に黙ったことで彼女は不思議に思ったようだ。


「ってかなんか今日元気ない? 大丈夫?」

顔を覗き込んできた。


「大丈夫。月曜は人類総じてこんなもん」

「そっか。ならいいけど」


それから淡々と口を動かして弁当の中身を減らした。

どれも美味しくて、弁当はすぐに食べ終わった。


「ごちそうさま。美味しかったよ」

「お粗末様」

彼女は手際よく弁当箱を片付けた。


「で、ほんとに何があったの? なんか顔色悪いよ」

彼女は僕の顔をじっと見つめてきた。


「気にしないで。なんでもないから。心配してくれてありがとう」

「そう? ……んー。まぁいいや」


「強いて言うなら、いつも食べない量を食べたから体がびっくりしてるのかも。なんかめちゃくちゃ眠くなってきた」

嘘じゃなかった。

異常なほどウトウトする。


多分僕の体はおにぎり二つで稼働することに慣れてしまっていたのだろう。


急に仕事が増えたから消化器官が文句を言っている。

消化に使われているせいか、頭にまで血が行き渡らない。

ボーっとしてきた。


「ほんとだ。眠そう。え、ごめん。私のせいじゃん」

「違うよ。鷹祭さんのせいじゃない。だからもう泣かないで」

「いや、別に泣いてはないけど……」


「ってかいつも一緒にお昼ご飯食べてる人たちとかいないの?」


「いるよ。でも踊橋君に餌付けしてくるって言ったら快く送り出してくれた」

「そっか」


「あ、全然話変わるんだけどさ。今年の冬に一緒にキャンプ行かない?」

「突然だね。キャンプ?」


「そう。ハンモックに揺られながら読書するの。楽しそうじゃない?」

「確かに楽しそうだけど……二人で行くの?」


「人数多い方が楽しそうだけど、君は嫌でしょ?」

「嫌だね」

「だったら二人かな」


「……遠慮しとくよ。まだそこまでの仲じゃないと思う。もうちょっと仲良くなってからにしよう」


彼女は口を尖らせた。

「冷たいなぁ。じゃあ冬までに仲良しになろう。そうすれば解決」

「そっか……。そうだね……」


「あれ? どうしたの?」

彼女が心配そうに訊いてくる。


僕はそれに答えられなかった。

眠気が限界に達したのだ。


まぶたを開けていられなくなり、僕は隣に座る彼女にもたれかかるようにして意識を失った。


意識を失う瞬間、僕はこんな時間が出来るだけ長く続けばいいなと思った。


彼女は気まぐれで僕に構ってくれているだけだろう。

飽きられてしまったら僕みたいなゴミクズ人間は二度と見向きもされなくなると思う。


だったらせめて彼女が飽きるまで幸せを満喫しよう。

そう思った。

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