日記

 そんなこんなでいい感じの時間になったため、僕は帰ることにした。

その前に僕は鷹祭さんに訊いてみた。


「これ、もしかして日記?」

勉強机に並べられている、背表紙に何も書かれていないやつを指差すと、彼女は大慌てで僕を押しのけるようにそれを手に取って胸に抱えた。


「み、見た……?」

「いや、中は見てないんだけどなんとなく日記なんじゃないかなって。本当に日記だったら勝手に見るべきじゃないだろうなと思ったから触ってもないよ」


この慌てよう……余程プライベートな内容が記されているのだろう。

うっかり見なくて良かった。


「そ、そっか。ナイスデリカシー。確かにこれは日記だよ。小学生の時から毎日つけてるの」


「へぇー。マメだね。そんな長い間書いてるならすごい量になってそう」


「今までのは全部押し入れの中にあるよ。大切に保管してるんだ。私の人生の軌跡だからね」

「大事だよねそういうの。僕も始めようかな」


「いいと思う。たまに昔のことを振り返ると楽しいよ」


「未来の僕が振り返って楽しいと思えるような過去にならないとなぁ」

「そうだね~」

彼女は日記をそっと勉強机に置いた。

忘れ物がないことを確認した後、彼女の部屋から出た。


「じゃ、今日は楽しかったよ。また学校で」

「うん。またね!」


玄関から手を振ってくれる彼女に手を振り返してから僕は鷹祭宅に背を向けた。



 家に帰ると、母も帰ってきていて僕に質問してきた。


「あんたが休日に出掛けるだなんて、明日この世が終わるのかしら。どこ行ってたの?」

「大袈裟すぎる。鷹祭さんと遊んできたんだよ」


「あら、そうなの~。それは良かったわねぇ。で、どうだった?」

母は期待を込めた目で身を乗り出すようにして訊いてきた。


僕はその期待を裏切るのが申し訳なくて、俯きがちに答えた。


「始まってもいない恋が終わった。鷹祭さん、好きな人がいるんだってさ」


母は大きく目を見開いた。

「え……。いや! まだ諦めちゃ駄目よ! その相手があんたって可能性も微レ存」


「母親がネットスラング使うの結構キツいんだけど……。その想い人ってのは小さい頃から知ってる人らしいよ。僕が鷹祭さんと出会ったのは高校。この状況からでも入れる保険ってありますか?」

「……」

母は黙って僕の頭を撫でた。


「アチアチのお風呂に浸かってスッキリしてきなさい。こういう時は風呂に限るわ」

「……そうだね。風呂入ってくる」

この日の晩飯はチャーハンだった。

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