第5話


 魔人が踏み込み瞬きよりも速い速度で。祐樹の目前へ移動し、斬りつける。

 祐樹は状態を反らしその一撃を避けるが、魔人は即座に切り返し剣を振り下ろす。それを転ぶように無理な動作で体を動かし、祐樹は何とか避ける。

 魔人の剣が車に触れた瞬間に灰になった。人間を灰にするのは、車を灰にするより手間はないだろう。触れた瞬間に即死だ。

 圧倒的な優位に立った魔人は、上機嫌な様子で避け続ける祐樹に剣を振り続ける。


『フハハハ! 先程までの威勢はどうした! 避けるしか出来ぬか!』


 剣がどこかへ触れる度、切るよりも早く振れた瞬間に灰と化す。

 避ける最中に試しに祐樹は魔人の剣と刃を合わせてみるが、即座に祐樹の剣は灰と化した。

 剣を掴む手まで波及せずに済んで安堵するが、手詰まりの状態になる。


 祐樹は魔人の剣を上手く避け続けているが、一度でもミスをすれば命を落とすことになるだろう。

 避ける事に専念すれば今しばらくどうにかなるかもしれないが、何か、何かが欲しかった。

 祐樹1人では足りないのだ。

 



 ――――――


「――めちゃくちゃだ……」


 後ろに下がって祐樹の戦いを見ていた一条が呟いた。

 触れただけで死ぬ剣を明らかに人間よりも遥かに身体能力の高い魔人が振るっているのだ。

 出鱈目にも程がある。

 勝ち目などあるはずもない。


「人類は終わりだ……」


 一条がその場に崩れ落ちる。

 立つ気力、戦う気力を根こそぎ削がれてしまった。

 魔人が最初からその気ならば、1度目の戦闘で全滅していた事を悟ったのだ。

 勝てると思ってしまった愚行のツケを、彼はこの中で最も若い者に払わせてしまったと考えてしまった。


「何をしているんだ。一条さん」


 一条の後ろから声が掛かる。

 そちらへ力なく顔を向けると、吹き飛ばされた大原が腹部を抑えて戻ってきた。

 大柄な体のあちこちに傷があり、ふらふらと大原が一条に近づく。


「何をって、なんだ……」


 一条が力なく答えた。


「あの子どもが戦っているのに、一条さん。なんであんたが戦っていない」

「戦うって、どうしろって言うんだ」


 一条の視線が祐樹と魔人に向かう。

 魔人の剣を避けながら、祐樹も剣を振ろうとするが魔人の剣に触れた瞬間に灰となる。

 避ける事は出来ているが、明らかに決め手に欠けている様子だ。


「俺たちが加勢してなんになるんだ」


 魔人の剣を避け続けている。

 それだけで一条からすれば信じられない話だった。

 魔人の剣速は一条の動体視力を優に超えている。

 相対すれば一秒も持たないだろう確信があった。

 避けていること自体が、祐樹と一条との埋めがたい差を実感させられる。


「……分かった」


 大原が失望したといった様子で、祐樹と魔人の方へ歩いて行った。

 だが、


「それでもオレは、あんたを信じてる」


(なんで戦おうと思えるんだ。信じるって、何をだ……)


 一条には理解できなかった。

 このままここにいたとしても、祐樹が死ねば次はこちらの番だ。

 それは分かっている。

 だが恐ろしいのだ。

 あの魔人に立ち向かう事が、かつては仲間の仇、人間の敵と、倒さなければいけないと覚悟していた相手が今は何よりも恐ろしい。


「うぉおおお!!」


 大原の怒号のような叫び声が聞こえてきた。

 視線を向ければ、大原が魔人に体当たりを行っていた。

 魔人は少し姿勢を崩すが、すぐに大原の体を掴み、片手で投げ飛ばす。

 レベルが上がっていなければ即死であろう速度で吹き飛びながらも、死んではいないだろう。


「――どうして」


 同じ思考が何度も何度も一条の頭を巡る。

 銃声が聞こえれば、いつの間にか遠山も戦闘に参加していた。

 祐樹が前面に出るだけでなく、魔人の剣を避けながら攻撃を加えようとしている。そのおかげで、大原や遠山に魔人の剣が届いていない。


『鬱陶しいぞ家畜どもが!!』


 魔人の声が響くと、魔人の体から何かが吹き荒れる。

 魔人を中心とした嵐のようになり、祐樹、大原、遠山の3人が吹き飛ばされる。


『――死ね』


 魔人は3人が離れた瞬間を狙い、大原の体を掴む。

 首を持ち体を持ち上げ、躊躇う事無くその腹に剣を突き刺さそうとする。


「――――大原っ!!」


 一条が思わず声を荒げた。

 一瞬、大原の視線が一条に向いた。

 それは死に怯える顔ではなかった。


 ――一条に、何かを託すかのような顔だった。


 魔人の剣が触れた大原の体は、すぐに灰になって風に乗って散ってしまう。

 ドクンと、一条の心臓が大きく鼓動した。

 先ほどまで動きもしなかった体が、自然と動き出そうとする。


 (体が熱い……)


 

 一体何が原因か。一条には分からなかった。

 だがいつの間にか、一条の手には剣が握られていた。一条のスキルは剣を召喚する事が出来るが、その剣は今までの剣とは異なっていた。


 金色の、装飾の施された剣。

 その剣を握っていると、力が増してくるのが分かった。

 

『ようやく一匹か。手間をかけさせてくれる』


 静寂の中、魔人の言葉が響いた。

 次いで動き出したのは、遠山だった。


「よくも大原を!!」


 遠山が彼のスキルである銃を使い、魔人を撃つ。

 魔人は怪物にも効果のある弾丸を容易く斬り、灰へと変えた。


「うぉおおお!!!」


 そこへ、一条が駆けだしてきていた。

 金色の剣を魔人へ振るう。その剣は魔人の剣に触れるが、灰に変わらなかった。


『なにっ?!』


 これに驚いたのは魔人だった。

 だが魔人は一条の持つ剣を見て顔色を変える。


『――聖剣かっ! 貴様が勇者だったか!!』


 魔人の顔が苦々しい表情となる。

 

「これならいける!」


 先ほどまでの怯えた様子もなく、一条には今勝機が見えていた。

 魔人の剣と打ち合い、躱し、斬りつける。

 魔人に対抗できなかった力が、ここにきて上がっている。

 その理屈は分からなかったが、一条がステータスを確認していれば理解できていただろう。

 一定以上のステータス、決定的な敗北、そして託された意思によって覚醒する救世の剣。

 一条は今、再び覚醒したのだ。


「凄いな」


 祐樹が一条と魔人との戦いを見て、呟いた。

 何があったか分からないが、今この瞬間に変化は訪れたのだ。

 大原や遠山では足りない、大きな変化だ。


「今なら……」


 祐樹が剣を召喚する。

 レベルが上がり、鋭い切れ味と頑丈さを誇るようになった剣だが、それだけでしかない。

 魔人と打ち合うことは出来ないが、その役目を一条が担ってくれるのならば、祐樹の剣が届く可能性が出たのだ。


「俺も合わせます」

「ああ! 頼む!」


 魔人の剣を一条が受け、その隙を祐樹が狙う。

 祐樹の動きに、一条も合わせる事が出来るようになっているからこそ可能な動きで、魔人を追い詰める。


『グッ、クソ家畜どもがあああ!!』


 徐々に、魔人の動きに粗が出てくる。

 一条の動きが凄いのだ。現状で魔人を超えているといってもいい。

 一条が大きく魔人の剣を払う。その瞬間に魔人の頭部を遠山の弾丸が穿った。


『ガッ!?』


 大きく魔人の頭が揺れる。

 その瞬間を狙い、祐樹が剣を振るった。



 ――――――


 4月15日

 魔人との戦いはかなり厳しかった。

 勝てたのも、一条さんのおかげだろう。

 だが大原さんが犠牲になった事を忘れてはいけない。


 ともかく、魔人は皆で力を合わせて倒す事が出来た。

 そして魔人と怪物に支配されていた人たちを助ける事が出来た。

 劣悪な環境に置かれ助けれなかった人もいたが、それでも50人近くを助ける事が出来たのだ。

 それを今を喜ぼう。



 4月16日

 この町の怪物の残りを始末した。

 レベルがまた上がったのか、オーガ程度なら相手にならなくなった。

 捕まってた人を解放したり何だりと忙しく回ったが、一番の問題は食糧問題だ。

 50人以上を一度に賄えるほどの貯蓄はない。

 そして動物の類もいない。


 となれば、食料は一つしかなかった。


 オークは旨かった。


 4月20日

 町を出ることにした。

 かなり惜しまれて一緒に町をこれからも守って欲しいと言われたが、やることが出来たのでそうもいかない。


 姉の居場所が分かったのだ。

 捕まっていた人の中に姉の同級生がおり、俺が弟だと知ってる人だった。

 その人が言うには捕まってる最中に姉を見たらしい。

 かなり遠目らしいが、その人も覚醒者で目が良くなったから見えたらしい。

 どこに行ったかまでは分からないが、生きている。

 それが分かればいい。


 姉を探しに行くとしよう。



 5月1日

 いくつかの町を通り過ぎながら途中怪物を刈ったりしながら姉の行方を探した。

 途中誰もいない町でゲートが開いた時は驚いた。

 降り注ぐ怪物を見ながら、あの向こうはどうなってるのか気になった。

 門の向こうは、まあ怪物だらけなのだろう。

 だがまさか無尽蔵という訳ではないだろう。


 ゲートから落ちてきた怪物は全部殺しておいた。

 この町に人はいないが、助けた場所に行かれても困る。


 5月5日

 魔人に襲われた。

 やはり魔人は複数いる。

 あの出鱈目な剣を持っているわけではなかったので、一人でも苦戦はしなかった。

 だが空を飛んで逃げられてしまった。


 残念だ。

 

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滅んだ世界で今日を生きる あお @ao113

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