罪人リリース

summer_afternoon

生贄

第1話




 山道に現れたのは、美少女。



「助け、た、助けて、くださぃ」



 美少女は、走った息が整わないまま膝をつく。



 ここは央の国。皇帝をトップとし、科挙によって選ばれし官僚が国家を運営する。広大な国土の東の方にある都から、西の国境までの道中だった。訳あって、視察という名目で国を横断している。例えるなら、三蔵法師&3妖怪の「西遊記」。



 目の前の美少女は、粗末な服に草鞋。手足には土が付いていた。きっと農民。


 少し離れた場所から、男達の声が聞こえてきた。「どこだ」「くそっ」「探せ」 何事?

 状況がどうであれ、私は基本、女の味方。



「乗って」



 馬車の中に美少女を突っ込み、自分は地面に降り立つ。

 御者は、ため息と共に諦めの言葉。



「はぁ。やっかいごとに」



 聞こえたし。


 しばらくすると大勢の男達が来た。



「おい、女を見なかったか?」

「綺麗な若い女」


「え、そんな。ありがとうございます」



 褒められたからお礼を言ったのに。



「うっせー。オメェじゃねーよ」

「もっと綺麗な女」


「はあ?!」



 私が目を剥くと、「おい、探すぞ」とスルーされた。

 行った。


 男達がいなくなるのを確認してから馬車の中に戻ると、惚れっぽい男が、さっそく目をハートにして美少女に同情してる。



「そうか。大変だったんだね。もう少し、ここにいなよ」



 馬車の中は4人。


 文官の李氏りし様。20代後半。美しい白い肌、絹糸のような髪、老若男女を惑わす慈悲深そうな瞳を持つ美青年。


 美少女の隣に陣取って、親身に話を聞いてるのは、武官の燈実とうみ様。20歳。育ちの良さが全身に現れた好青年。


 美少女。推定14、5歳。

 私。



香香シャンシャン、彼女は雨乞いの生贄に選ばれて、逃げてきたようだ」



 李氏様は、背筋を伸ばしたまま扇を顎に添えた。

 香香という名は、雇い主である李氏様につけてもらった。李氏様に出会うまで、私には名前がなかった。歳は16くらいだと思う。



「生贄? まだそんなことやってるとこあるんですね」



 びっくり。



「死にたくありません。アタシ。アタシ」



 美少女は泣きじゃくる。

 隣では、「オレの胸で泣きな」的に燈実様がさりげなくアピールしてる。



「ふむ。この辺りは雨が降っておらんのか? どれくらいだ?」



 李氏様が尋ねると、美少女は渡した布で涙を拭いながら話し出す。



「もう、ずっと。1つきくらい降ってなくて。だから6年前みたいに祈りを捧げるって村の人が。い、いけ、生贄を選んで」



 ミス村人んなっちゃったわけだ。神様に捧げる生贄は、村で1番美しい若い娘。でもって生娘。ちょーっと考えれば分かるじゃん。神様が若くてキレーな処女がイイなんて、俗っぽいわけねーじゃん。生贄制度考えた人、めっちゃ下衆い。


 だいたい、生贄で雨が降るんじゃない。生贄捧げるほど長い間雨が降らなくて、生贄捧げてから雨が降るまで祈り続ける。そんだけ期間あったら、さすがに雨降るっしょ。



「しかし、そなたは生贄の資格がないではないか」



 李氏様の言葉に馬車の中の空気が凍りついた。

 その言葉にショックを受けた燈実様は、縋って欲しそーに空けていた胸を、窄めた。



「え、え。あ、私より、キレーな子は、えっと」



 美少女はしどろもどろ。「大して可愛くないよーっだ」って言われたと勘違いしてる。


 訊いてみた。



「好きな人がいるの?」

「え?」

「とっても悲しんでるから、いるのかなって思って」

「……います」



 誰だよ、ロリコンヤローは。



「素敵な人?」

「はい」

「優しい?」

「はぃ」

「どんな人?」

「年上で。いずれは村長になる人で」



 まさか、中年オヤジ?



「若いの?」

「20歳」


「え、オレとタメじゃん」



 突然会話に入る燈実様。



「でもでも、その人は親の決めた相手と結婚するんです」



 あ”ー。これ、生贄にかこつけて、邪魔だから消される感じ?



「若い女の子が1人で逃げてもね、死ぬより辛い思いするかもだし」


「これ、香香。子供を脅すでない」



 と李氏様。どう見ても、1、2歳しか違わない私も子供だけどね。


 私は指を4本立てた。



「選択肢は4つ。

 1つ目、1人で逃げて死ぬより辛い思いに耐える。

 2つ目、男を知ってるって宣言する。

 3つ目、男と逃げる。

 4つ目、生贄になって、死ぬ前に雨が降ってきて助かることを祈る」


「そんな。男の人知ってるなんて言ったら、アタシ、村で生きてけないよ。その後、どんな扱い受けるか。そんなん、家族だって困る」


「どーしたいの?」


「好きな人に、会いたい」



 けっ。思わず顔が歪んじゃったよ。

 そんな私をたしなめるように、李氏様が扇の向こうで咳払いを1つ。



「んっ、ごほっ。まあまあ。とりあえず、その男に気持ちを聞いてみてはどうかな?」



 李氏様の言葉に、燈実様は眉根を寄せる。



「いやぁ、聞かない方が幸せってことも……」



 流石。同じ20歳の男として、気持ちが分かるってわけね。








「連れてきました」



 御者が1人の男を引っ張ってきた。場所は村から離れた小高い丘の池のほとり。



「話があるって何なんだ。変なことをしたらただでは済まないぞ。オレは村長の家の……」



 男は目の前に美少女が現れると、固まった。



「会いたかったの」



 半泣きで男の胸に飛び込む美少女。



「どうしたんだ」

「アタシ、死にたくない」

「オレだって、お前がいなくなるなんて」

「逃げよ。一緒に。アタシ、二人だったらへーき」



 男は両腕を広げたまま。美少女を包もうとはしない。



「オレと一緒に村に帰ろ。な。で、みんなに、逃げてすみませんって。オレも一緒に謝ってやるから」



 クズ決定。



 ばっ



 美少女の腕を引っ張って、男の胸から引き剥がした。反動で私の胸にぽんっと飛び込んできた美少女を抱く。



「殺させないよ」

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