第3話

 ピヨ。ピヨピヨ。

 緑色の光が都市を照らし始める。青信号だ。


 いつもの遊歩道は、夜の月明かりで汚れが目立っている。遠くにぼんやり見えていた電光掲示板が、今日はやけにはっきり見える。

 いつになく冴えている。寒さで震えた手を、コートにしまって横断歩道を渡る。もう十二月。冬も極めて冷やしてくるだろう。こちらも懐炉で応戦しなければならない。ただ、今日は持ってきていなかった。

 コートの左ポケットにある捨て忘れの懐炉を握り、気の迷いでぬくもりを感じる。

 今日も、大概に寒気がした。


 店主は、「ばん」と手を叩いた。

 寒さで鈍い音がした。違う、お前は誰だ?

「はっはっは。いいね、混乱してるね?」

 いつもの不気味な店主が、にこやかに笑みを浮かべる。

「久しぶり。いや、さっきぶりか。」

 店主の声が響く。今までが嘘のように手が暖かかった。

「お兄さん。この勇気は今なら半額だよ。お買い時。」

 妙に芝居がかった声は、嫌な魅力に包まれている。

「そうだね。じゃあ、勇気と無謀のセットで150円。どうだい?」

 見たことのない人物が、あられもない説明を始めた。

「あやや。あなたの恋人、もうそろそろ死んじゃうねぇ?」

「…えっ?」

「急いで! もう時間がない。買うの? 買わないの?」

 僕は何を迷っているのだろうか。こんなもの、断ればいいのに。

「…買う。」

「毎度ありー!」

 緑色が、横断歩道を演じる。深夜のスクランブル交差点は、昼と孤独を嘲笑ったかのようだ。ようやく、人の少ない交差点が、少し寂しく感じてくる。

「佳奈子!」

 クラクションがうるさく響く。運転手はようやく目が覚めたようだが、もう遅い。彼女はもう轢かれる一歩前だ。

 不思議と、勇気が湧いてくる。無謀にも、トラックに走り出していた。

 耳が痛くなる衝撃音。僕は150円を犠牲にして、命を散らした。

 勇気と無謀。悪くないセットだった。薄れゆく頭で、僕は何を思ったのか。

 ぷつん━━━。


 ここで、物語は途切れる。

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