第3話 鬼の頭領ホムラ

 二、鬼の頭領ホムラ



「おっきい屋敷だねえ」

 薫 響は響野家の敷地内に入るなり、突然そう言った。

 しかし外見は馨なのである。

 迎えに来た運転手やボディーガードが、怪訝そうに馨の姿をした響を見ている。

 ここでこれ以上彼が喋っては大変と、和穂がフォローしようとしたが、外見が入れ替わっている自覚のないふたりが、自然と会話を始めてしまった。



「お前は響野家がどういう家柄か知らないのか?」

「ボク大学院を出るか成人するまでは、学生寮住まいだもん。外界の情報には疎いんだ。ごめんなさい」

「いや。そのこと自体はお前のせいではないが」

 そうか。

 知らないのかと馨が囁く。

 鬼の本拠地に来ても、度胸の据わった妖精だと勘違いしていたが、そうか知らなかっただけか。

 となると突然ホムラに逢わせたりしたら、この小さな妖精は失神するかもしれない。

 それともホムラと逢っても、事態を理解せず、ホムラの怒りを買うかもしれない。

 しかし肉体は自分のものだから、攻撃を受けるのは、なんか理不尽だし、かと言ってこの妖精の本体に入っているのも自分なのだから、こちらに怒りをぶつけられるのも困る。

「あぁ。ややこしい!」

「あのね、馨ちゃんたち。ややこしいのは、周りで見てるみんなだと思うよ? お願いだからお館様に逢うまで黙ってて!」

 和穂に怒鳴られるのは珍しく、馨は周囲を見て状況を理解した。

 そのまま言われた通り黙り込む。

 しかし響の様子がおかしかった。


「鬼特有の妖気が痛い。気が重ならない」

「ひび」

 響と呼びかけた馨を遮って、和穂が口を開いた。

「馨ちゃん。どうかした?」

「痛い」

 なるべく短い言葉で伝えようと響が一言で表現する。

(そうか。妖精は気配に敏感だ。鬼の濃密な妖気を急激に浴びて、魂が悲鳴を上げているんだ。結界をかけて隔離すれば、いずれは慣れると思うけど、お館様の気の遮断なんていくらなんでも無理だよ)

 対処に困っている和穂に、覚悟を決めた馨が口を開いた。


「代われ、俺がやる」

「でも」

「ダメージを受けているのは俺なんだぞ。戻った頃にはズタボロとかごめんだ」

「わかった」

 馨は響に近づき額に七芒星を書くと術に重ねるようにキスをひとつ落とした。

「あ、あれ? あんなに痛かったのに楽になってる?」

「自分自身にかけるわけだから、楽なのは当たり前か」

「お兄さん本当に優しいねえ」

「頼むから今の姿を意識してから喋ってくれ。どんな羞恥プレイだ」

 周りから見れば自分が言っているのと変わらないのだ。

 その証拠に運転手やボディーガードたちの顔色が悪い。

 気味悪がられているのは間違いないだろう。

「気をつけるね」

「だったら家族だけになるまで黙っててくれ」

「わかった」

 誓ってくれた響に馨は、ホッと安堵するのだった。




 屋敷内に立ち入るとどういうわけか、ホムラが既にそこにいた。

「待ち切れずに来ちゃった。こんな珍事滅多にないから」

「鬼王?」

 滅多に耳にしないホムラの別名を出されて、ホムラがじっと姿は息子の妖精を眺めた。

「名前は? まだ蛹の妖精ちゃん?」

「薫 響」

「薫家の御令息だったりする?」

「う、うん。一応」

 鬼王相手に誤魔化すのは難しく、響の歯切れが悪い。

「凄い確率で物凄い獲物を引っ掛けてきたね、馨ちゃん」

「えっと父さん?」

「わからないかなあ。馨ちゃん次第で、世界の理が掟が変わるかも知れないんだよ?」

「なんの話ですか? お館様?」

「ようこそ鬼の本拠地へ。次代の妖精王?」

「「え?」」

 その場にいた使用人たちは驚愕を抑え込んだが、馨と和穂は声に出してしまった。

 この子供が次代の妖精王?

 なんの冗談だと馨は本気で疑ったのだった。


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響野 馨と薫 響の入れ替わりラブスクランブル! @22152224

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