いなくなった魔女たち

維七

 ざわざわ、風に揺れる木々。遠くで独特な声で鳴く鳥。


 なんという種類だったかな?手を止めて窓の外を見る。


 遠くで飛び立っていく鳥たち、バサバサと。結局わからずじまい。残念、とため息。


 手元に視線を戻す。左手で右の人差し指をさする。優しく、少しだけ力を入れて。


 指先からすっと伸びる白い糸。そっと伸ばして糸巻き用の棒に巻きつけていく。


 ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる。


 巻き終えて満足。カゴに入れておく。


 ふと、窓を見ると外からひょっこりと可愛いらしい少女が顔を半分だけ出して覗いている。


「あら?可愛らしい子が覗いているわ。誰かしら?」


 そう言うとくりくりの目をもっと見開いて


「ココです!」


と元気よく。


「ふふふ、ココ。どうかしたのかしら?」


「アデリアさま!おすすわけ?です!」


 小さなカゴいっぱいに入った野苺、窓から渡そうと一生懸命に持ち上げる。


「お裾わけね、まあ!こんなにもたくさん!嬉しいわ!」


 誇らしげにココ、はい!と嬉しそうに。


 あなたが取ったの?尋ねると、一人で!と誇らしげ。


「えらいわ!とっても。そうだ!少し待ってて」


 奥から作ったばかりの肩掛けのポンチョを持ってきてココに渡す。


「あなたに作ったの。気に入ってくれるかしら?」


 今日一番の目の輝き、ココは飛び跳ねる。


「ありがとう!みんなに見せてくる!」


 そう言って走り出す、とてとてと。


 転ばないでね、と見送ってから空を見上げる。


 青。透き通った青。流れる雲も風情がある。


 気づけば歌い出していた。誰かが誰かを想って綴った歌。切なく寂しいそんな歌。


 気分よく歌い上げて自分に小さく拍手を送る。振り返るとそこに男が立っていた。


「あら?坊やも何か持ってきてくれたのかしら?」


 尋ねるとため息、坊やって歳じゃねえんだけどな、と頭を掻く。


「『鉄獅子』の奴らが隣村に来た。数日でこの村にも来るだろうよ。出歩かないようにしてくれ、それと戸締りを忘れないように…」


 男は眉間に皺を寄せて、何がおかしい?と怪訝。


「心配してきてくれたのね?嬉しいわ」


 そんなんじゃあねぇが、と唇を尖らせ。


「ふふふ、あの坊やがねぇ。不思議な感じだわ」


「坊やって呼ぶのやめてくれねぇかい?もう俺もいい歳なんだ。息子もこの前15になった」


「そうねぇ…すっかり可愛くなくなっちゃって。ちょっと前までこんなに小さかったのに」


 親指と人差し指に隙間を作って見せる。


 俺は木の実か何かか?と呆れ顔。


「とにかく、最近の鉄獅子は特に厳しい。奴らほんの少しでも税金を多く取ろうと血眼だ。前回もネチネチとうるさかったんだ」


「大丈夫。いつも通りにしているわ」


 ならいいが、と呟く。


「心配しなくても大丈夫よ。こう見えてあの時代を生き残ったんですから」


「わかった。でも準備は今日中にしておいてくれ」


◇ ◇ ◇


 二日経って、村に2頭付きの豪華絢爛な馬車がやってきた。馬車が村に入ると村人たちは子供も老人も含めすぐに家から飛び出して広場に並ぶ。


 誰も口を開く者はいない。子どもですら口を開けば引っ叩かれて黙らされる。


「我らは鉄獅子!陛下の代行者である!」


 現れた3人の男たち。身を包む漆黒のコートに施された真っ赤な紋章の刺繍は鉄獅子の誇り。首からは金ピカの首飾り。腰にはこれまた豪華な装飾の剣。


「只今より陛下にお納めすべき税の徴収をする!」


 ここで村長が前に出る。それに続いて若い男が箱を抱えて出ていく。


「その前に遥々起こし下さいました陛下の代行者である鉄獅子の皆様に贈り物をお持ちいたしました。どうかお納めくださいませ」


 村長は仰々しく頭を下げる。取り仕切る3人の中の長と思われる男は、よい心掛けだと、鼻を鳴らして。後ろに控える男がそれを受け取る。


 税の徴収が始まる。台帳をもとに家長が呼ばれる。一家を伴って前に出て台帳と家族構成に違いがないかを確認される。違いがなければ速やかに下がり、違いがあればここで申し出る。これを繰り返しこの村の今回の税が算出される。最後に村長がまとめて税金を払う。その額は鉄獅子の思うがままに。


「おい!お前のところにはもう一人子どもがいるはずだろ!」


 響く怒号とともに恐怖が走る。


「や、病で死んでしまいました。届出も出しております!」


「ほう?我らが間違っていると?」


「と、と、とんでもございません!」


 ふん、といやらしく嗤う男。


「罰則だ。それと全ての家の中を改める」


 そんな、とどよめきと悲鳴が漏れる。村人たちは身の潔白を口々に唱えてしまった。


「抜剣許可!」


 後ろに控えた二人の男が足並み揃えて剣を抜く。一気に場は静まり返る。


「何もやましいことがなければ改められても問題がないはずだ。違うか?」


 誰も何も答えられない。


「前々から怪しいと思っていたのだ。この村はやけに潤っている。脱税をしているのではと。お前たち、一件残らず中を調べ尽くせ。私はこいつらを見張っている」


 二人の男は速やかに家屋の方に駆けていく。村人は祈りながらその場に立ち尽くすしか無かった。


 切先を突きつけられるような張り詰めた空気。心臓を握られるような圧迫感。


 長いようで短い間、帰って来た二人の男は


「不審な物、人は見つかりませんでした」


と報告した。湧き出す喜び、瞬時にそれを噛み殺す。まだだ。この長と思われる男が納得しなければ難癖つけられる。


「そうか。私も見て来よう」


 男は二人と交代して村を見に行く。舐めるように村中を練り歩く。


 しばらくして戻って来た男を見て村人は声にならない悲鳴をあげた。


「この女が近くの小屋にいたのだがこの村のものではないのか?」


 先ほどまでとは打って変わって優しげな口調で問いかける。アデリアさま、と思わず溢した子どもの声が聞こえていなかったかのように。


「そうよぉ。私はこの子たちのことは知らないわぁ」


 両腕を縛られながらも気の抜けた返事をするアデリア。


 村人たちはアデリアが自分たちを「この子」と呼んだことに肺に痛みが走って胸を押さえる。


「し、知りません。その方はこの村の者ではありません」


 震えた声で答えたのは村長。断腸の思いとはまさにこの事だ。


「そうか、わかった」


 すんなりと引き下がった男に村人たちは驚く。


「しかし、お前たちは無実を証明しなければならない。そしてこの者は罰を受けねばならない」


 固唾を飲む村人。アデリアを連れて村人たちの中に入っていく男。


「この者に石を投げつけよ」


 アデリアをその場に投げ捨てそう言った。


「な、なんと…」


 呟いたのは誰か、自然とアデリアをとりか囲むように円が出来ていた。


「どうした?早くしないか。なんなら手本を見せてやろう」


 円の中央で座り込むアデリアに向かってヒュンと風切音がする。ゴンと鈍い音がしてアデリアは倒れる。赤く滴る。


「さあ次はお前の番だ」


 近くの一人に拾った石を手渡す。


「あの女を狙うんだ。力一杯な」


 震え、青ざめる村人に男は何か耳打ちをする。


「うおおおおおお!」


 その村人は雄叫びをあげて石を投げる。外れてどこかに飛んでいく。


「いいぞ!続けろ!私が良いと言うまでだ!」


 一つ、また一つと石が飛ぶ。いつしかそれは雨霰となる。嗚咽と悲鳴を混ぜて。


 アデリアは自分の服を作る時、白い糸しか使わなかった。村人には、あなたにはこの色が似合うと思って、なんて言って色んな色の糸を使っていたのに。


 今日も違わず、来ているのは白いワンピース。


 石が当たるたびに赤く染まる。土で汚れる。


 長く長く果てしなく長く、永遠にも感じられる間。アデリアに向かって石の礫が降り注ぐ。


 そこまで!と止められる頃には全員が錯乱していた。


 動かなくなったアデリアを見てもそこに現実は無かった。


 男がアデリアの髪を掴んで頭を持ち上げる。


「なんだ、まだ生きていたのか」


 なら自分で歩け、と腕を掴まれ立ち上がらされる。


 足を引き摺り、転びそうになりながら腕を引かれていく。


 その姿を村人たちはただただ見送った。


 それに気づいたのは10人、いや5人にも満たなかっただろう。


 連れられていくアデリアの口が確かにこう動いたことに。


 ごめんね。



『鉄獅子』


 誉ある陛下の権限の代行機関の一つ。


 しかし実情は誉とはかけ離れていた。


 弱者を虐げ私腹を肥やす、権力の犬だ。


 中でもこの一団の長官、ダレスはイカれてる。権力に胡座をかいてやりたい放題。反吐が出るほどのクズだ。


 そんな奴でも上官だ。逆らうことはできない。


 それもそのはず、他ならぬ俺自身も権力の犬だからだ。


(それにしても…)


 今回はやりすぎだ。隠れていた女を引き摺り出して村人に石を投げつけさせるとは。悪趣味なんてものじゃない邪悪そのものだ。


 馬車に乗せられた女に大きな布をかけてやる。虚な目をしたこの女に対してのせめてもの罪滅ぼし、罪悪感の払拭。


「なぜそんなものをかけているんだ」


 強い口調でダレスに問われる。お目汚しかと思いまして、というと納得したようだ。


 せめて何事もなく帰らせてくれ、と願うがすぐに何事はやってくる。


「貴様!何をやっている!」


 ダレスの怒号に女の方を見る。


「何を持っている!」


 女の手には赤い糸が巻かれていた。


「糸はね。とっても可愛いの。それなのにとっても強いの。こうやって輪っかを作ってね」


 女は糸で輪を作る。そこに指を入れ、糸の端を引いて輪を小さくしていく。血が止まり、指先がどんどん変色していく。


「立場がわかっていないようだな」


 ダレスはした舐めずりをした。


「馬車を止めろ!休息だ!お前たちは馬車から出ていけ!」


「長官はどうされるのですか?」


 分かりきったことを聞く俺。


「立場をわからせてやる」


 馬車が止まる。追い出される俺ともう一人の男、フィッツそれと御者の男。言われた通りに少し離れた場所で休息をとる。


 誰も口を開かない。中で行われることは全員が知っているはずだが。こいつらがそれをどう思っているのかは知らない。


 汚れた。落ちぶれた。


 同族同種同罪。


 俺自身もあの男と同じなのだ。


 逆らえない、止められない。もしかすると罪悪感を抱えている分俺の方が汚いのかもしれない。


 もはや引き返すには遅すぎる。


 不意に甘酸っぱい匂いが鼻の奥をくすぐった。


 なんの匂いだ?と辺りを見渡すと野苺が自生していた。これか、と合点。


 静けさが不気味さを際立てる日暮れ前の森の中。


(静か?静かだ…)


 馬車の中から声も物音もしていない。耳を澄ませて見るが聞こえるのは森のざわめきだけ。


「なあ、静かすぎないか?」


 顎で馬車を指しながら意見を求めてみた。確かに、と不思議そうな返事がフィッツから返ってきた。


 それだけの会話でまた沈黙。刻々と夜闇は深まっていく。


「静かすぎるな、やはり」


 口を開いたのはフィッツ。


「覗いてみるか?」


と冗談混じりに俺が提案。


「そうしよう」


と言って馬車に近づいていく。追いかける俺、後ろに御者。


 フィッツはそっと覗く。


「うわあ!」


と驚いて悲鳴を上げ、尻餅をつく。


「どうしたんだ!」


と驚き俺も中を覗く。


 馬車の中にはダレスが立っていた。


 違和感は体が揺れていたこと。ほんの少し足が床から浮いていた。


 血管、毛穴それと瞳孔も開いていたんだと思う。血の気が引いていくと同時に薄暗い馬車内の光景が見えてくる。


 ダレスは天井から吊るされていた。上半身は裸。目と口と鼻は赤い糸で開かないように縫い付けられている。


 ひいいぃ!と情けない悲鳴をあげたのは御者。失禁しているのは明らかだった。


 俺は馬車に飛び乗った。そしてダレスの胸元を間近でみた。


 そこには鉄獅子の紋章が逆さまに刺繍されていた。コートから切り取って貼り付けたのかと思えるほど精巧なその刺繍は間違いなく直接身体に縫い付けられていた。


 違いは糸の色。コートの刺繍は赤い糸。この刺繍は白い糸が血で赤く染まっていた。


「奴はどこにいる」


 探すまでもないいくら荷物が乗っていようが人が一人隠れられる場所はない。


「いない」


 馬車を降りながら俺は答えた。気づかれずに馬車から逃げる。そんなことが出来るのか。いくら離れていたとはいえ馬車から降りる人を3人ともが見逃すとも思えない。


 それを問おうとフィッツの顔を見た時、俺はゾッとした。


「探すぞ!まだ近くにいるはずだ!」


 怒りか恐怖か、血走った目でそう言ったフィッツを俺は


「やめろ!」


と制した。


「なぜだ!」


 フィッツは俺に掴みかかる。


「よく見ろ!あいつがまともな相手に見えるか!」


 俺はフィッツの頭を掴んでダレスの死に様を見せた。


「いいか?俺たちは手を出しちゃならないものに手を出した。それで幸運にも生き残った」


 フィッツは震えていた。少し間があって、わかった、と言った。


「報告はこうだ。俺たちは正体不明の獣に襲われ、上官のダレスが死んだ。そんな状況の中で役目を果たして帰還した。これで話を合わせるぞ」


 フィッツはよろよろと馬車を離れ、木の幹にもたれかかって座る。


「少し休んだらダレスを埋葬して出発しよう」


 フィッツと御者に声をかける。


 この時の俺は話題にしてはならないと直感していた。


 フィッツと御者、もちろん俺自身にも、


 赤い糸の輪


いつの間にかそれが首に掛けられていた。

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