第2章 異世界拉致
7月7日正午 場所長崎県長崎市ユグドラシル本部 広いバルコニーの真ん中の椅子
透は強い風に身体を叩かれ瞼を開いた。
あれ?寝て?いや、確か真美を待ってて...。
え?島...飛んでね?
混濁する意識を遮るのに眼前に広がる風景は十分すぎた。
視界の奥にはとんでもなく巨大な木が見える。こう、東京タワーとかエッフェル塔とかそういう比較対象じゃない。なんせ雲を突き抜けその先が見えないのだから。
さらに空を浮く大きな島。
それも一つじゃない。
1,2,3,4...いくつあるんだ?
言葉にならない中生まれた興奮は緊張や焦りではなく...いやそれもすべて含んだ感情、そう!わくわくするだ。
見えているものが何かの映画やゲームの画面じゃないとわかった時、自覚なくと「すげえ」と声を漏らしていた。
数えている間にあたりが暗くなる。
夜が来たんじゃない。
首を上げると空を岩の塊が覆いつくしていた。
木の麓に見える街では巨大な丸い影が移動してる。つまり頭上にある島は浮いているだけでなく動いている島なのだ。
冒険の序章。
ゲームでしか味わえなかったあの昂ぶりを今、全身で感じている。
早く前に見える手摺に飛びつきこのあり得ない状況の全てを見てみたい。
だが、未知への止まらない動悸はいとも簡単に大人しくなった。
「はい?」
腕が動かない。ついでに足も。
なんで?
視線を落とす。
分かりやすく言うと、現在俺は椅子に縛られている状態だった。
両腕、両足は錠付きの拘束が。ご丁寧に胴にも鎖が巻かれている。
「え、あの、ちょ!!!まじ?」
ガタガタと椅子を動かそうとするが全然動かない。椅子の脚は完全に床に接着されている。
首の可動域いっぱいを確認すると、ここは広いバルコニーだった。手摺がうっすらカーブを描くようになっている。仮にここが半円状だとしたら。感覚的には学年全員呼んで体育祭の打ち上げしても困らない広さはしている。
だが何か特別おいてあるものはない。あるというか居るのは俺だけ。
まじでダメそう。
周りに何かない。
そもそもここはどこだ?
地理の勉強に自信があったはずだが、浮いている島の名称なんてラピ〇タくらいしか知らないぞ。多分うちの世界にも証明されてないだけであるだろう。
俺は確か、真美がお弁当を取りに行ってくれているのを待っていたはず。
いや正確に言うなら彼女に告白する練習をしていた筈では?
先ほどの興奮によって切られていた冷静さが取り戻されると同時に透は焦りを感じ始めていた。
外国...島が浮いてる国なんて聞いたことがない。
夢でもないだろうな、だって風は感じるし腹を締め付けている鎖もちょっと痛い。
意味が分からない。でもそれ以上に空飛ぶ島とこの状況の方が意味わからないか。
整理しよう。
知らない場所。しかも島が空を浮いているとかいう意味の分からない状況。それに加えて椅子に縛られて放置されている。
周りのことはよくわからないが、「気が付いたら見知らぬ場所で縛られている状態。」
あーこれもしかしなくても拉致?
あーこれもしかしなくてもやばいやつ?
「ちょっと!誰かいませんかーすいませーん!誰か―これほどいてくださーい!とーゆかここはどこですかー?」
無意味なことはわかっているが、しかし今出来ることは叫んで助けを呼ぶことぐらいしかない。
無論返答など期待してなかったが以外にも後ろから声が聞こえてきた。
「起きたんだね。透君。ここは九州、長崎県。場所は長崎市。出島のあたりと言えばわかるかな?」
コツコツという靴の音を響かせながら、声の主は俺の前に立つと胸に手を当て自己紹介を始めた。
「初めまして。僕はロキ。ここ九州地方を縄張りとするグルーヴ「ユグドラシル」の総幹部を務めてる。」
ここが長崎?日本なのかよ!そうじゃなくてグルーヴ?ユグドラシルってなに?
思考がまとまらない状態だが、目の前に現れた青年はカウボーイハットのような黒いシルクハットを左手で取り胸に充て、右手を広げと声を高々に告げた。
「ようこそ、透君。我々グルーヴ「ユグドラシル」は君を歓迎するよ!」
空中を通過しきった島のあと差し込んだ光は彼の姿をこれでもかというほど強調していた。
「....。」
「....。」
俺は相変わらず椅子に括り付けられたまま、ロキと名乗ったブロンズの髪のやたら顔がいい青年は姿勢を変えないまま。
風が吹き、そして止む程度時間が経ちようやく彼が再び口を開いた。
「なんかないのかい?」
ロキと名乗った青年が不満げに首を傾げた。
「「なんかない」じゃなねえよ!何が歓迎だ!じゃあこれを外せよ!これを!このアホがあ!」
余りにもすっとぼけた態度に塞き止めていた感情が爆発した
あっさりと解放された後、俺はバルコニーの手摺に寄りかかり、ロキの話を聞きながら下の街を眼下に収めていた。距離的には修学旅行で行った東京タワーから見た地上位。位置的には島の端のようで左側には何もない空が広がっている。
そして少し離れた右側でロキはその手摺の上に座っていた。
「なるほど、ここは俺のいた世界ではなくて、別の世界だと。しかもこっちの方が原初の世界とかいう俺の居た世界の元になった世界だと。」
一文でここまで「世界」って単語を今後使うことはないだろうな。
ロキが出してくれた香りがめちゃくちゃいい紅茶。
しかし彼の長話の所為で手元にあるカップはとっくに底が見えている。
「そんなところかな。」
「はあ。」
俺は小さくため息を吐く。
カップをバルコニーの手摺誤子の上に置き、何故か得意げな顔になっているロキに指を向ける。
そして深呼吸。
すーーー
そして吐き出した
「全くわからんわ!!!説明下手クソか、もうちょい順序だてて話せよ!今出てきた単語ほとんど頭に入らなかったわ!」
「う...ご、ごめんよ。改めて言われるとどこから説明したものか...。」
気が付けば会話の主導権はこちらにあった。
ああ、気持ちがわからないでもない。根本的なこと、例えば「なんで1+1なの?」とか聞かれても説明するのって難しいしできないもんな。
「じゃあ聞くから答えてもらっていい?」
「わかった、その方が僕も助かるよ。」
ふうと呼吸を整えてる間に、ロキは再びカップにお茶を注いてくれていた。
「ありがと。それでまず「コード」ってのは超能力みたいなものってこと?」
「ひとまずその理解で間違いないよ。」
「それでさっき言ってたルールってのは?」
「ルールというか厳密には仕組み...仕様みたいなものだよ。」
コホンとロキが咳する。
「ルールというか仕組みが三つ
その一、コードは必ず意思のあるものに宿る。
その二、コードは持ち主が居なくなると、そのコードは必ず別の意思のある相応しい者に宿る。
その三、同じコードは存在できない
あと四ってわけじゃないけど、僕みたいな特例以外は一人でコードは二つは使えないんだ。身体が適応できないからね。」
よくわからん。
分かったのは同じ超能力はないってことだけ。
「言われてもよくわからないし、ロキもそのコードってやつ使えんの?」
「もちろん。」
「じゃあなんかやってみてくれよ。」
「え、ああそうだなならえーと。」
ロキが辺りをキョロキョロ見渡す。
ああこれあれか、帰国子女とかになんか英語喋ってよってやつと同じ部類の無茶ブリなのか。
だが、何かを見つけた?ようでロキは微笑む。
「まあ、そのうちわかるよ。」
答えになってない。
まあいいや、話が進まない。
「それでそのコードってどんなものなの?こうなんか物だったり、装備みたいなものなの?」
「違うよ。目に見えるものでも触れるものでもない。あくまで意志あるものに宿るものさ。」
「え?じゃあどうやって自分が超能力があることに気が付くのさ。何か天啓が降りてきたりするもんなの?」
「ふふ、天啓って、あははははははケホッケホッ...。」
なんかツボに入ったらしい。せき込みだすほど受けていた。こいつは本当によくわからないな。
「自分がコードを持っていることに気づかない人もいるよ。大多数の人はコードが宿ると副次的な効果で超能力を使うための耐性ついたり身体能力が強化されたり体が変化するのさ。例えば体が発火するコードが手に入ったら、体が熱に耐えられるようになったり。」
「なるほどな。ついでに言えばもし発火能力があるのに「体が水になる」能力とかとは両立できなさそうだしな。」
「理解が早くて助かるよ。厳密には違うけど大体その理解で間違いないよ。」
細かいことは後でいい。
それで次は。
「さっき言ってたグルーヴていうのは...マフィアとかなんかそんな感じ?」
「政府の意向を無視して独自に治安を維持しているという点はね。4年ほど前はただの犯罪組織だったけど、真城財閥前当主真城吉儀発案の元、今は政府が北海道、そして3大グルーヴとエイワズという治安維持組織が本州及び四国九州地方の実権を握っているよ。だから透君の認識で言えば、僕らは政府公認のマフィアってことになるね。」
「最低じゃん。」
つまりさっきの長話から聞き取れたことも含めて情報を精査すると、この世界は俺らの所で言う裏社会の組織(ここではグルーヴというらしい)が表立って国を牛耳っているということか。
異世界らしいと言えばらしいかもしれないが、ここまで馴染みのある地名しか出てきてないのに、現状がかなり終わってないか?
「率直だね。でも僕らも犯罪を進んでしているわけではないよ。むしろ人々の活気だけで言えば、政府が全国を統治していた頃よりもあるんだよ。」
それは本人観の話だけでは?
「どうわかったかな?」
ロキは今度こそ上手くいったみたいな雰囲気を出している。いや結構全然わかんねえけどな。
「まあ。」
いいや、話が進まない。
「...よしっ!」
ロキは小さい声でガッツポーズをする。
「....本題だけど、なんで俺をわざわざ異世界から拉致って来たの?」
「君と話すのが楽しくてすっかり忘れてたよ。」
ロキは両手を広げ来るっと回って見せる。
「透君、僕らの仲間にならないかい?」
「は?」
「僕たち、グルーヴ「ユグドラシル」は政府、政府関連組織、そして僕ら以外の全てのグルーヴを含めた「日本」に「宣戦布告」をした。一か月後の8月7日に僕たちは全面攻勢を仕掛ける。」
今日、ロキから出た単語のほとんどは意味が分からなかった。
そして今彼が言い放った言葉はそれらのどれよりも、意味も目的も分かりやすく明確だった。
だがそれゆえに最も理解しがたいものだった。
さっき進んで犯罪はしないとか言ってたアレは何だったんだよ。
まあ「戦争」はそういう次元じゃないか。
「もう一つ、君は「存在する全てと存在しない全てに願われた自由」を持つ最強の絶対者なんだ。」
ますます意味がわからない。
あの俺普通の高校生ですけど。
困惑するに俺に構わずロキは右手をこちらに差し出す。
「透君、ぼくと一緒に世界征服をしないかい?」
ロキは続ける。
「世界の半分とは言わないよ、全部上げるからどうだい?」
「そんなことできるわけないだろ。」
反射的に断ってしまう。
いや当然だろう。倫理的にも普通はこれで正しい。
まるでゲームの魔王みたいなとんでもない提案だ。別に俺は勇者ってわけでもないけど。
戦争?
教科書でしか、遠い知らない土地でしか聞いたことのない殺し合い。
俺が居たはずの今の日本ではありえないような単語。
だけど
彼の提案を聞いて、それだけではないけど
断ったにもかかわらず俺は
苦笑いにもならない、だが嫌悪でもない
そんな表情の最後に
俺は...
「なら、ならさ!ぼくと友達になっておくれよ。」
テンパった様でロキは俺の両手を今度は自らの両手で握ってくる。
「ま、まあそれならいいけど。」
又も反射的に返事をしてしまう。
「本当かい!嬉しいよ。」
「そこまで喜ばれるとなんか照れるな。ならとりあえず俺のことは呼び捨てで呼んでくれ。透君はその...あの...兎に角調子が狂うんだよ。」
なんやかんやの友達だ一号がまさか異世界でできることになるとは。
元居た世界でも普通に人付き合い自体はしていたけど、なぜかみんなあと一歩踏み込めるような仲にはならなかった。
「わかったよ。よろしくね透。僕のことも気軽にロキって呼んでおくれよ。」
「じゃあさ、あの悪いんだけどとりあえず元の世界に戻してくれない?」
「ごめんね。それはできないんだ。」
「なんで?」
ロキは少し残念そうな顔をしつつも、答え直す。
「わかったよ、友達の頼みだもんね。でも、実は今この世界は崩壊の危機にあるんだ。それを透君が解決してくれたら元の世界に戻すと約束するよ。」
世界に対して戦争するとかなんとか言ってるやつが何を言っている?
「そんなん俺でどうにかなるわけ...」
「いや、これに関しては君にしかできない事なんだ。僕には対応が難しい。」
「それって何?なあもったいぶらずに教えてくれよ。」
どちらにせよ、解決しないと帰してくれないなら概要くらい聞くべきだろう。
だが、ロキは首を横に振った。
「残念時間切れだ。」
後方の壁を突き破り一台の白いセダンが、ロキが立っていた方向とは逆の方にブレーキをかけながら止まった。
「はーい!動くものから動かないものまで24時間365日日本全国一律10k1000k「運び屋take」でーす!」
場違いに明るい女性の声が空気を一蹴したした。
「やあ幽野搬。それに運び屋の方々。確か千貨千秋としゅーちゃんだっけかな?」
「覚えてもらえて光栄ッスね、じゃあな顔だけ野郎。」
4人乗りの社交の低い車の天窓から小さいリグ...そう軍隊のあれをしている女の子が出てきて、ロキの言葉を返す。
あとおかしい点として肩にバズーカ構えてる。
「「あばよ金払いのいいイケメン」」
その後ろから台詞の書かれた看板を持っているツインテールの女の子を出てきた。
「ファイアー!」
運転席の女性がそう合図するとバズーカから弾が発射される。
「やってることやばすぎだろ!!!」
弾はロキの居たあたりに着弾。
俺の身体は直前にロキが突き飛ばして、車側に飛ばしてくれたため無事だった。
「ロキ!」
友達第一号が突然爆発した。
「君たちのことは良きビジネスパートナーだと思っていたのにいきなり酷いことをするんだね。」
だが土煙の中から傷一つついてないロキが姿を現す。
彼の周りには砲弾の焦げ跡がつき、さっきまで俺がかけていた手摺は無残に破壊されている。
「姉さん全然ダメっす、まるで効いて無いっす。なんで服すらノーダメージなのか全くわからないっす!」
俺が思ったことを発砲した少女がすべて言ってくれる。
「全く、もう全世界に喧嘩吹っ掛けたのを忘れたの。先に素敵な宣戦布告をしたのはあなたたちでしょ。」
「それはそうだ。じゃあ君たちも正式に「敵」ということだ。」
ウキウキな顔でロキが答えるが、俺にもわかる程度に敵意が出ている。
「そうみたいね。あと上に気を付けた方がいいわよ。」
だが、運転席の女性はロキにひるむことなく忠告した。
瞬間、ロキの居たところに巨大なカギカッコの片側の形をした黒い物体がとんでもない勢いで、降ってくる。
「うおお!」
先ほどの爆発より強いバルコニーを揺るがす衝撃に、俺は声を上げながら姿勢を崩す。
「これは避けるのね。そういえばあなた達にも痛覚ってあるのかしら?」
降って来た物体の上で女性が立っていた。
年齢は自分より上、大体20前半のような印象を受ける。
なびく長い黒髪、短めの簡単なデザインが入ったパーカーを肩を出すように着ており、その下に絵の具で汚れたTシャツにエプロン?のようなものを腰から下にしている。
「
その彼女の攻撃対象だった筈のロキは依然飄々としていた。
「はじめま..」
彼の言葉最後まで言い切ることはなくは、別方向から飛んできた黒い同じ形の物体により建物内の方へと弾き飛ばされた。
「挨拶もないなんて失礼な奴ね。」
そして傲慢そうな彼女は姿勢を変えることなく彼の無礼をぼやいた。
「全く挨拶くらいしたらどうでしょうか。」
吹き飛ばされた先、運び屋たちが突き破った壁より奥に背に叩きつけられたが、相変わらず彼に目立った外傷はない。座ったまま帽子をかぶり直したロキは暗い天井を遠い眼差しで見つめていた。
「どうであれ、始まりましたよ父上。我々の戦争が。」
「うお..おおお!?」
一方で透は衝撃により傾きだしたバルコニーでバランスを崩しかけ手摺に捕まっていた。
「あんた何ぼさっとしてるのよ、早く来なさい。」
最初の自己紹介?のときと同じ声の女性に腕を掴まれ車の方へ引っ張られる。
「誰だよあんた!?」
「いいから来なさいよ!ここに居たいなら止めないけど。」
「行きます!すぐ行きます!」
彼女に連れられ車の助手席に押し込められる。
「それとアンタは今日から私たちの社員だから、そこんとこよろしく。ちなみに私は幽野搬、後ろでバズーカ持ってんのが千明、看板持ってるのがしゅー。」
「宜しくっス新入り。」
千明と呼ばれた子が挨拶をし、しゅーの看板には「「先輩と呼びな!」」と書いてある。
「はい?」
「いい返事ね。」
肯定の意味で言ったわけじゃねえよ。
何言ってんだこいつら。
だが否定意見を言う前に車が動き出す。
「さあ行くわよ!。」
俺たちの乗る車はがアクセル全開で崩壊の始まったバルコニーから飛び出した。
「へ?」
そう飛び出したのだ。
しかもよりにもよって地上がない方向。
つまり空。
そして当然僕らの乗る車は制御不能の空中へと自由落下を始めることとなった。
崩れ行くバルコニーの上。
戻って来たロキは自らを攻撃した物体の上にいる女性を見ていた。
「運び屋が来ることは予想できたけど、君が彼を助けに来るとは思いもしなかったよ。僕に対抗するための戦力としてcolorsかエイワズ、ギリギリ執行部程度は予想していたけど、よりにもよって君とはね。同じ特権同士のよしみというやつなのかな。やっぱり孤高の君にもある程度の仲間意識はあったのかい?」
呆れ顔で
「わたし、無駄なおしゃべりは嫌いなの。でも勘違いされるのはもっと嫌だから教えてあげる。わたしはただ借りを返してるだけ。これが終わったらあいつが煮られようが焼かれようが何をされようががわたしには関係ないの。で、どうするの?闘るの?」
彼女の左手には一本の、それも巨大な筆が握られていた。
臨戦態勢の彼女に対してロキは暢気なものだった。
「そうだなあ。」
顎に指をあてて透達が落ちた方向を見ながら考える。
「正直、彼が逃げても別にいいんだよね。無論残ってくれた方が嬉しくはあったけど...これはこれで悪くない。そもそも僕の目的の第一段階は彼をこちらの世界に連れてきた時点で完了しているんだから。」
「は?」
彼の矛盾に等しい発言に僧繇は戸惑う。
先刻にあった宣戦布告は彼女の都合のいいことしか入らない耳にも流石に届いている。
彼らが本当に戦争を起こし、この国のこの世界の全てを手に入れたいというならエトの存在は必須又は攻略が必須。
そしてその肝心のエトが力を使えない様子となれば、味方にできないなら殺すはず。これから世界征服をしようとしている奴らがみすみす逃がすわけない。
なにせエトを敵に回せば彼らに勝ち目などあるはずがないのだから。
仮に本当に今、力がない状態だとしてもアイツのことだ。保険があるに決まっている。
そのことを戦争を吹っ掛けた連中が想定しないわけがない。
つまりこいつら、もしくはこいつにはアレを「問題なし」として見做せる何かがある可能性がある。
もしそうだとしたらとんだ貧乏くじね。
僧繇は筆を握り直した。
「まあでも。」
彼が踏み出した一歩が僧繇を思考から再び目の前の敵へと引き戻す。
「せっかく特権自ら赴いてくれたんだ。この際実力くらい試してみてもいいなって。」
屈託のない笑顔。
戦闘開始の合図と面の良さだけで生きてそうな者に対する嫌悪感に僧繇は、後ろに飛ぶ。
こちらのコード「天技十天」の全てをロキはわかっていなくとも、ある程度の情報は知られている。
それに対してロキについての能力の情報はない。
それでも純粋な力比べならわたしが負けるはずない。
だが、その自信とは裏腹に彼女は距離を取った。
仮説が思い過ごしでなかった場合...「エトに対応できる何かがあった場合」わたしはこいつに勝てない。
宙に浮いたままの彼女が何も持っていない左手を振りだすと黒い物体が彼女の前に額縁の四隅のように並ぶ。その先にロキを映し出す。
ならば先手必勝。
レコーダー同士の戦いは殆どが初見殺しで決まる。いや、むしろ初見殺しをすることが前提である必要がある。
能力がバレればその対策をされてしまうからだ。
だが特権棋院僧繇が持つコードは平たく言えば、自分の描いた絵をありのままの現実にすることができる。
特権とはその絶対性、「知られようが関係ないほどの力」ゆえにそう呼ばれる。つまりどの道描いてしまえば世界は彼女の思うまま。
「「一、弘法筆を選ばず」。」
能力発動の合言葉。
右手に握った筆を振った。
場面変わって落下中の運び屋with透はというと。
「きゃーーーーー!」
道なき空に飛びだした車はどうやらちゃんと存在していた重力に従い自由落下をしていた。
その事実の体感している透は女の子のような悲鳴を上げていた。
「ぎゃああああああああ!」
後ろの席にいるバズーカを持っていた少女千明は一番でかい声で叫んでいた。
「「ぎえええええええええaqswedrftgyhujikolp;p@:」」
同じく後ろに居るツインテールの少女しゅーの看板は粗ぶっていた。
そしてこの状況を作った幽野搬。
透はふと彼女の方を見る。
そうだ!島が飛んでいるのだ。
多分この世界ではなにかしらの空中での移動手段が確立されているに違いない。
じゃなければこんなことするわけが...
「やああばい!どうしよう!!ねえ死ぬのこれ?死ぬのこれ?」
希望的観測は打ち砕かれた。
彼女もしっかりパニクっていた。
「お前どうすんの?ねえお前これどうすんの!???でいうかなんで飛んだの!?」
彼女の様子に当然の疑問をぶつける。
それに対して幽野は最高の決め顔をしこう言い放った。
「だってかっこいいじゃない!」
うっそだろお前。
「うわ!お前バカだ!わかった、おまえただのバカ!」
人間パニックを起こしている間もちゃんとシンプルな罵倒はよく出るもんだ。単純な。洋画とかで外人たちがファッ〇だの、ま〇ーふ〇っかーとか反射的に叫ぶ理由がよく分かった。
「カッコつけて何が悪いのよ!じゃなきゃ運び屋なんてやるわけないでしょ!千明そこのアホを黙らせなさい。」
「心得たッス。おいこらガキんちょ、姉さんはこういうとこ含めて最高なんスよ!」
こんな状況でも暴力は依然健在らしい。
声はでかいまま幽野搬に言われた通り、千明は持っていた銃で助手席の俺を殴りだす。
「痛い痛い。お前、日本では銃の所持は違反なんだぞ!」
「このご時世に何を言ってるんスか。しゅーちゃん、このアホを黙らせるッス。」
「「心得た」」
そうして僕の手で守ってる頭に看板の衝撃が追加される。
「お前ら!!!どいつもこいつも...」
「そいつもあんたも五月蝿いわよ。全くもうわたしは疲れてるのよ。」
代わりに言いたいことの大半を言ってくれた。
あれしゅーって子喋れたんだ。
「なんでいんのよ!なんでいるのよ!?あんた足止めは!?」
幽野搬が驚嘆というより悲鳴に近い怒号をあげる。元々悲鳴は上げていたが。
後ろを見るといつの間にかロキが言ってた...確か棋院僧繇が足を組んで座っていた。
「無理。アイツ強すぎ。それにわたし、別に武闘派ってわけじゃないし。」
早口で出てくる言い訳。
どうやらロキとの戦いは早々に打ち切り撤退してきたらしい。
「それでも特権なの!?プライドはないの?」
「それはあんた達が勝手にそうやって呼んでるだけでしょ。大体この力だってこのアホとクソジジイが押し付けてきたもので...ああ思い出してきたらムカついてきた。あんたこの状況どうにかしなさいよ!」
棋院僧繇は「このアホ」つまり俺の頭を指でぐいぐいしてくる。
「なるわけねーだろバアアアカ。お前こそあんなにイキってたんだから、どうにかして見せろよタコ。」
「何ですって!このわたしをタコ呼ばわり!?ふざけんじゃないわよ!このアホ!まぬけ!とんちんかん!」
これで車内全員が叫んだ。
「悪いけど、今はアホに同意だわ。今も刻一刻と私たちは寿命に向けて猛ダッシュしてるの。足止めしなかった分何とかしなさいよ。このスーパーニート。」
棋院の無限に続きそうな文句に幽野が間に入るように言った。
「はああニート!??まあいいわよ。でもわたしこれやったら寝るから起きるまで面倒見なさいよ。おチビちゃんそこ空けて。」
左側の扉をしゅーちゃんが開けると後部座席の真ん中に居た棋院は彼女を押しのけながら移動し...躊躇なく当たり前のように棋院はそこから空へと出た。
「え、死は救済とかそういうやつ。」
え?嘘、普通に飛び降りたんですけど。
「んなわけないでしょ。アイツのコードは簡単に言うと描いたもの現実に出せるのよ。他にもあるけど、要はアイツがこの車を飛べるように改造...描けば無問題ってわけ。他人に私の車を弄られるのは最悪もいいところだけど、今回は仕方ないわね。あんた、これも借りだから。この車防弾色々含めて軽く四千万くらい...」
冷静さを取り戻した幽野搬が解説してくれた。
「ヘエー、コードって超便利。スゲー。」
四千万という値段から俺は目をそらした。
外の景色を見ると、車は未だに落下中だった。
「で、いつになったら飛べるの?」
もう先ほどまでいた島は遠く上にある。
つまり地上が近いってわけ。
「ふいいー。興が乗ったわ。じゃあ私寝るから。」」
こちらの焦りとは反対に、どうやら仕事を終えたらしい棋院が、空中から後部座席に戻ると、すうすうと静かな寝息を立てながら動かなくなってしまった。
「うわもう寝た。はっや。」
「コードって使うと結構体力使うのよ。こいつの場合は常に出してるから余計ね。」
「へえーいやでも棋院さんまだ落ちてますよ。ああ!?今度は何?」
車が突然横に揺れ止まる。
「本当に何よこれ?え、爪!?ちょっとちょっと私の車になんてことしてくれるのよ。ああこっちにも!え、後ろにも。」
幽野の見ている方向を見ると、車のフロント部分に巨大なカギ爪が食い込んでいる。
「姉さんこれでっかい龍っス。多分ボール集めたら願いとか叶えてくれるタイプの龍っス。」
先ほど銃を撃った際に出ていた天窓から千明が周りの状況を確認していた。
「おい自称芸術家、私の車になんてことしてくれるのよ!」
幽野のクレームでも棋院は微動だにしない。
それどころか満足げな顔をしていた。
「あーこれは直せないっすよ姉さん。フレームに爪食い込んでるし。」
「ふえあー。アハハ空キレ―」
改造どころか自分の車の破壊のショックから幽野搬は目をそらした。
「なあ、俺にも見せてくれよ。」
「別にいいっスけど、知らないっスよいきなり追手とかの攻撃が飛んできても。」
「怖いこと言うなよ...。」
千明が退き、僕が天窓から外を見渡す。
「マジモノの龍だ。」
本当に龍が俺らの乗っている車を掴み飛んでいた。
これが、この世界の超能力。
棋院の生み出したらしい龍はやや上昇しつつ真っすぐ前に飛んでいた。
ロキが言っていたこと、自分にしか解決できない世界の危機。
そして自分がこの世界で「最強の絶対者」であるということ。
今のところ、それらしい事態が目に映っているわけでも、自分の身体に何かしらの変化があるわけでもない。
きっとただでは帰れない。この先にはきっと困難があるのだろう。
なにせあんなめちゃくちゃな攻撃を無傷で済ますような存在が、解決できないことだ。
そもそも何故、俺はこんなところに連れて来られ、こうして彼女達によって助けられた?のだろうか。
正直、分からないことだらけだ。
それでも今くらいは、そんなことを考えずに、ただただこの元居た世界では見ることのなかった絶景に酔いしれてもバチは当たらないだろう。
英雄が謳う鬨曲<ファンファーレ>~colors編~ 空自記盈 @karazikimituru
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