間章 1045連勤目の坂本の苦難
2023年7月7日6時04分。
「...とまあ以上が2024年7月6日の報告まとめです。」
敬語ではあるが、どこか気の抜けたような男の話し方。
服装は警察官の制服を全体的に白色にしつつも、カジュアルに着崩している。
エイワズはあくまでも「国家から独立した民間機関」であるため、制服の自由なカスタムが認められている。
その中でもわざわざ上記の服装を選ぶ辺りに、本人のどこかだらしない性格が出ている。
その彼の名前は坂本雄二。
能力者混合治安維持組織「エイワズ」の副所長。
年齢は36歳。
身長は187cm。
趣味はエイワズ本部前の池に勝手に入れたカメの餌やり。
副所長就任後休みなし、現在1045連勤。
ちなみにエイワズの連勤数は彼を除けば最高でも8連勤(所長)。
最初こそ周りに心配されていたが、もう誰にも「お休みを取った方がいいのでは?」と心配されることはなくなった。
「ご苦労。」
特段それを注意することもなく、彼よりもかなり年下の銀髪の少女が返事をする。 見た感じ年齢は16ほどだろうか?
「腰を掛けたまえ、もう一つ話がある。」
いつもの定例報告で彼女から要件があるのは珍しい。
坂本は所長室に置かれたソファに座る。
「私は今日限りで...」
彼女は能力者混合治安維持組織「エイワズ」所長 真城真美。
コード「全能」を持つ特権の4人の内の1人にして坂本の連勤の原因。
唯一政府側に立つ特権。エトは中立と言えなくもない、
まるで人形のように感情が出ない少女。
世間は彼女を「真城真美」として扱っているが、事実は異なる。
本来真城真美のコードは「全知」なのだ。
その彼女はアギト事変の際に命を落としている。だが事実は政府関係者による暗殺だ。
あのような混乱下でも保身のため「全知」の存在を政治的に危惧した政府関係者によって、彼女は自分というコマによって殺された。
それを知っているのはその依頼を出した一部の上層部と実行した僕だけ。
だが奇妙にもそれから一週間もしないうちに「全能」を持つ瓜二つの彼女が現れた。
初めは影武者を用意されたのかと考えた。
無論、仕事の不始末はつけなければいけない。
彼女を追う過程で、彼女が「真城真美の姿を借りた人ではないナニカ」であることを父親である真城吉儀から伝えられた。
そして人生とは数奇なもので今は最後に殺した人間と同じ姿をした彼女の元でこき使われている。
政府に言われるまま幾人の人々を闇に屠って来た。
その中には年端もいかない子供もいくらでもいた。
だが真城吉儀に手を差し伸べられた後、彼の遺言に従いこうして最後に手をかけた少女の姿をしたものに出来る限り尽くしてきた。
...贖罪なのだろうか。
いや今更そのような感情を持つことは許されない。
こうしてまっとうな仕事をしてそれで罪が軽くなるなど考えてもいない。
自分のような人間は安らぎを得るべきではないのだ。
いずれ罰が下り地獄に落ちる。
ゆえの唯一の安堵かもしれない。
所長を見るたびにそう思えることが。
「おい貴様、聞いているのか。」
「...ああすいません。少々上の空で...えーとたしか...。」
「全く..次期所長として自覚を持て。」
「はい?すいません何のお話でしたっけ?」
定例報告と改まった言い方をしているが、昨日の主な出来事をまとめて彼女に報告するだけで、彼女からそれについて特別、問答や指摘などがあるわけではない。そもそも今日の方針の全体会議はこの後行われる。
いわばこれは、組織の2トップによる簡単な打ち合わせ。昨晩まとめた報告書を読み上げるだけで、坂本にとっては貴重な休憩時間。
1045、いや初日はなかったので1044回目の定例報告で初めて彼女からの話、それもまさかの昇進。全く嬉しくない。
いや、それだけではない。
というかそれどころではない。
彼女のとんでもない発言織の意識が完全に覚醒する。
「では初めから言う。私は今日限りで所長の辞任する。これより能力者混合組織の全権を現副所長坂本雄二に委譲する。今まで私の下でよく働いてくれた。これからも頑張り給え、それでは私は失礼する。」
「ちょっと待ってください。いきなりどういうことですか?」
そう言って立ち上がろうとした彼女を制止する。
「まだ何か言うべきことがあるか?」
止められた少女はないなら帰るぞと言わんばかりの勢いだ。
「引継ぎとかそういったものは?というか僕以外はこのこと知っているんですか?」
「職務に関してなら既に私が居なくなっても問題なく回るだろう。それとこの件について知っているの君だけだ。では失礼する。」
「ストップストップ!自分の立場を分かっていないのですか!?辞めますに対してじゃあどうぞ、となるような立ち位置ではないでしょうに。「全能」の真城真美。特権持にして所長の貴方がこの立場にいるから今の秩序があることをお忘れですか?」
「だが、私は真城真美でないのだぞ?本来の全知の真城真美は既に死んでいる。それは君が一番理解しているだろう。」
彼女の中身についてあまり考えないようにしていた。
正直「全能」を利用して姿を似せた別の人間なら別に良かったが、最も身近に居た吉儀さんが「人ではない」と言っている以上、なんでもないただの元殺し屋が踏み込める領域ではない。
なぜ彼女は真城真美としてふるまっていたのか、なぜ今までエイワズの所長としてこの国を守護してきたのか。
その行動理念についても全く考えてこなかった。
「私が真城真美の姿をしていたのは、彼女が最初に私を認識したからだ。深淵を覗くものが覗かれるように私にとっても初めて観測した意思を持つ器が彼女だったからだ。エイワズについては真城吉儀に対しての義理..平たく言えば恩返しだ。」
「...はあなるほど。」
全能でこちらの思考を読まれ、質問する前に応えられるため、適当な相槌しか出ない。
「それでなぜこのタイミングで?」
自分のよりも明らかな上位者の決断に対して坂本のできることと言えばせいぜいその理由を知ることぐらいだ。
「今日の深夜まだ日も出ない時間だ。」
コホンと咳払いし息を吸う。
「貴方が好きだと告白された。私に色恋はわからないが私と共に生きたいという彼女と共にしてみようと思う。」
「ふえ?そ..それはおめでとうございます。」
余りにもピンク色の解答に坂本は人生で最も間抜けな声が出てしまう。
「では私はこれで。」
「待ってください。本当に...。」
本当に彼女はいつだってノンストップ。自分はいつも事後処理ばかり。
だが今回だけは譲るわけにはいかない。
何せ自分の肩に日本の治安が掛かっているのだから。
「しつこいぞ。辞めると言ったら辞める。それに悪いが止めても無駄だぞ。今の私は既にここにいない。今君の前に居るように見えている私は能力によって作り出した実体のある録音のようなものだ。もう全能を使用するもできないし、君の発言が本体の私に届くこともない。こうして簡単な受け答えならできるがな。」
「....。」
手遅れだった。
だが無責任と彼女を責め立てることはできない。
むしろ無責任なのは彼女の1人の絶対性に甘んじている我々の方なのだから。
「清算するときが来ただけだ。所詮私がこの姿でいるのも真城吉儀のわがままの延長に過ぎないだろうに。」
いつかはやらなければいけないこと。
しかしこんなにも急に。
「しかしですね...。」
「お前たちに必要なのは私なのか?それとも政府側の力の象徴としての真城真美か?」
「....。」
「貴様が考えているように私一人消えて消える秩序なんて最初からあってないようなものだろう。それとも何だ?今更君には正義面する理由でも出来たのか?」
「....。」
「考えがまとまらないなら保留にすればいい。私は消えるが、君が「所長は政府へ出張に行った」とでも言えば三日程度は決断の時間を作れる。不安なら「執行部の問題の対処」と付け加えれば誰も詮索はしないだろう。」
坂本には彼女を止める手段は存在しない。
「それに私は望まれるより、共に行こうと行ってくれた人と居てみたい。」
その言葉に坂本は何も言えなくなってしまった。
上位者による理不尽な決定ならまだしも。
こんな...こんな普通の人らしい願いを口にされてしまったのだから。
「わかりました。所長今までありがとうございました。」
坂本も受け入れるしかない。
彼女が部屋から出る。
ああ、だがこれからどうするべきなのだろう。これから先の今日この後からのことを思うと気が遠くなってしまう。
それでも僕ら大人たちがしっかりしなくてはいけないのだ。
「案ずるな。私が居なくても大丈夫なように私がcolorsを作ったのだから。」
「はい!?」
振り返るが彼女の姿はもうない。
最後の最後にとんでもない爆弾を落とされた。
colorsを作った?つまりエイワズ所長真城真美とエトが同一人物ということ..なのか。
だとしたら。
政府とエイワズ、3大グルーヴ、そして特権と呼ばれる規格外の能力者の四人による拮抗により成り立っているこの世界で、この「全能」という政府側唯一の特権の消失、そして3大グルーヴ、政府、エイワズから中立の立場を取り、要監視対象とされている最強組織colorsのリーダーにして同じく特権の消失。
つまり、今残る特権は制御不能の問題児とグルーヴ側の理不尽の塊のような彼しかいない。
特権二人の消失、エイワズの大幅な弱体。
既に坂本はその思考を手放そうとしていた。
そして事態は更に深刻な方向へと動き出すこととなる。
同年同日7月7日10時00分。
三大グルーヴ「ユグドラシル」より全国に向けて宣戦布告が発布
以下内容要約
一か月後の8月7日より日本大陸に生きる全ての者に対して全面攻撃を開始する。
目的は全ての人的を含む資源の確保。
ユグドラシルを中心とした国家の建立
彼女が消え僅か30分後に飛び込んできたニュースに三織は、緊急会議を「所長対応中の為待機」とし、考えるのを辞め前から目をつけていた喫茶店へと向かった。
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