1章 恋と戦争にルールは存在しない

 現時刻2023年7月7日午前6時27分 場所 静岡県箱根にある神社敷地内の平屋の一室



「...変なの。」

 雨が降る路地裏で走る少女の背中をを見つめるだけの光景をただ見ているだけの夢。小さいのに力強く頼りになるけど、やっぱりどこか寂しそうな追い付くことのできない姿を見つめるだけの無力感...なのだろうか?寂しさだけが今も胸に残っていた。

 別に悪夢ってわけでもない。

 妙にリアルで頭に残る感覚。

 無論あの子に見覚えはないし、あんなに土砂降りの路地裏に傘も差さずに居たことなんてない。

「まあいいか。」

 夢は夢。

 考えても仕方がない。

 それより目下俺には重要な課題があるのだから。

 緊張の所為なのだろうか、久しぶりに目覚ましが鳴る前に起きてしまった。

 二度寝...できるような心境ではないな...うんそれよりもババアにどやされる前に起きて準備しよう。

 布団をたたみ、洗面所に行く前に先に今日、高校へもっていくものを確認する。

 よし、忘れ物はないな。

 次に昨日寝る直前まで考えた原稿をチェックする。

「ダメダメ!こんなん。そおい!」

 一晩苦労して書き上げたものをあっさりと丸めてゴミ箱へと放り投げる。

「透!しゃんとしろ!しゃんと!こんなに女々しい文章書いててどうする!?そんなんでどうこうならないだろ!男ならガツンと一言好きって言え!」

 文章とは不思議なもので、寝る前は完璧だと思っていたのに起きて確認すると、語彙だの痛い言葉だのやたらと目につくようになる。

 好きと伝えるだけなんだぞ!?こんな遠回しに、それも言い訳がましくしてどうする。あげくそれらに使われている語彙が10代特有の痛さを感じるって終わってるだろ。

 恥ずかしさで勝手に死にそうだ。もしこのまま言ってたら黒歴史になるところだった。よかった若さゆえの過ちが一つ減って。

 こういうのは一発勝負なんだ、保険やら遠回りな言い方は意味がない。

 大体これは相手に伝えることが大事なんだ。

「頑張れ透。今日で終止符を討つんだ。」

 大きく深呼吸すると気合を入れて立ち上がり、洗面台へ向かおうと勢いよく襖を開ける居たのは金髪ロングの巫女服姿の見た目は20後半くらいだが実年齢は立派なババア、一般呼称ババアが居た。

「げっ...いったあい!朝から何すんだよくそババア!...グエ..。」

 開口一番にげんこつを貰い反論したところに更にもう一発喰らう。

「まずはおはようじゃろこの居候!大体朝からうるさいんじゃよ。全く、これだから思春期は...。あと失礼なことを考えていた雰囲気を感じ取った。」

 思考を読むな。

「ちげえから!人を殴った挙句にその生暖かい目辞めろ!別にただ速く起きれたから小テストに向けて気合入れてただけだわ。」

 ヒリヒリする頭を押さえる。ババア、もとい住んでいる神社の神主をしている叔母。血縁関係がほとんどない上に両親や他の血縁者が居ない俺に彼女に逆らえる要素は存在しない。思春期兼反抗期の俺にでもその力関係は理解できる。だからこうして「ババア」と呼んで反抗する程度しかできない。

「わかったわかった。そんなに元気が有り余ってるなら洗濯物を干してくれ。どうせ今から気合入れたところで結果は変わらんのじゃから。」

 セーフ、内容までは聞かれてなかったらしい。危うく黒歴史を...

「ああそれとゴミ捨てもな、「ガツン」と頼むぞ、透。」

「ひゅっ」

 廊下の角への去り際特大の一発を貰った。

 アウトだった。


「んじゃ、行って来るわ。...いつまで見てんだよ。」

 高校への身支度を終え玄関でいつも通り靴を履く、いつもなら神社の準備をしているから見送りなどしないの今日に限ってすぐそこにずっといる。

「大きくなったもんじゃな。」

「おい、思春期真っ最中の高校生男子が黒歴史を生み出したタイミングで言う言葉じゃねえだろ。」

 微笑むババアの顔の所為で今朝の傷がよりえぐられる。

「それで、あの娘に告白するんじゃろ?」

「言うなよ!わかってるなら尚更言うなよ!」

 本当に何なんだコイツ!今日はやたらと干渉してくるというか。ああもう早く行こ、ここに居ても傷口が悪化するだけだ。

「透。どうせなんだから好きにしてくればいい。」

 こんな時に限って中々履けない左靴に必死に足を押し込んでいる途中で悟ったような表情するババア。

「告白が失敗する前提の話をするな!」

 なんとか靴を履き終え、外に出ようと引き戸を開ける。

「...行ってきます。」

「帰ってくるならいつでも帰ってこい飯くらいは用意しといてやる。」

 今日のババアおかしくね?やけに優しいというかなんというか。

「...失恋して気まずくなって途中で学校から帰ってくるみたいなの辞めろよ。でも、どうせならオムライスがいい。」

 なんか一周回って落ち着いてきた。

 そんなこんやでやたらと高い神社の階段を降りて行った。




 原初の世界 2023年7月7日午前5時27分 場所長野県アギト残党のアジト。 


 透もといエト

 現在いる4人いる特権のうちの1人。

 何処にも属さない最強の組織謎多きグルーヴcolorsのリーダーであるとされている。

 ネットやSNS上で存在の噂がある程度。

 だが彼らのほとんどは知らない。

 彼が存在する全てと存在しない全てに願われた自由そのものであること。

 噂をしている彼ら自身ですら知らず知らずに願ってしまった絶対者。

 飽和し爆ぜたこの世界、あるいは全てに革新を起こすはずだった者。

 その彼が

 虹色の絶対者が

 この世界を見限った

「彼があるいは彼女が何をしたかったなんて別段問題ではないんだよ。」

 既に死に絶えた者達に彼は語りだした。

 勿論返答を期待したわけでも、これから話すことについてアドバイスが欲しいわけでもない。

 物言わぬ一切の記録も残さない死体は、今の彼にとって最適な話し相手だっただけだ。

 ただ一人の衝動、それも八つ当たりの標的になったのは元4大グルーヴ「アギト」の残党だった。

 最初に生まれ首都で大規模な反乱を起こした彼らは、この原初の世界の今の形を決めた者達と言ってもいいだろう。だがcolorsにより落ちた地位と名声、力を権力を取り戻すために今日まで彼らはここで準備をして来た。

 だが、ここにただ一人立つ青年により既にグルーヴ残党構成員の9割が死、もしくはそれに近い結末を迎えた。

 足元に転がる死体はこの残党たちの頭目だった...名前は確か..なんだっけ?まあいいや、そんなことよりも今の問題は...。

「問題はエトが僕たちを見向きもしなかったことなんだよ。」

 ぐしゃと名前もわからない者の頭を踏みつぶす。

 既に活動が終わった故に服に血しぶきが飛び散ることはなく、ただゆっくりと床を這うだけだった。

「それも全て君たちのように「つまらない者達」の所為なんだよ。彼をエトをこの世界に釘付けにできなかった。」

 ぼやくのように呪いの言葉が吐かれる。

 理不尽な嫉妬のような言の葉が彼の正論を形成していく。

「そもそも勝手に望んで勝手に利用して勝手に見放した神々も同罪だ。その中でもお前たちは特に酷い。それだけの力を与えられながらもこんな小さな世界の小さな土地の小競り合いにし使えないのだから。」

 以前にもこの極東の地では小国が幾度どなくぶつかったことは知っている。確か...戦国時代と呼ばれていた。だが、近代の武力に加え、コードという力によりその規模は大きくなったはずなのにやっていることは何百年経とうが変わらない。それどころかこんなにつまらないことにしか使えないのならむしろ酷くなっているといえよう。

 彼は考える。

 どうすればエトはこの世界を見捨てなかったのか。

 彼は思う。

 どうすればエトはこの世界をもう一度見てくれるのだろうか。



 彼は認めない。

 自分も自由の特権者に見限られた者の1人だと。


「はあ。」

 辺りに転がっている者達を見て溜息を吐く。

 こんなところで鬱憤を晴らしたところでそこには何にも面白味がない。

 苛立ち

 暴力を成し

 殺すだけ

 そんな物語が面白くなるわけがない。

 そう

 どうすれば

 どのようにすれば彼はこの世界を見てくれるのだろうか。

 エトの、「自由そのもの」の考えを模索することも思案することも意味がない。

 どうすれば彼がこれを選択してくれるのか。

 それだけが問題なのだ。

 そして選択しなかった理由は明確だ。

 その選択肢がこの世界がつまらないせいだ。

「ならば!」

 彼は両手を広げる。

 血にまみれ、赤く染まった顔を月明かりが照らす。

「僕は!僕のできることでこの世界を面白くすればいいじゃないか!」

 妙案だった。

 なぜこんなにも簡単なことに気がつかなかったのだろうか。

 神だろうが人だろうが、意思がある者なら当然「面白い方」を選ぶに決まっている。

 ずる賢い者、トリックスター、裏切り者、火の象徴、変身者、狡知の神

 血にまみれた姿はもうなく青年は黒いズボンに白いシャツ、その上には黒を基調としたジャケットを羽織り、赤いネクタイが彼の襟を締める。

「エトに見せてあげよう、この世界はこんなにも面白いと!君の生まれた世界はこの程度じゃないってことを!それに父上だって望んでいるに決まってる。」

 白い手袋をつけ彼は考える。

 いや既に決まっていた。

 ここに居る者たちが誰だろうとなんだろうと、面白いかつまらないかも関係ない。

 彼らは「薪」だ。

 火にくべ、その炎をより大きくする為の者達。

 材質に多少の違いはあれど、大きな炎の中に入れればなんだって燃え盛るのだから問題ない。

 神として長い時間をかけて生きた彼は知っていたのだ。

 人間がその魂を燃やし尽くし最も輝くさまを、神々がもっとも無様に踊るその時を。

 どんな大根役者も大スターに成りうる舞台を用意してやろう。

「さあ「戦争」をしよう。」

 この世の全ての悦を以てしても敵うことはない最も刺激的で甘美な響き。

 ここにある全てを巻き込む最高の舞台装置。

 スポットライトのように差し込む月明かりの元彼は初々しくお辞儀をし、何もない空間から取り出した最後にカウボーイハットに近い黒に赤いリボンを巻いたシルクハットを浅くかぶる。

「きっと楽しいことになる。彼も絶対に気に入ってくれるはずさ。」

 血だまりを鳴らすブーツはまるで軍靴の如く。

 彼は戦争を起こす。

 彼の名は「ロキ」。

 その生涯を賭して最高のショーを作り上げる者。


 彼はその全てを自由に捧ぐ。




 世界と場面は戻り現時刻2023年7月7日午前7時42分 場所 箱根私立高校通学路 


 その自由の特権を持つ肝心のエトもとい透は青春を謳歌していた。

「おはよう、透君。」

「おはよう真美。」

 原初の世界とは違い発現が起きたわけでも、能力者がいるわけでもない世界。

 発現後力を失いつつも、まだ意思の宿っていない「自由の特権」を利用した最も高位の日本の神の一柱が作った異世界。

 異世界と言っても発現以前と物理の法則や生態系も銀河系の違いもない。あくまでも「人々の認識によって神の存在が揺るがない世界」というだけで多少の技術発展の差はあれど、エトが居た世界と科学レベルも特段変わりはない。

 自由の特権者と虚偽の特権者。

 その二人がこの世界に来て十年。

 その絶対的な力を使い欲しいままに富を築き名声を高め異世界転生者の名に恥じぬ暮らしを営んできた...わけではない。

「俺の顔になんかついてる?」

「ううん!全然。ちょっと考え事をしていただけ。」

 二人の年齢はこの世界において十六歳。春から高校生となり今は期末テスト一か月ほど前の小テスト当日。

 二人は無双することもなく、その力で隠居的なスローライフを楽しんでいたわけでもない。

 普通に

 どこにでもいるような

 当たり前のように

 小学生、中学生、そして高校生と、人として人生を歩んでいた。

 無論これは真城真美の計画に無い。

 当初の予定ではそれはもうバシバシ力を使いまくって好き放題彼との恋愛を楽しむ予定だった。

 だが、あの彼の手を引き、この世界に来た時。

 気が付けばエトの身体は六歳ほどの身体になり、エトとしての記憶だけでなく真城真美との、あの世紀の告白の記憶すら消えてしまっていた。

 転移による事故なのだろうか、それとも誰かの差し金か。可能な限りの外的な要因について検討したが、彼という特権者に対して干渉できる存在などいないのだ。ゆえに虚偽。彼以外のものを偽り誤認させること程度でしか彼に対抗することはできないのだゆえに自分は抵抗者カウンター足り得ている。

 ゆえにありえない。

 転移による事故。

 そう結論付ける他ならない。

 無論この程度で「彼への好意」が消えることなんてない。

 記憶が消えて普通の人間になった。

 上等。


 私は人間の彼も特権持ちとしての彼も惚れさせて見せる。


 強い決意とともに真美は特権を使い自らの肉体を彼と同じ年齢にし、彼の記憶が戻るまで生まれた時から一緒に居る幼馴染としてふるまうことにした。エトは適当な神社に預け、天涯孤独で事故で記憶喪失したことにした。透という名前はそこに居た神主が決めたものだ。

 透ね...わたし以外が付けた名前にしてはまあ、いいセンスなんじゃない。

 だがそれでも一般人としての暮らし。

 初めこそ気乗りはしなかった。

 真城真美は財閥の令嬢にして稀代の天才。

 幼少期から財の赴くままに私生活を堪能し、小学校が始まって4年生の時点で飛び級していた彼女にとって、普通の一般の小学校から人生を歩むなど退屈でしかないと。

 そう思っていた。

 だがそうはなら成らなかった。

 好きな人と過ごす学生生活というものに彼女はのめりこんだ。

 飛び級で一流大学に進んだ彼女にとっての青春は数字と見つめあい、自分以下の思考レベルの人間に対していちいち自分の脳みその中の内容を説明する退屈な時間でしかなかった。

 だがこの世界での暮らしは違う。

 好きな人と毎朝挨拶をし、同じ学校に行き、同じクラスで(彼女の力によって)、同じ授業を受け、(他の有象無象を近寄らせず)二人きりで下校し「また明日ね」と別々の岐路に着く。


 んんんんんんんんんんんんんん!

 悪くない!むしろ良い!

 この甘酸っぱさ。

 これよこれ私の望んでいたものは。

 頭を銃で撃たれて死んだ甲斐があったというもの。

 16年も異世界であのカオスな家族と暮らした甲斐があったというもの。

 ...まあ楽しかったし、いずれは彼を紹介したいけど...。

 

 高校生になってからは毎日彼の弁当を作ることが新たな日課として加わった。勿論ただの一度も欠かしたことはない。

 はじめは上手くいかなかった。正直天才の私が苦戦するようなことがあったなんて心底は驚いた。少し焦げてしまった卵焼き、うまくタコさんにならなかったウインナー。醤油をかけすぎちゃったおひたし。それでも透君は毎日「今日も美味しい、いつもありがとう」って言ってくれた。

 その言葉がたまらなく嬉しくて。

 その言葉を毎日聞きたくて。

 毎日毎日研鑽を重ね続けた私はついに今日完璧な卵焼きを作ることに成功した。

「透君!今日のお弁当は自信作なの....あれ?」

 あまりの完成度の高さに気持ちが浮足だっていた所為か、家に置いてきてしまった。

 朝のうちに気が付けてよかった。

「どうしたの?」

 真美の慌てた様子に透が尋ねる。

「その...忘れてきちゃったみたい。私は取ってくるけど透君は登校時間ギリギリだし先に行ってて。」

「いやここで待ってるよ。いつもありがとう、気を付けてね。」

 優しい。

「うん!ありがとう、それじゃまた後でね。」

 わたしはまだ彼から好意を伝えてもらえてない。

 原因はわかってる。

 まだまだわたしの努力が足りない所為。彼と完璧に対等な存在になるためにももっともっと頑張らなければいけない。

 いつ報われるかはわからない。

 それでもこの時間が、この日常がたまらなく愛おしい。

 十年経とうとも私の彼への想い変わらない。

 それどころか増々その気持ちが大きくなっている。

 大丈夫。

 わたしも彼も永劫の時を歩む存在。

 時間はたっぷりある。

 だからこそ今を私は楽しんでいる。

 いつか彼から「好き」と言って貰えるこの道すがらを。



「またあとで。」

 聞こえたかはわからないが透はそう言って手を振る。

 真美も手を振って来た道を戻る。

「ふうーーーーーーーーー。」

 真美の姿が角へ消えたのを確認し透は大きく息を吐く。

「落ち着こう。一旦落ち着こう。」

 いつもなら彼女の家までついていくところだが今日は違う。彼女が居ない時間に冷静にならないと。

「慌てなくていい。大丈夫二人になる時間はいくらでもある。」

 電柱に手をかけ、声に出し自分に言い聞かせ、バクバクと異常な鼓動を響かせる心臓を落ち着かせる。

 いや無理やっぱり落ち着かない。

 さっきいつも通りを装うので精一杯だった。

 俺は六歳から以前の記憶が完全にない。

 両親の顔も覚えていないし、自分がどんな人間だったかも知らない。

 病室で目覚めた時には親戚という神社の神主をやっている叔母...ババアに引き取られ育てられた。

 彼女は引き取られた先で知り合った所謂幼馴染だ。

 同じ小学校、中学校に通い、そして高校でも同じ。ついでにクラスも全部同じ、もっと言えば席もずっと隣。

 いつも彼女が近くにいたゆえに、人間関係というものがすべて消えた俺にとって彼女の存在は当たり前で「これが幼馴染の距離感」なんだと思っていた。

 そう約10年間。

 ついに認識は高校生に入って大きく変わる。

 流石に10年経ったんだぞ。

 バカでも気が付く。

 だってさ。


「いくら幼馴染でも流石に毎日弁当を手作りはしてこなくない?」


 それはもう好きじゃん俺のこと。

 悪いなババアこの告白はうまく行く。

 精々一人でオムライスを食べていてくれ。

 そして俺は今日告白をする。

 高校一年の7月の朝の一大発起だった。

 無論、犯罪や黒歴史の類ではなく「好きな子に想いを伝える」という意味でだ。

 え、俺?彼女のどこが好きかって?

 それはもう全部に決まってるでしょ。

 銀髪でショートヘア、瞳はやや茶色がかっている。

 背丈は俺の肩ぐらいだから150㎝くらいかな?もうちょっとあるかもしれない。

 スタイルは抜群、それも超美人。街を一緒に歩いていて彼女が何度かスカウトに声をかけられているのを見た。はっきり断っていたけど。

 おまけに頭脳明晰で運動神経も抜群。彼女がテストで満点以外を取ったところを今までの10年の付き合いの中で一度も見たことがない。

 性格はちょっと変わってるけど、非の打ちどころがない。

 さらに言えば、大して突出したものを持っていない俺とは本来釣り合うところなんて一つもない。

 何ならこの告白は本来無謀極まりない高嶺の花、それも富士山とかエベレストとの頂上の花に挑むようなものなのだ。

 実際彼女の前で今まで数えきれないほどの男子多数、しばしば女子も散っていった。バレンタインだろうがホワイトデーだろうが、何かしらかこつけて手紙やプレゼントが彼女にささげられるのだ。

 実際高校入学初日から同級生上級生問わず連絡先を聞かれ続けていたわけで..。

 でもやっぱり全て断っていた。

 だが彼女はバレンタインは勿論、記念日は全て何かしらのプレゼントがあった。



 それはもう俺の告白待ちだろ。



 更に言えば、中学から全国模試は常にトップ、たまにやっていた部活動の助っ人の活躍ぶりもあって色んなところで引っ張り凧の彼女が、間違いなく輝かしい将来が待っているはずの彼女が、教師や周りの勧め、推薦も全部断り俺と同じ偏差値もそんなに高くない私立の進学校に進学したのだ。

 家が近いからという在り来たりな理由で。

 実際高校までの距離は彼女の家から徒歩5分だしその理由はおおむね正しいのだろう。

 ちなみに俺の家からは徒歩30分。

 彼女の家までも大体似たようなもの。

 中学校の時は俺の方が家が近く、真美の通学路の途中にあったから気にしなかったが、高校に進学した後彼女は毎朝30分かけて徒歩で俺の家の近くまで来て出迎え、お弁当を渡して一緒にまた30分かけて登校するのだ。


 そこまでするのはさ、もう絶対に俺のこと好きじゃん。


 ここまでされて「親愛の可能性もある」とかいうやつを抜かすような輩は一生恋人はできないし、人類の恥と言っても差し支えないだろう。

 正直、なぜ彼女がここまで俺によくしてくれるのかはわからない。

 でも、こんなに可愛くてきれいな人がここまでしてくれるならそれに応えるのが、覚悟を決めるのが男というものだろう。

 なにより。

 そもそも俺は...

 僕は..どうしようもなく彼女に惚れてしまっている。

 しかし彼女をそう意識してからの、今朝いつも通り彼女の名前を呼んで挨拶するだけで心拍数が跳ね上がったんだ。

 最悪の場合告白の際に心臓発作が起きるかもしれない。

 そうだリハーサルをしよう。

 周りに人がいないことを確認し、突っかかっていた電柱を真美に見立てる。

「コホン、あのさ真美...違う違う。いつも通りに声をかけてどうする。ちゃんと今から告白するって態度を作らないと。」

 もう一度咳払いし姿勢を正す。ポケットに手を突っ込み高校受験の前日に渡された、彼女が合格祈願で作ってくれたお守りを握りしめる。

 シチュエーションは学校帰りの公園。あそこは下校時間位になると誰もいない。それに真美と初めて会った大切な場所だ。

「真美俺...君のことが...ってあえ..?」

 好きなんだ...と言うはずだった。

 だがそれが言葉として発せられることがなく、俺の意識は後頭部に感じた強い衝撃とともに暗転した。



「はあ、はあ。お待たせ透君...透君?」

 約束した場所に息を切らしながら到着するが、辺りを見回すが彼の姿はない。

 先に行ったのだろうか?

 そんなわけがない彼が私との約束を破った事なんてこれまで一度もないし、デート(一方的に真美が想っている)の時だって彼が私の傍を離れて一人でどっか行ったことなんてなかった(トイレはバレないように着いて行った)。

 ふと電柱の裏の無駄に生い茂った雑草に透のバックが落ちているのを見つける。

 それを見てこの状況がただ事ではないと気が付く。

 側には発信機代わりに渡したお守りが落ちていた。

 お守りが落ちているだけなら彼が落としてしまっただけかもしれないが、そばには教科書が入っているバック。これをおいて学校に行く理由がない。

 いや、そもそも彼が落として気が付かないわけがない。今日まで彼は毎日このお守りを持っていてくれたのだから。

 透君がエトとしての記憶を取り戻したのだろうか。

 いや、もしそうなら特権特有の気配でわかるはず。

 となると拉致や誘拐?

 ありえる。

 彼に記憶がなく、力を失なっているとしても「自由の特権者」であることに変わりはない。

 だからこそ対策もしてきた。

 このお守りもその一環。一般的なGPSなどを用いた発信機ではなく虚偽の特権を手に入れる時に転生した先で覚えた魔術を織り込んだもの。

 だが、それが落ちているということは、それを知っている者の犯行。

 そしてこの世界に魔術や魔力の類は存在しない。となると透君はこの世界の住人以外に連れ去られたことになる。

 電柱の周りを手をかざし調べる。

 すると普通の人間には見えないだろう、空間に小さな小さな切れ目を見つける。

 行き先は原初の世界?

 なるほど、透君...エトとこの世界に来た時原初の世界は2023年7月7日だった。そしてこっちの世界でも今日は2023年の7月7日。多分こっちとあっちの世界の時間が近くなって渡りやすくなったのね。

「私の透君に...。」

 足元にあった小石を踏み潰す。

「やっぱりあの時あんな下らない世界滅ぼしとけばよかったんだわ。彼の故郷だからって見逃したのが間違いね。」

 切れ目に人差し指を差し込みそのまま大きく腕を振り上げると、人が通れるほどのサイズの亜空間が生まれる。

「ぶっ殺してやる。」

 怒りを隠すことはなく彼女は亜空間を通り、再び原初の世界に戻った。







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