第4話 賢い爆弾
花の咲く荒廃した教会の内で、偽物の宣教師が小さく祈りをしていた。
その祈りは決して真摯なものではないだろうし、第一に神なんてものを信じていない。まさに形式だけのくだらない物である。
しかし、それはかつての知合いのため、自身が宣教師であることを疑われぬために行われているのだから、当然のことと言えるだろう。
さて、そんな虚実を終え、視線を上げればそこには一人の少女がいた。
その少女は、マルコの属する例の葬列、そこの最後尾近くを歩いて居たのを覚えている。
「神父様は、神様を本当に信じてるの?」と彼女は、マルコに問いかけた。
答えは異なるのだが、彼は嘘を吐いた。
「嗚呼信じてるとも」
「へえ、どうして神父様は神様を信じるの?」
「どうしてか、それは難しい話だ」
「でも、何か理由はあるはずでしょう。無根拠に信じるなんて、あり得ないもの」
マルコは、言われてみれば確かにそうだ、と思った。
けれど、神なんぞ信じていないのだから、信じる理由を聞かれても困った。
はてどうした物か、と悩みながらも彼は適当なことを言う。
「それは神が、この女神が不完全だからだ」
その回答に、少女は顔を顰めて言う。
「不完全なら信じないでしょう。呆れて捨てるだけじゃないの? それに、神様を不完全って言って良いの?」
細かいところまで聞いてくるとは珍しい、と思いながらもマルコは答える。
「言っても問題はないだろうし、思うのは自由だ。それに、不完全というのも否定は出来ないだろう」
「どうして?」
「例えば、私達は人生の内に不幸を感じる。天地開闢の時、世界が生まれたときだって、神様は七日、立った一週間で世界を作った。大変に飽き性だし、不完全だろう」
「へえ、神父様って変なの」と、彼女は納得のいかない様子だった。
マルコは、彼女が彼自身に清純な思考を望んでいたことを何となく察した。
しかし、それ以上の違和感らしきものを感じていた。
そして、彼はそれに気付いた。
「それは君にも言えることだ。私だけが変なヤツではない」
その言葉を聞くと、彼女は少し驚いた様子で問いかけた。
「私、何処が変かな? 神父様」
マルコは多少笑うのを堪えつつも言う。
「そういう所だ。私を”神父様”と形容する。それはこの葬列の中で、私を特定する固有名詞となり得るだろう。それは名前を捨てた君達の主義に反するはずだ」
彼女はそれを聞くと、納得したように声を挙げた後に言った。
「私、あれが嫌いなのよ」
マルコは酷く驚いた。それと同じくして、面白いとも思った。
名前を捨てることを主張する集団の内から、それへの反感が生まれるとは何とも面白い。
「君も納得している訳ではないのかい?」
「全くよ。諍いを産まないため、と言うけれど意味がないもの」
「意味がない?」
「ええ、それも無意味よ。名前が使えないのなら、他の固有名詞を使えば良いってね。例えば、神父様がよく話しているお爺さん、彼が何て言われているか知ってる?」
カルロのことだろうか、と思いつつもマルコは言う。
「いや、考えつかないな」
彼女は言い終わった直後に、マルコに近寄り、そして声を落としてから言う。
「長老よ」
嗚呼確かに、と納得をしながらもマルコは元の位置に戻った少女に言う。
「それじゃあ、形骸化しているのか」
「ええ、その通りよ」
「何とも酷い結果だな」
彼女は私の言葉を聞くと、不快感を表しながら言う。
「いや、当然の結果よ。だって、狂っているでしょう」
「まあ、可笑しなことは否定しないが。君はそれを承知でこの集団に入ったのだろう?」
「違うわ。単にお母様、もう死んでしまった人に連れられたからよ」
「そうだったのか」だのと、彼女に返しがらもマルコは思う。彼女は所謂天才なのだろう、と。
彼女は今現在ですら、相当に幼いと言えよう。
なのだから、連れられた歳は更に幼かったと言える。
だのに、可笑しさに気づけていることとは、相当な知能の証明と言えよう。
本当に面白い集団だ、と思いながらもマルコは気になった事を問いかける。
「それじゃあ、君の母親はどうしてこの集団に入ったのだ?」
それを問いかければ、彼女はすぐに答えた。
「尊い御方とか言われてる人が居たからよ」
「それがどうして理由になるんだ?」
「さあ? 何かあったんじゃないの」
何とも埒があかない、と少し思い悩んでいると少女は、思い出したように彼に耳打ちした。
「そう言えば、名前を伝え忘れていたわ。ミアというの宜しくね」
そうして彼女は、この場をあとにして行った。
残されたマルコは、つくつくと笑いながら考える。
嗚呼本当に面白い。内側に大きな爆弾、それも賢いそれを抱えた集団は、果たしてどうなるのであろうか、と。
花の葬訣 橋立 @hasidate
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