第3話 歳老いた男

 葬列は、歓談をしながら歩いて行く。

 しかし、その中心に据えられた棺桶は、花で飾られようとやはり厳かである。


 それを見ながら偽物の宣教師、マルコは歩き続けていた。

 何処までも景色の変わらぬ辺境において、一等可笑しなこれは何処まで続くことだろうか、だのと彼は考えた。

 既に彼が旅に加わってから、一週間ほどの時が経っていた。


 けれども、依然として目的地は見えなかった。最初から定まっていないのだから、見えないのは当然ではあるが。

 だからこそマルコは考えるのだ。この愉快が何時まで続くか、と。

 目的がないと言うことは、長く続くことと同義と考えがちだが、決してそういうわけではないのだ。それは唐突に終わりを迎えることにもなるのだし、静かに霧散する可能性だって捨てられない。

 それ故の恐れとは言わないが、惜しむ気持ちが彼にはあった。


 そうした惜しみの内、彼を含む葬列は一つの遺跡に出会った。

 過去の栄華と言えば聞こえは良いが、所詮はただの廃墟である。

「やあ、君。此処はどうかな」と、マルコは一人の老齢の男、カルロに声を掛ける。


 彼は多少考える素振りを見せ、そして言う。

「此処は相応しい場所では御座いませぬ」

「嗚呼、それは残念だ」と、マルコは言いながらも内心ほくそ笑む。


 彼自身、この集団のことを未だに理解は出来ていない。まずそもそもあの棺桶の内に居る人物、それを一片も知らぬのだから当然だ。

 しかしだからこそ、彼はこの未知とともに過ごしている。

 多少探りはするが、決して解明をしようとはしないのだ。それも当然のことで、未知にこそ彼は惹かれる。それを既知にしては面白くない。

 それに、未知はどうせ何時か既知になるのだ。今を楽しまずどうして生きることが出来るか。


 けれど、幾日も続く旅にそれへの疲れが溜まる物であった。

 その為、マルコはカルロに言う。

「ちょっと休息をしないか? 子供らも疲れて居るであろうし」

 その提案に、カルロは静かに頷いた。

「嗚呼、確かにそうで御座いましょう。無謀な葬送は、きっと尊い御方も望まない」

 そうして、マルコは無事に少しばかりの余暇を手にしたのであった。


 さて、マルコ達がいる遺跡であるが、これは一体何であったのか。

 その答えを確かめることは出来ぬが、教会であったことが推測できた。


 老朽化によって崩れる可能性は否めなかったが、マルコは朽ちた扉を押し、教会の内に侵入する。

 その建造物の内は、やはり記憶にある教会のものと殆ど同じであった。

 しかし、やはり違うところも随所に見られた。

 長椅子が朽ちているのもそうであるが、奥に位置する女神像が崩されている所が特に大きな違いだろう。


 その姿を見ていれば、自然と言葉が漏れる。

「憐れだな」


 何時かマルコは、老いた神父、もう死んだであろう男と話したことを思い出した。


 マルコはその神父に言った。

「神なんて信じる価値があるのかね。寓話を信じたところで、最後に馬鹿を見るだけだろうに」

 その言葉を聞き、神父は笑い交じりに言う。

「馬鹿なんて見ないさ。神は永遠だ。ちょっとばかしお茶目で、大きなミスもよくある。完璧ではないんだ。それが可愛いだろう」


「分からないよ、アンタの言うことは」

「分からなくても構わないさ。私達もそんな物だ。信じてるようで、皆何かしら疑っているんだ」

「へえそうかい。それじゃあ、アンタは何を疑っているんだ?」

「私かい? 私が疑っているのは、女神の完全性さ」


 その会話を思い出してみれば、あの神父の正しさを思い知ったように感じられた。

 目前にあるように、女神ですら過去の栄華となるのだ。

 それは神の完全性の反証だろう。


 それであるのなれば、神は何を持ってして神たり得るのだろうか?

 完全性に欠ける寓話など、一体どんな勝ちを持ち得るのだろうか?


 マルコは酷いお笑い話だ、と思いながらも女神像に近づく。

 そうして、辺りに散らばる瓦礫を遠くに投げた。

 その行為は、どうして行われたのであろうか。


 考えるにそれは、あの神父への礼儀だ。

 マルコに遠い過去から興味深い事実を現わしたのもそうであるし、その名前を拝借していることもそうだ。

 あの神父、その名をマルコと言う人間は、放蕩の人である。

 けれども、何時しか敬虔な信徒となった不思議極まりない人間である。

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