第5話 生徒会室

 午後の最後の授業終了の鐘が鳴る。柑美有希絵は、ほぼ鐘の音と同時に立ち上がると、教室の後ろの荷物をまとめ、朝来たように胸にピンク色の風呂敷を抱えると、教室を出ていく。その後ろ姿が、廊下の途中で一度止まる。誰かと話をしているのだろうか?

 衛乃が近づいてみようかと、席を立ち上がると、柑美はまた歩きだし、それと入れ換えにプラチナヘアーの女生徒が、こちらへやってくるのが見えた。自分の方に向かってきているような気がする。ややもして、その娘が教室に入ってきた。周りと違う髪の色というだけで、注目を集めてしまうだろうに、さらにこの娘は、それに加えて整った顔立ち、美人と形容される面立ちであったため、昼食時同様、教室にいる者は、チラチラと衛乃とその娘のやり取りを伺っている。


「石川くん。大岡先輩が生徒会室に来てって。」

よく知らない人たちの誘いだ。断ってもいいんじゃないか?という考えも浮かんだが、なぜ自分のことを知っているかを確かめたい気持ちが勝った。

「あの…君は? 君も生徒会の人?」

少しだけ目を点にしたその娘は、

「入学式で会ったでしょ。私は一年生よ。初日から生徒会に所属なんか出きるわけないじゃない。」

よく考えてみればそうだ。今日から三日間。放課後は、少し早めに授業を終えた上学年の人たちが、玄関から校門までの区画で、部活や同好会の勧誘を行うと朝に担任が言っていた。この子が一年生だとしたら、さすがにまだどこにも所属はしていないだろう。


了承した旨を、その娘に伝えた衛乃は、その娘について、生徒会室へ向かっている。

「あの、君は、あの遠山さんって人のご兄弟か何かかな?」

衛乃は、昼休みの騒動の時に感じていた自分の直感について確認してみた。

「そうよ。アルバは私の兄。私は遠山トルーシャ、D組よ。次の質問も分かってるわ。」

階段を上るよう促しながら、トルーシャは、

「お兄さんと、仲が悪い大岡先輩と一緒にいるのは、どうしてって聞くんでしょ?」

「え? うん、そうなんだけど…。」

「そんなの単純よ。兄は阿保で大岡先輩は頭がいいの。どちらと一緒にいた方が自分のためになるか、考えるまでもないわ。それに、兄弟だから一緒にいるなんて、小さい頃じゃあるまいし、君、一人っ子?」

「えっ、うん。」

「そう、よかった。」

(え、何が良かったの?)

そんなやり取りをしていると目的地の三階にある生徒会室の前に到着していた。

「入りま~す。」

と、トルーシャが元気よく中へ声を掛けドアを開ける。男女が窓の方で立ち話をしていたが、入ってきた衛乃たちを見ると会話を止める。一人は昼に教室に来た大岡昇、もう一人の女性は誰であろうか? 大岡が、衛乃に座るようパイプ椅子の一つを勧めてくる。トルーシャは、窓際の女性のところにいって、二、三、何か言葉を交わした後、女性の隣に立って衛乃の方を見下ろす。衛乃同様パイプ椅子に腰掛けた大岡が、衛乃に丁寧にお礼を言ってから話し始める。

「ご足労を掛けてすみません。そこのトルーシャが、入学式で君を見かけたという話を聞きまして…。」

「は、はあ…。え~と、僕を見かけると何か? そう言えば、何だか昨日から僕のことを知ってるみたいな雰囲気が周りにあって…柑美さんにも言われました。」

「おお! 君はユキエと、もう会話をしたのですか!それは、凄い!僕なんか最初は赤色の紙を渡されるだけで、全然取り合って貰えませんでしたよ。」

衛乃は、失せろ!と書かれた赤色の紙を思い出す。

「でも、大岡さんは、柑美さんの彼氏だって。」

その質問には、大岡ではなく窓側の女性が口を挟んで答える。

「それは、方便でな。ユキエの周りに面倒な奴が集まらないように、面倒そうな彼氏がいると周りに思わせるためなんだ。」

トルーシャより頭一つぐらい長身の女性。柑美さんも同じぐらい背が高かっかったなと、思い出しながら、

「えっと、じゃあ、あのアルバさんってのも、彼氏の振りをした演技なんですか?」

「え、え~と。」

理知的に見えたその長身の女性の目が泳ぐ。衛乃の隣のトルーシャが、代わりに答える。

「最初は、その予定だったんだけど、お兄ちゃん何だかその役が気に入っちゃって、もう自分でも思い込んでいるというか…。言ったでしょ!お兄ちゃんが、阿保だって!」

「…。」

さすがに、それには同意せざるを得ない。アルバさんはア⚫️と、衛乃の中に定義づけられた。

「さて、大岡くん。そろそろ本題に入っては?」

長身の女性にそう言われた大岡は頷くと、衛乃に正対し、

「で、石川くん。君、何で江戸にやって来たの?」

江戸宮高校のことを江戸っていうのかな? と思いつつ、

「父の仕事の関係でですが…。」

「それだけ?」

「それだけですけど…。他県から来た生徒に、こうやって質問する校風なんでしょうか?」

「いや、そういう訳ではないんだけどね。」

ふ~んと、一度唸った大岡は、

「悪いけど、もう少し確認させてくれ。」

衛乃は、うんと頷きながらも、部屋の様子をもう一度目で確認する。窓際の長身の女性は腕を組みながら自分の方を見下ろしている。生徒会室には長机が6つ長方形になるように置かれており、会議を行うときのための配置だろうなと予想できる。自分の座った位置とは違う長机に先程のトルーシャと呼ばれたプラチナヘアーの女の子が座っている。ホワイドボードがいくつか設置され、生徒会の予定やら、書きかけの議題のようなものも見られる。

「どうした? 辺りに警戒して。別に取って食おうというわけじゃ無いぞ。」

「ええ、でも、これは癖みたいなもので…。」

衛乃は昔から周囲の観察をするのが好きであった。ちょっとした掲示物や建物の隙間などが無性に気になってしまい。小学生の頃にはよく私有地の建物と建物の間を通行して住人に怒られたりしたものだ。

「君は、家系図というか、自分の祖先のことを考えたことはあるかい?」

「え?」

「例えば自分の祖先は、武士だったとか農民だったとか、そんな話を両親としたことはないかい?」

「いえ、特には…。」

離れた机のトルーシャが、はぁ~、とため息をつくのが聞こえた。

「そうか…。まだ君は…。まあ、しょうがないな。ただ、いつお目覚めになるか分からんというのも気味が悪い。石川君、きみ生徒会に入ってくれないかな?」

「え!」

大岡の予想外の勧誘に、またもや驚きの声を発した衛乃は、

「何で僕が生徒会に?」

これには窓側の女性が答える。

「君が有望な人材だからだよ、石川君。君の力を借りる場面が来そうな予感がするのでな。それから話の流れから察しただろうが、我々は君にとても関心を持っている。」

「有望?ですか…。根拠も無いのに、そんなこと言われても信じようが無いです。」

珍しく衛乃が反発の感情を表した発言をしたので、先程の女性は眉をピクンと動かして、

「お、いいねえ、そういう反応。根拠ならある。だが、今は話すことが出来ない。不満だろうから別の方面からの提案をしよう。君が生徒会に入ってくれたら、柑美有希絵の彼氏役を君に任命しよう。遠山と大岡には下りてもらう。」

先程まで冷静に衛乃に対処していた大岡が思わず振り向いてその女性に訴える。

「桜姫! そんな無茶な!」

だが、女性は大岡のその言葉を片手で制し、

「どうだね? 石川衛乃くん。少し考えてみてくれないか。」

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