第4話 もう一人の恋人

 午前中の授業を通して、柑美有希絵が、全くコミュニケーションを取る気がない訳ではないことが、クラスメイトたちにも分かってきた。まず、教師から話し掛けられたときは、他の生徒と変わりなく答えていたし、座席が前の娘がペンを落として、それが柑美のところへ転がっていったときには、それを拾って差し出し、はい、と手渡していた。朝に挨拶を交わす場面を見ていた者は、彼女の行動に納得できるものがあったが、プラチナヘアーの先輩とのやり取り辺りから見ていた者にとっては、かなりの驚きであったようだ。

 

 だが、コミュニケーション云々とは別に、彼女がかなり身勝手な人物だということも分かってきた。それは…。

「えっと、あの、柑美さん?」

カンミは朝のホームルームが終わり、担任がいなくなるや否や、座席を勝手に動かし、空白であった窓側の一番後ろの場所へ移動した。そこは、衛乃の隣の席であった。驚く衛乃の視線を黙って前方へ導き、ある生徒の背中を指差すと、後は、次の授業のノートやら教科書やらの準備を始めてしまった。先ほど指差した生徒は、朝に横柄な態度で柑美に話し掛けた例の男性だったので、クラスメイトも、その男から離れたいという、その行為を理解できなくはなかったが…。


 そして、昼休みにそれは起こった。今日は誰にとっても高校生活始めての昼食なので、近くの席の者と誘いあって食べる生徒、自身の席で食べる生徒が多数を占めていた。勿論、早速連れ立って学食に挑戦する生徒も少数ながら、いないわけではなかったが…。

 衛乃は、まだ知り合いもおらず、自席で一人で食べている。隣の柑美も同じだったので、チラチラと気付かれないよう、柑美の様子を伺う。衛乃は、母親に作ってもらったお弁当で、年頃の男子らしく肉や揚げ物中心のボリューミーなお弁当であったが、柑美のお弁当は、一目で和食です!と言い切れそうなラインナップのおかずが目に入る。西京焼き、煮物、おひたし…。さすがにじっくり隣を見過ぎた。カンミからクレームが入る。

「人の食事をジロジロ見ないでくれる?」

「あっゴメン…。」

衛乃が、そう言うや否や、いつの間に教室に来ていたのだろう。朝に教室に現れたあのプラチナヘアーの男が衛乃の横に来ていた。そして、

「おい、テメエは、朝の俺の言葉を、聞いていなかったのか? 人の彼女の食事をジロジロ見やがって、いい度胸だな。」

衛乃の肩に手を置き、さらにプラチナヘアーの男が何か言おうとしたその時、突然、手をパンパンと叩きながら、もう一人、上級生と思しき人物が教室に入ってくる。よく響く手の音と、通る声に、皆がその人物に注目する。

「どうも、皆さん。ご注目! そこの髪の色が変な奴は、二年F組の遠山アルバです。ですが、彼はイカれておりまして、柑美有希絵を自分の彼女だと思い込んでしまっているのです。」

「あん!」

ドスを効かせた声で、入り口の男に反応したプラチナが、入ってきた人物を睨みつける。だが金属系のフレームのメガネを掛け、理知的な顔立ちの男性は、まるで意に介さない。そしてクラス中に聞こえるよう演説を続ける。

「柑美有希絵は、彼のものではありません。僕の彼女です。あっ、僕は二年C組の大岡昇、生徒会に所属している者です。」

大岡と名乗ったその人物は、プラチナヘアーの男を指差しながら、

「そこの、変な髪の色の男は、心を病んでしまっているので、皆さんも同情してあげてくださいね。僕にも病気の人をいたわる気持ちはあるので、人の彼女を自分の彼女と妄想している彼を、どうこうするつもりはありません。」

「大岡!テメェ!」

衛乃の肩に置いていた手はとっくに離されており、遠山と呼ばれた男は、ツカツカと入り口の男に向かって近づいていく。

「おや? 腕っぷしの強さで僕を黙らせようと言うのかい? 毎度そのパターンで何が起きているのか、学習する能力すらないのか…。」

「うるせぇ!」

一年生には分かる筈もないが、遠山が大岡の挑発に乗って殴り掛かり、度々謹慎処分を喰らっているのは、江戸宮学園では有名な話であった。大岡がニヤリと笑い、遠山が拳を振り下ろすためのテイクバックの動作に入る。

一触即発!!!固唾を飲んで見守っていた教室内の誰もが、そう思ったそのとき、


「ご馳走さまでした。」


柑美有希絵から、声が発せられた。

!?

衛乃が、柑美のお弁当箱をチラリと覗くと、お米一粒残らない綺麗な空っぽの容器が柑美の机の上にあった。柑美は両掌を合わせて、ご馳走さまのポーズをとっていたが、それを崩すと、とっととお弁当の容器を片付け始める。


この騒動の中で完食していた!!!

しかも、意外と早食い!!!


クラスの連中が受けた衝撃は、中々のものであった。自分が柑美の彼氏だと名乗る騒がしい二人も、唖然として柑美の方を見ている。そして、

「有希絵…。」

「有希絵…。」

ほぼ同時に二人呟いた。柑美は、弁当箱を仕舞うためだろう。立ち上がってロッカーの方へ向かう。そして、弁当箱を仕舞い終わると、入口付近に立つ大岡を避けて横を通りすぎ、廊下へ出ていく。廊下に出た瞬間、一度だけ教室内を廊下で伺っている女生徒に目をやったが、すぐに前を向いて遠ざかる。


 取り残されバツの悪い二人の上級生のうち遠山アルバは、とっとと教室を出て行った。だが、冷静さを、いち早く取り戻した大岡と名乗った人物は、金属フレームの眼鏡を少し押し上げながら、

「ということで、石川君。ちょっと付き合ってくれないか?」

衛乃の瞳を真っ正面から捉えながら、そう言った。

「はい?」

衛乃は間抜けな返事をするしかない。

(えっ? 何がどういう訳??? それに何で僕の名前を知ってるの?)

そのとき、廊下からじっと衛乃を見つめている少女がいる事に気付いた。プラチナのロングヘアーのところどころをブルーのリボンで留めた少しキツめの眼差しの…。

(確か昨日の帰り、ボクに舌打ちした!)

その少女の瞳の色と髪の色から、先程の遠山アルバという人物に縁のある人物では無いかと、ぼんやりそんなことを考えていると、その娘が口を開く。

「大岡先輩、彼、まだ食事中ですよ。」

「ん? ああ、そうか。石川君、それは済まなかった。では放課後にしよう。トルーシャ君、じゃあ、行こうか。」

そう言うと、プラチナヘアーの娘を伴って大岡という生徒会の人物は教室を去って行った。


 柑美有希絵を巡る騒動に注目していた教室内の生徒たちは、この騒動のキャストたちが、ほぼいなくなってしまったため、副会長に呼びかけられた最後のキャスト石川に注目せざるを得なかった。女子の一人が、好奇心に負けて尋ねてくる。

「石川君って、副会長さんたちの知り合いなの?」

衛乃は、首を振って、

「今日初めて会ったはずなんだけど…。僕にも何が何だか…。」

その後もチラホラと石川に質問があったが、興味を惹く回答を得られなかったので、教室内の皆は、この騒動は一区切りを付けることに決めたようだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハグして♥️一升瓶 彩 としはる @Doubt_Corporation

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ