第3話 高校生活初日

 いよいよ、衛乃の高校生活がスタートだ。一年A組となった衛乃は、教室の黒板に貼られた座席表で自分の席を確認すると。そちらへ足を向ける。まだ時間が早いのか、チラホラとしか生徒の姿は見えないが、とにかく目が合ったクラスメイトには、おはようって声を掛ける。皆感じよく、おはようを返してくれる。凄く緊張したが、知り合いがいない環境なのだ。自分から行動しなければいけない。衛乃は、そう考えていた。ロッカーに鞄を仕舞おうとしゃがみこんだ時、廊下から桃色の風呂敷包みを胸に抱えた女性が教室に入ってきた。昨日の彼女。確か柑美有希絵さん…。見ていた衛乃と一瞬目があったが、彼女はすぐに興味なさそうに視線を外した。だが、ロッカーには、用事かあるのだろう。衛乃の方へツカツカとやってくる。そして、

「どいて。」

一言だけ、しゃがんで通路を塞ぐような形だった衛乃に声を掛けた。彼女は自分のロッカーの場所を確認すると、その真上に風呂敷包みを置き、さらにその側に鞄から出した例の緑の紙の束、そして、

「一枚ずつ、ご自由に」

と、書かれた張り紙を緑の紙の束の上に貼る。ほぼ今教室の中にいる全員が、その光景に注目していたが、彼女は我関せずといったかたちで、黒板の方へ自分の座席を確認に行く。黒板で先に座席表を見ていた女子が、自分の方に来る彼女に、恐る恐る、おはようと声を掛ける。クラス中が、注目している。柑美は、表情こそ全く動かさなかったが、

「おはよう。」

そう一言答えた。緊張していたクラスの雰囲気が、その一言で少し緩んだ。少なくとも挨拶を返す人物であることは、分かったからだ。

始業近くになると、少々騒がしい連中もやって来る。俺の席はどこかな~など、独り言を堂々と言いながら柑美の前の席に座った男子は、後ろの女子が昨日の入学式で、注目を集めていた人物だと確信すると、早速話し掛ける。

「お前、昨日の入学式で目立っていた奴だろ? なんであんなもん抱えて」

言葉を遮るようにカンミが、首を後ろに向け、その男の視線を後ろのロッカーの方へ誘導し、さらに片手でそちらへどうぞ、という手の形を作り出す。男はロッカーの上に見える張り紙を見たものの、

「何だよ冷てえなあ。口で説明しろよ。」

カンミは、男の言葉に答える代わりに、机の中からオレンジの紙の束を出して、一枚それを抜き取ると、男の方から読めるような文字の向きで、机の上にそれを置く。オレンジの紙には、

「いちいち説明しているとキリがない。察しろ!」

緑の紙ほど丁寧でない言葉で、そう書かれていた。男は一瞬怯んだが、

「ああ? それが人と話すときの態度か?」

言葉が粗っぽくなってきたのを感じたクラスメイトたちが、心配そうに見守る。

「もったいつけてんじゃねえよ。説明しろって言ってんだよ!」

恫喝っぽくなってきた男の言葉が突然遮られる。

「おーっと、そこまでだ一年坊主。有希絵は俺の彼女だ。これ以上彼女に汚い言葉を吐くつもりなら、表に出ろ…。」

長身で、プラチナの髪の男が、柑美に啖呵を切っていた男の肩を掴みながら言う。さっきまで威勢のよかった男も、何だよ!とは言うものの、肩に置かれた手の力と鋭い眼光で、おそらく上級生であろう人物の力量が何となく分かったのだろう。

「分かったよ。もう話し掛けね~よ。」

そう言って、体を黒板の方に向ける。上級生は、柑美の方を向くと、

「やあ、有希絵。ご機嫌はいかがかな?」

柑美は、その男に返事をせず、机の中をガサゴソやると、赤い紙の束を取り出し、一枚抜いて指に挟むと、プラチナヘアーの男に字が読めるような向きにする。

「え~と、何々、」


失せろ!!!


衛乃にも赤い紙の極めて単純な単語の三文字が見えたので、思わずクスッと笑ってしまう。プラチナヘアーの男が振り向いて、衛乃を睨む。慌てて視線を逸らした衛乃だったが、上級生の瞳の色が黒色だったことから、外国の人ではなく、ハーフなのかな? などと直感的に思った。


 ここで、始業のチャイムが鳴る。プラチナヘアーの男が、柑美にじゃあな!と背中を向け、教室から去っていくと、教室の中に安堵の空気が流れはじめる。何だかんだ言って全員が注目していたのだ。そこへ、担任?と思われる若い男性が教卓の方へ歩いてきて、荷物を置くと皆に正対する。

「1年A組の担任――だ。」

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