6日記 実技試験

 エレンに連れられてやってきたのは、広い部屋であった。

 室内ではあるものの、床には土が敷き詰められている。

 ここは、訓練室と呼ばれる部屋で、主に戦闘学の授業に使われる部屋だ。

 今日のような、試験がある日などは、体術のテストに使われる。


「シロ君、君は面接時に、少しだけ戦闘を教えてもらった、そう言っていたね」

「はいなのです」

「それは、武器を用いた物なのだろうか?」

「ちがうのですよ。シロが教わったのは、えと、としゅくーけん? っていう戦い方なのです!」

「ふむ……では、素手という事か。わかった。では、私も素手で相手をしよう。とりあえず、攻撃を仕掛けて来なさい」

「だ、大丈夫なのですか……?」

「あぁ。ちょっとやそっとの攻撃では、私は怪我をしないから安心して打ち込んできなさい」

「わ、わかったのです! じゃあ……行くのですよっ!」


 その直後、シロは前傾姿勢を取ったと思ったら、ビュンっ! とものすごいスピードでエレンに突貫していった。


「やぁっ!」


 そして、エレンに肉薄するなり、シロは可愛らしい掛け声とともに、まったくもって可愛らしくない鋭いパンチを繰り出した。


「ふっ!」


 しかし、エレンは涼しい顔でそのパンチを片手で受け止めた。


「うにゃ!? と、止められたです!? じゃ、じゃあ……こうなのです!」


 止められて驚いたシロだったが、すぐさま別の攻撃に切り替える。

 受け止められ、掴まれた手は無視して、右足によるハイキックを放った。


「ふむ。なかなか筋がいい」


 だが、エレンの方が一枚どころか、何枚も上手であり、先ほどと同じように受け止められてしまう。


「むむむ~~~っ! じゃあ、これはどうですか!?」


 そう口にしたシロは、自身の手を掴んだままであるエレンの手に軽く跳び上がって膝蹴りを入れ、その手を自由にさせる。

 そして着地と同時に足払いをかける。

 一連の動きに無駄がほとんどなく、さらには攻撃も鋭いとあって、並みの者では回避が難しいレベルの攻撃だが、やはりというか……エレンには通用しなかった。


「甘い!」

「んにゃぁっ!?」


 攻撃を見切っていたエレンは、軽く跳び上がって、足払いをしたままやや硬直したシロの額にデコピンをした。

 その痛さに、シロは額を抑えて蹲る。


「あうぅっ、痛いのですよぉ……」

「ははは、反撃はするさ。……しかし、今の攻撃は肝が冷えたよ」

「ふえ?」

「何せ君は、その年で今の攻撃を繰り出してきたのだ。並みの兵士や、学生では一撃もらってしまっていただろう。私も、内心驚いた。さすがは、獣人族と言ったところか」

「そ、そうなのですか? で、でも、エレンおねーさん、よゆうそうでしたよ……?」


 まさか褒められるとは思っていなかったので、シロはやや驚く。


「当り前だ。戦闘中に、表情が顔に出ているようでは一人前とは言えないからな」

「な、なるほどなのです……でも、シロもこのまま負けるわけにはいかないのですよ!」


 なんとなく、シロの負けん気が出た。

 シロは立ち上がると、気合に満ちた表情でエレンを見据えた。


「個人的には、もうテストは大丈夫なのだが……ふふ。私としても、君の力をもう少し見てみたい。だから……かかってきなさい」


 そんなシロの様子が気に入ったエレンは、テスト云々は置いておくとして、個人的にシロの身体能力についてを見極めようと思い、受けて立った。


「はいなのですっ!」


 それから約十分、二人は戦い続けた。



「はぁっ、はぁっ……ふぅ~~~~……ま、参りました、なのです……」


 あれからかなりの攻防があり、途中エレンもシロの攻撃を受けそうになったが、そこは教師の意地を見せたエレンが一度も攻撃を受けることなく、防ぎ切った。

 初めての全力戦闘になったシロはと言えば、今はその場に座り込んでしまっていた。

 少なくとも、今までに経験してきた戦闘と言うのは、村のおじいちゃんとのものばかり。

 故に、ペース配分があまりよくわかっておらず、疲労感が凄まじいわけだ。


「エレンおねーさん、とっても強いのですよぉ……一回も、攻撃を当てられなかったのです……」

「はははっ、そこは経験の差だよ。だが、シロ君はこのまま成長すれば、私を超えられるだろう」

「ほんとですか!?」

「もちろんだとも。そもそも、私は人間で、君は獣人だ。獣人は身体能力がとても高い。特に君は猫人故か、柔軟性が高く、トリッキーな動きも可能。おかげで、私もいい鍛錬になった。ありがとう」

「シロも、ありがとうなのです! また、教えてくださいなのです!」


 にぱっ、と向日葵のごとき笑顔と共に放ったその言葉は、普段『堅い』だの『怖い』だの言われているエレンにとって、心を撃ち抜くのには十分なものであった。


 つまり、


(……あ、まずい。この私が、表情が緩みそうになってしまっているっ……! お、落ち着くのだ私。相手は、一回り以上も年下の子供だ。……だが、ふふ。嬉しい言葉だ)


 とても気に入りだした。


「もちろんだとも。入学したら、いつでも私に話しかけるといい。いつでも相手をしよう」

「わーいなのです!」

「……ふふ」


 シロの無邪気な喜びように、エレンは小さく笑った。


「あー、そろそろいいでしょうか?」


 と、ここで半ば空気と化していたトズマが話しかけてきた。

 それに気づいたエレンは、しまった、という表情を浮かべたものの、すぐにいつものきりっとした表情に戻すと、トズマの声に反応する。


「あぁ、すまないな、トズマ先生。つい、私も楽しくなってしまった」

「いえいえ、それは構いませんよ。……では、シロさん。次は、魔法のテストと行きましょうか」

「は、はいなのですっ!」

「では、場所を変えましょう。ついてきてください」

「はーいなのです!」


 今度は魔法のテストを受けるべく、シロはトズマに連れられて、別の場所へ向かった。



 シロが次にやってきたのは、屋外だった。

 校舎から出て、少し離れた場所にある広場。

 そこには、等間隔に置かれた的が置かれており、さらには広場の周囲をドーム状に淡い光の膜が覆っていた。


「ここはどこなのですか?」

「ここは、魔法演習場。魔法を練習するのに使う場所です」


 シロの疑問に、トズマは簡潔に答える。

 そう、ここは魔法演習場と呼ばれる場所で、今しがたトズマが口にしたように、魔法の練習をするために作られた広場である。

 主に、魔法学の実技や、とあう者たちが使用する場所だ。


「ふむふむ……じゃあ、あの光はなんのですか?」

「あぁ、あれは、魔法障壁。魔法は便利であるのと同時に、危険な物だからね。周囲に被害が出ないように、ああいった結界が張ってあるんです。ちなみに、あの結界はかなりの強度でして、よほどの威力がない限りは割れることはありません」

「へぇ~、そんなすごいものがあるのですね! じゃあじゃあ、トズマおにーさんは壊せるのですか?」

「僕かい? う~ん……シロさんは、どう思いますか?」

「んーと……シロは、トズマおにーさんなら壊せる気がするのです!」

「ふふふ、そうですか。やはり、君の眼は観察眼に優れているようですね。……いや、この場合は直感なのでしょうか?」

「はにゃ?」

「あぁ、いえ、お気になさらず。……さて、シロさん。シロさんはたしか、魔法を習ったことはなく、お友達に協力してもらっている、そう言っていましたね? それは、今は可能ですか?」

「えーっと、ちょっと待ってほしいのです」

「大丈夫ですよ。ゆっくりで構いません」

「ありがとうなのです! じゃあ……えーっと……シロにきょうりょくしてくれる子はいますかー!?」


 シロに待っていてほしいと言われ、優しくゆっくりでいいと言うと、何を思ったのか、シロは突然そんなことを大きな声で言い始めた。


「……ん?」


 これにはトズマだけでなく、一緒に見ているエレンもきょとんとする。

 一体、何をしようとしているんだ?


 そう思っていると……


《手伝うよー!》

《わたしもー!》

《ぼくが先に来たんだよ!》

《ちがうもん! わたしだよ!》


 と、小さな球が複数、シロの周りに集まった。


「……え、そ、それはまさかっ……! い、いえ、ですがそれは……」


 予想外の光景に、トズマは驚愕の表情を浮かべた。

 しかし、あまりにもその光景が異常すぎて、いまいち納得しきれていない。

 エレンもエレンで、ある程度の魔法に関する知識を持っているが故に、目の前で起こっている状況に、かなりの驚きを見せていた。


「んーと……トズマおにーさん。どの子がいいですか?」

「ど、どの子?」

「はいなのです。みんなそれぞれ、使える魔法がちがうのです。だから、どの子がいいかなって思ったのです」

「な、なるほど……そうですね……では、比較的安全な水属性をお願いできますか? あ、あの的にね?」

「はいなのです! じゃあ、水の子、てつだってほしいのです!」

《じゃあ、わたしが手伝うよ!》

「ありがとうなのです! おねがいしますなのです!」


 シロの呼びかけに答えた、水色の球――水属性の精霊は、快くお願いを承諾すると、ぽんっ、と姿を変えた。

 そこにいたのは、白いワンピースを着た、小さな小さな少女であった。

 十センチほどしかない少女は、ぴたり、とシロにくっつくと、魔力を流し始め……


「じゃあ……行くのです! やぁっ!」


 シロが突き出した右手の手のひらから、ゴォォォッ! というおおよそ、水が発する音じゃない音共にものすごい勢いで直径四十センチほどの水流が発射され、的に衝突!


 ズガンッ! という、けたたましい音共に、的が破壊された。

 しかもそれだけではなく、水流は的を破壊した後も、奥へと直進していき……再び、ズガンッ! という音と共に、魔法障壁に激突して霧散した。


「「……」」

「トズマおにーさん、これで大丈夫ですか?」

「……」

「あの、トズマおにーさん……?」

「はっ! あ、ああ、すみません、あまりにもその……衝撃的すぎて言葉が出ず……」

「大丈夫ですか?」

「はい、問題ありません。……しかし、この魔法は……」


 顎に手を呟くと、シロは表情を曇らせた。


「あ、あの、もしかしてシロ……ダメでしたか……?」

「え?」

「トズマおにーさん、とってもむずかしいお顔をしているのです……だから、シロがまちがっちゃったのかなって……」

「いえいえいえいえ! そんなことはありませんよ! むしろ、驚きや歓喜が勝っていると言いますか、この光景が前代未聞すぎて、今すぐにでも研究をしたいと言いますか……! あぁ! なんという光景でしょうか! まさか、あの仮説を立証できる可能性のある者が現れるなんて!」


 シロの心配をよそに、トズマはそれはもう、歓喜した表情で早口で捲し立てた。

 そう、今しがたシロが行った魔法と言うのは……色々ととんでもない物なのである。


 しかも、それは割と有名な話で、剣術や体術などを教えているエレンでさえ、驚愕し、声を失うほどだ。


「え、えと、トズマおにーさん……?」

「はっ! すみません、ついトリップしてしまいました。……こほん。シロさんに一つ訊いてもいいでしょうか?」

「はいなのです」

「あれは……精霊魔法、でしょうか?」

「せーれーまほう、ですか? んと、シロは、魔法を使う時は、今みたいにきょうりょくしてもらっているのです」

「ふむ、なるほど…………わかりました。これにて、魔法のテストは終了とします」

「もうですか?」


 一度しか魔法を使用していないにも関わらず、トズマはこれでテストを終えると告げた。

 もっと魔法を使うのかと思っていたシロは、思わず首をかしげる。


「はい。シロさんがどのような魔法を使えるか、ということを見極めるだけでしたし、何より……今しがたシロさんが使用した魔法を見れば、十分というものです。そうですよね、エレン先生」

「……あぁ。今でも目を疑っているよ、私は。とはいえ、これは将来有望かもしれないな、トズマ先生」

「そうですね。……では、これにて試験は終了とします。お疲れさまでした」

「ありがとうございましたなのです!」


 こうして、シロの試験……という名の、確認テストが終了となった。



 テスト終了後、エレンに今後のことを言われ、次に来るのは三日後となったと伝えられた。

 その日は合格発表の日であり、同時に様々な支給品を渡すことになっている。

 シロは異能入学という特殊な入学方法なので、ほぼ確定で合格となっているため、シロはそれを受け取りに行くことになっているのだ。


 それらを教えてくれた教師二人に、シロは元気いっぱいのお礼を伝えると、二人は微笑みながらシロを見送った。

 試験会場を出ると、そこにはルーシェの姿があり、よく見れば遠巻きルーシェを見る者が多数存在していた。


 シロは、


(むむっ、やっぱりルーシェおねーちゃん、人気者なのです……!)


 とか思った。


 まあ、間違いではない。

 少なくとも、アベリア学園において、ルーシェはかなりの有名人であり、それと同時にかなりの人気者だ。少なくとも、ファンクラブが存在するレベルで。


「ルーシェおねーちゃん!」

「あ、シロちゃん! お疲れ様! どうだった?」


 自身の名前を呼びながら駆け寄ってくるシロを見つけると、ルーシェは優し気な笑みを浮かべて駆けてきたシロを抱き留めた。


「バッチリ? なのです! えと、エレン先生には褒められて、トズマ先生には驚かれたのです!」

「へぇ~、あのエレン先生が……それに、トズマ先生が驚くって……シロちゃん、すごいね! じゃあ、今日は美味しいものをいっぱい食べよっか!」

「いっぱいですか!?」

「うん、いっぱい。お疲れ様会、っていうものだね。美味しいものを食べて、飲む、そう言う事をする場だよ。多分、今日試験を受けに来た人たちのほとんどはやるんじゃないかな」

「そうなのですか!? じゃあ、シロもやりたいのです!」

「うん、任せて。……じゃあ、早速行こっか」

「はーいなのです!」


 二人は、お互い笑顔で隣を歩きながら、学園を後にした。

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異能《仲良し》を持った可愛い娘の異世界学園ライフ! 九十九一 @youmutokuzira

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