5日記 試験
大体十分ほど、その状態が続き、ようやく二人は離れた。
「とりあえず……今日から私はシロちゃんのお姉ちゃん、ということになります」
「はいなのです! ルーシェおねーちゃんは、シロのおねーちゃんなのですっ!」
姉ができたことにより、シロは、それはもうテンションMAXである。
「というわけで、今後のことをお話ししましょう」
「はーいなのです!」
(うん、可愛い……)
「えっと、シロちゃんには二週間、ここで過ごしてもらうわけですが……」
「はい!」
「とりあえず、私にも今住んでいる場所があるので、ここで一緒に寝ることはできません」
「ふにゃ!? い、一緒じゃないのですか……?」
お姉ちゃんになったから、一緒に住める、そう思っていたシロであったが、そうではないと言われたことで、耳と尻尾がしゅん……とものすごく垂れさがり、ちょっと泣きそうになった。
「あ、ご、ごめんね!? で、でも、仕方ないことなの……この島で暮らす学園生はね、学生寮とか個人の家以外で寝泊まりする際、そのことについて申請しないといけない決まりになっているの」
「じゃ、じゃあ、シロがいやだから、じゃないのですね……?」
「当然! シロちゃんのことが嫌いになる人なんて絶対いないし、いたらお姉ちゃんが魔法で吹き飛ばしちゃいます!」
過保護丸出しのセリフである。
というか、既に自身のことをお姉ちゃんと言っている辺り、切り替えが早いし、なんだったらルーシェ本人もさぞかし、妹にしたかったのだろうと見受けられる。
「ルーシェおねーちゃん、かっこいいのです! たのもしいのです!」
「ふふ、だから何か困ったことがあったら、なんでも聞いてね? 可能な限り……ううん、シロちゃんのお願い事だったら、全力で叶えに行くから」
「はいなのです!」
「うん。……じゃあ、お話の続き。二週間の間、シロちゃんはここに一人で寝泊まりするわけだけど……私としては、シロちゃんがすごく心配なので、基本的に毎日ここに来ることにします」
「いいのですか!?」
ルーシェの申し出に、シロは嬉しそうに食いついた。
シロのその様子を見て、ルーシェは頷いてから話し出す。
「うん。だって、シロちゃん可愛いから、変な人に騙されないか心配だし……それに、シロちゃんはこういう大きな街に来るのは初めてだよね?」
「はいなのです! シロ、目移りしちゃうのです!」
「うん。だからこそ、私がここに行くわけです。私も別の場所で暮らしているから、寝泊まりが難しいし、何よりここは宿。学園長もシロちゃんの分しかお金を渡していないし、何より一人用で宿泊手続きがされています。それに、この宿自体、空きはあっても、そう簡単に泊まれません。だから私は、シロちゃんが問題ないように、寝るとき以外はなるべく一緒にいようと思います」
「じゃあじゃあ、シロ、ルーシェおねーちゃんと一緒にいられるですか!?」
「そういうことです。まあ、寝る時はさすがに一緒は無理だけど……その変わり、寝るまでは一緒にいてあげる」
「わーいなのです! シロ、いつも一人でねむっていたから、うれしいのですよ!」
「ふふっ、そんなに喜んでもらえると、私も嬉しいよ」
やはり、可愛いは正義。
ルーシェは心の中でそれを強く確信した。
学園に入る前ではあるものの、シロはきっと、かなりの人気者になるに違いない。というかなる。絶対。
「それで、続き……というか、シロちゃんは、寝るとき以外は私が一緒でいいかな?」
「もちろんなのです! シロ、ルーシェおねーちゃんと一緒がいいのですよ!」
「それじゃあ決まり! とりあえず、今日は到着したばかりで疲れたと思うから、このままここで過ごしてよっか」
「はいなのです!」
獣人族は体力が卓越しているが、それでもシロはまだまだ子供。
ルーシェはシロの体のことを考えて、今日は宿でのんびりすることにしたのでした。
◇
そうして、シロとルーシェの関係が姉妹のような関係になってから一週間と少し。
その間、二人は街を毎日探索する日々を送っていた。
シロが気になった場所へルーシェが連れて行き、食べたい物があればルーシェが食べさせ、欲しいもの……はほとんど言わなかったが、料理のレシピ本などをじっと見つめていた際は、ルーシェが購入した。
学園長からもらったカードがあるにもかかわらず、ルーシェが全て支払っていた。
それはなぜか。
その理由は単純であり、
『妹のためにお金を出すのは当然だから』
という考え方によるものである。
あの日から、ルーシェはそれはもう、シロをだだ甘やかすようになった。
シロもシロで、六年ぶりに自分を甘やかしてくれる人の登場で、一層ルーシェに懐いた。
とはいえ、何かを買ってもらうのはすごく申し訳なさそうにしていたが、ルーシェの押しが強くて結局出してもらっていたりする。
と、そのようなことがありつつ、入学試験の日がやってきた。
と言っても、シロの入学試験は特殊であるどころか、半ば強制合格みたいなものなので、大して問題ないのだが……(もちろん、あまりにも性格がアレだと判断された落とされる場合もある試験ではある)。
だとしても、かなりの数の人の集団に、シロはかなり緊張し、少々怖がっていた。
何せ、シロが住んでいた村には、さほど村人がいるわけではなく、こういった街に比べるといないに等しいレベルだったので、こうした人ごみに慣れていないのだ。
一応、この日までシロはルーシェと共に街を散策していたが、それでも人はまばらだった。
しかし、今学園の玄関口の前には大勢の人が集まっているのだ。
怖いと思っても仕方ないのである。
「し、シロも、あそこに混じってしけん、をするのですか?」
「ううん、シロちゃんは違うよ。シロちゃんは異能入学だね」
「異能入学、ですか?」
「うん。シロちゃんみたいに、異能保持者の人の入学方法のこと。他にも、一般入学と、推薦入学の二つがあるけど……とりあえず、シロちゃんは今は気にしなくてもいいことだね」
「わかったのです!」
気にしなくてもいいと言われたので、シロは言われたとおりに気にしないことにした。
「じゃあ、向こう行こう、シロちゃん。試験会場はあっちだからね」
「はーいなのです!」
通常なら、ガッチガチに緊張し、試験に備えて最後の確認(というなの悪あがき)をするのだが、二人はなんてことないように、にこやかに会場へ向かった。
そんな二人の様子を見ていた+会話を聞いていた試験を受けに来た者たちは、一部を除いてやや敵意の籠った視線を二人……というより、主にシロに向けていた。
しかし、シロはそれに気づいておらず、気づいていたのはルーシェのみであった。
◇
「着いたよ、シロちゃん」
「こ、ここが、試験会場、ですか?」
「そうだよ。最初は軽い面接……えーっと、お話をして、その後は実技をするの。といっても、シロちゃんはほとんど確認のようなことばかりだから、リラックスして受けてね」
「は、はい、なのですっ……!」
「うん。じゃあ、いってらっしゃい!」
「い、行ってくるのです!」
ルーシェに背中を押されて、シロは室内へと入って行った。
「し、失礼します、なのです……!」
ルーシェに教わった入出の挨拶をしてから、シロは中へと足を踏み入れた。
「ほっほ、こんにちは、シロちゃんや」
「あ、学園長さんなのです!」
そして、その先にいた学園長を見るなり、シロは安堵し破願する。
何せ、知っている人がそこにはいたのだから。
が、今回は試験――とは名ばかりの面談ではあるが――ではあるので、当然他にも人が二名座っていた。
一人はキリっとした瞳と、赤い髪のポニーテールが特徴の女性。
もう一人は、黒いローブを着た、穏やかな表情の男性だ。
「え、えと、よ、よろしくおねがいしますなのですっ!」
「うむうむ、元気があってよろしい。では、早速面接を始めよう。と、その前に……君たち、自己紹介をしてあげなさい」
「「はい」」
面接を始める前に、学園長は両サイドに座っている男女に自己紹介をするように促す。
「では、まずは私から。……初めまして。私は、この学園で主に剣術と体術を教えている、エレン・ファルガルドだ。今日は異能試験者の面接官兼、体術テスト担当だ。よろしく頼む」
エレンと名乗る女性は、立ち上がり、堅い印象を受ける自己紹介を行った。
無表情とまでは行かないが、堅い表情であるため、初対面の者たちはビビってしまう人が多いのだが……そこは、好奇心旺盛且つ、誰とでもすぐに仲良くできるシロである。
怖がるどころか、
「わわっ、カッコよくて綺麗なおねーさんなのです! えと、エレンおねーさん、ですね! よろしくおねがいしますなのです!」
むしろ、とても好印象であった。
「――っ! な、なるほど……これはなかなか……」
シロの真っ直ぐな好意を向けられ、エレンは一瞬表情を強張らせるも、すぐに納得したような表情を浮かべ、口元は微妙に笑んでいた。
「では、次は僕が。初めまして、僕は主に魔法や魔道具について教えています、トズマ・アーバインです。今回は、異能試験者の面接官兼、魔法技能を担当します。よろしくお願いしますね」
続いて、トズマと名乗る男性が、なるべく柔らかい印象を与えるような声音で自己紹介を行った。
優しい表情を浮かべており、初対面の人たちからも優しそう、という印象を与える。
尚、実はかなり強いのだが、優男な外見であるため、そう思われない。
しかし、
「はいなのです! とっても優しそうで強そうなのです! トズマおにーさんですね! よろしくおねがいしますなのです!」
シロはなんとなくそれを見破っていた。
「……ふふっ、これは驚きです。なるほどなるほど……」
シロの観察眼(?)により、トズマは嬉しそうな表情と共に、やはりこちらも何かに納得していた。
「うむうむ。では最後に、シロちゃんにも自己紹介をお願いしよう。この時、君の夢についても語ってほしい。できるかの?」
「はいなのです! えと、シロ・ミャールドといいます! 十一歳です! ティルク大陸から来ました! 夢は、ここでたくさんのことを学んで、外の世界を旅して、いろいろなことをけいけんすることです!」
シロは元気いっぱいに、笑顔で自己紹介と夢を語った。
それを訊いた三人は、頷きながら何かをメモしていく。
「ありがとう。では、ここから我々が質問をするから、シロちゃんはそれに素直に答えるように」
「はいなのです!」
「では、最初の質問は儂から。シロちゃんは、どうしてこの学園に来ようと思ったのかな?」
「えと、シロ、ここのことを知らなかったのです。でも、ルーシェおねーちゃんがシロを見つけてくれて、ここを教えてくれたのです。お話を聞いて、シロはここでいろいろなことをお勉強できると思ったらから、来ようと思ったのです!」
最初の質問は、学園に来た理由。
シロは、正直に、自分の持っている言葉を使って、理由を語った。
「ふむふむ……」
「では、次は私から。……今しがた、君が語った夢は、世界中を旅すること、そうだな?」
「は、はいなのです」
「では当然、危ない目にも遭うということも理解している事だろう。君は何か、戦闘技術や護身術の類は習っているのだろうか?」
「え、えと、村のおじちゃんがちょっぴり戦い方を教えてくれたのです」
「ふむ……。では、この学園に通うとなると、簡単な戦闘技術に関する授業を強制的に受けることになる。それについては、大丈夫だろうか?」
「はいなのです! シロ、いっぱいいろんなことをお勉強したいのです!」
「ふふ、そうか」
エレンからの質問は、戦闘に関する物であった。
その内容は、シロ自身に戦闘技術があるのかどうかと、強制的に戦闘系の授業があるという事に関するものであった。
シロはそれに対し、前者は少しだけ教わったと答え、後者は嬉しそうに学びたいと答えた。
前者はともかく、後者の答えに、エレンは小さな笑みを浮かべた。
何せ、こういう質問をすると、大抵の者は少し委縮してしまうからだ。
故に、シロのように前向きな生徒は、エレンとしてはとても好印象なのである。
「じゃあ、次は僕から。シロちゃんは、魔法が使えるかな?」
「魔法……えと、シロ、魔法はならったことがないのです……でも、おともだちがいつもきょうりょくしてくれたのです!」
「お友達?」
「はいなのです! 森でいつも一緒にあそんでいたおともだちです!」
「ふむふむ……。ちなみに、この学園では魔法を学ぶ授業があってね、その一部の授業を、エレン先生が話したように、強制的に受けなければいけません。シロさんは、魔法を学びたいですか?」
「はいなのです! シロ、魔法をいっぱいいっぱい使えるようになりたいのです!」
「ふふ、なるほど……」
トズマからの質問は、魔法に関することだった。
魔法が使えるかどうかという質問と、魔法を学ぶ授業を必ず受けなければならない、というもの。
前者に関して、シロは学んだことはないと答えつつも、森の友達が協力してくれる、という回答をした。
これに少し、疑問を抱きつつも、ほんの少しだけ魔法が使えるのかもしれない、と思うことにして、次の質問である授業についてを尋ねた。
結果は、やはりというか、笑顔で授業を受けたいという回答であった。
実はこの学園、ある一定の期間までは、とある三教科が必修科目として存在しており、その内の二科目がエレンの受け持つ戦闘学と、トズマの受け持つ魔法学。
魔法学についても、戦闘学と同じように一定数、苦手意識を持つ者がいるため、こうして好意的に捉える者は、トズマからするとかなり喜ばしいことなのだ。
「では、次じゃが――」
一人一人、交代でシロに質問を投げかけて行き、シロは質問に対して、素直に、そして元気いっぱいに答えて行った。
その様が、三人からはなかなかの好印象であり、途中から雑談を挟むほどにまでなった。
そうして、最後の質問が投げかけられる。
「さて、最後に……シロちゃん。君はこの学園に入った暁には、一体何をしたいのかね?」
と。
つまるところ、一番基本的で、一番重要な質問である。
異能を保持している段階で、入学がほぼ確定してはいるが……それはそれとして、入学者の意思を見極めなければならない。
やる気のない者を入れても、何か問題が起こり、いらぬ軋轢を生むだけだ。
それ故の質問。
それに対してシロは、一瞬だけ考える素振りを見せた後、にぱっと笑って質問に対する答えを口にした。
「シロは……この学園でたっくさんお勉強して、たっくさんのことをできるようにして、それで……世界中を旅して、いろんなことをけいけんして、いつか……本を、書きたいのです! だから、ここでしか知ることができないことや、けいけんできないことをけいけんして、それを夢に活かしたいのです!」
そう、シロの夢は、本を書くこと。
自分の人生は狭かった。
小さな村の中で生きて来て、途中からは一人で暮らし、村の人たちに愛されながらも、シロは外の世界への憧れを抱いていた。
そして、いつか外の世界へ足を踏み出せた日には、シロはそのことを本にしたいと思った。
それが、シロの大切な夢であり、いなくなった両親への誓いでもあった。
「……なるほど、のう。うむうむ、実に良い夢じゃな。それに、この学園でしか学べないこと、か」
シロの答えを聞き、学園長は優しい笑みを浮かべた。
純粋で真っ直ぐな答えに、学園長はとても満足した。
それは、他の二人も一緒である。
「うむ! これにて面接を終わりにする! お疲れ様じゃ、シロちゃん」
「はいなのです! ありがとうございましたなのです!」
「うむ。……では、後は任せよう。儂も、他の者たちの面接もあることじゃからな」
「わかりました。お任せください、学園長」
「では、頼んだぞ」
そう言って、学園長は部屋を退出した。
残されたのは、シロとエレン、トズマの三名。
最初に口を開いたのは、エレンだった。
「それでは、まずは体術のテストをする。シロ君、付いてきなさい」
「はーいなのです!」
「では、僕も見学をするとしましょう」
「あぁ。もし怪我をした時は……」
「わかっています。すぐに治療魔法を使いますよ」
「助かる。トズマ先生は頼りになるよ」
「ははは、そもそもエレン先生がテストするなら、怪我を負うような状況なんて起こらないでしょう」
「ふっ、未来ある若者に怪我をさせるわけにはいかないからな。……よし、シロ君、こっちだ」
不敵に、そしてどこか楽しそうに笑いながら、先を歩くエレンの後を追った。
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