4日記 ルーシェの提案

「というわけで、シロちゃんの当面の宿はここになります!」

「ほわぁ~~っ……お、おっきくて、きれいなのです!」


 数分後、学園を出て、シロが案内されたのは、やたらめったら豪華な外見の建物であった。


 宿、と言われたので、シロはてっきり、木造でできた平凡なものを予想していたのだが、案内されたのは、どう見ても偉い人たちが泊まるような、そんな外観の建物であった。


 絢爛豪華、というわけではないが、シンプルながらも気品を感じるデザイン。

 入口は重厚そうな扉で、とある事情によりガラスの透明度が増してきているこの世界において、最高レベルの透明度を持ったガラス。


「ルーシェおねーさん、ここにシロは泊まるのですか?」

「うん。なぜかわからないんだけど、ごく普通の宿が軒並み満員みたいでね。だから、シロちゃんにはここで過ごしてもらおうかなって。あ、もちろん学園長が指定した場所だから、お金の心配もしなくていいよ」

「……でも、ここ高そうですよ?」

「シロちゃん」

「はいなのです」

「高そう、じゃなくて、高い、だよ」

「ひぅっ!?」


 ルーシェのその発言に、シロは短い悲鳴を漏らした。

 そう、何せシロは、つい最近まで、ごくごく平凡で、のどかな村にて暮らしていた小さな子供なのだ。


 それがいきなり、どこかの国の首都顔負けレベルの街にやってきて、さらには高級宿らしき場所に案内されれば、委縮するのは至極自然なことであり、仕方のないことなのである。


「で、でもシロ、変なことしないか、しんぱいなのです……」

「大丈夫。シロちゃんだったら、変なことなんて起こらないよ」

「ほ、ほんとですか……?」

「うん、本当本当。少なくとも、シロちゃんに対して、敵対心を持つような人はいないって私は思うよ」

「……る、ルーシェおねーさんがそう言うなら……」


 何か粗相をしてしまうのではないか、という心配に対して、ルーシェはシロが持つ異能から、何も問題はないだろうとシロに告げる。


 何せ、初対面時の警戒心を下げる、という能力である以上、まず変なことが起こる事はないだろうからだ。

 というか、シロの性格だったら間違いなく、色々な人に好かれると思う。

 そう、あたりを付ける。


 それに、今回この宿に泊まることになったのは、間違いなく運が悪かったこと。

 学園長自身がここでいいと言っているのならば、責任は学園長が取ってくれるだろう、という打算めいた確信もあった。

 少なくとも、約二年で知った学園長の性格や考え方等を考慮すれば、少なからず外れることはない、そう思っている。


「さ、とりあえず入ろっか。チェックインをしないとだし」

「は、はいなのですっ……!」


 ガッチガチに緊張しながらも、シロはルーシェと共に中へ入った。



「いらっしゃいませ。ようこそ、レクエルドへ」


 シックな色合いで整えられたロビーへ入ると、正面の受付カウンターにいる女性スタッフがにこやかな声と表情と共に、二人を出迎えた。


 ふわぁ~……、と綺麗な内装に目移りシロを微笑ましい気持ちで見ながら、ルーシェはシロの手を引いてカウンターへ歩く。


「すみません、この子のチェックインをしたいのですが……」

「かしこまりました。お名前をフルネームでお願いいたします」

「はい。シロちゃん」

「は、はいなのですっ……! し、シロは、シロ・ミャールドと言うのですっ」

「かしこまりました。シロ・ミャールド様ですね。確認いたします」


 シロの一生懸命な様子に、スタッフは先ほど以上ににこやかな表情を浮かべると、シロの予約を確認し始める。

 たった数分の間に、学園長が予約しておいたのである。

 この島を開拓し、アベリア学園の学園長ともなると、かなりの地位になる。

 故にできる芸当であると言える。


「確認が取れました。シロ・ミャールド様、こちらの鍵をどうぞ」

「んと、これは?」

「こちらが、シロ・ミャールド様がご宿泊なされるお部屋となります。シロ・ミャールド様から正面向かって右手の通路をまっすぐお進み頂くと、魔昇降機がありますので、そちらにお乗りになってください。中へ入りますと、数字が書かれたパネルがありまして、、パネルにあります、十の数字を押していただくと、宿泊するお部屋のあるフロアに到着いたします。その後は、鍵に書かれております数字と同じお部屋へお入りください。宿泊期間は今日から二週間となります。ごゆるりと、おくつろぎくださいませ」

「は、はいなのですっ! ありがとうなのですっ!」


 ゆっくり、且つ丁寧な説明に、シロは緊張したものの、すぐさまお礼を述べた。

 そしてそのすぐ後に、


「えと、えと……おねーさん、おしごとがんばってなのですっ!」


 にぱっ、と眩しい笑顔と共にそんな応援の言葉をかけた。


「――っ!」


 まさかの純粋な応援に、女性スタッフは思わず面食らうも、その直後には感動したような表情で、


「はい、ありがとうございます、シロ・ミャールド様。精一杯、おもてなしさせていただきます」


 と、心の底からの感謝ともてなすことを伝えた。

 普通にお礼を返され、嬉しくなったシロは、再びにこっと笑うと、


「じゃあ、シロも全力でたのしむのです!」


 そう宣言した。


「……あ、無理、尊い……」

「……シロちゃん、それは尊すぎだよぉ……」


 これには、スタッフの女性だけでなく、一緒にいたルーシェにもクリーンヒット!

 女性スタッフは今にも昇天しそうな表情で、ルーシェはあまりの純粋さに床に膝を付けそうなほどであった。

 なんと言うか、可愛さが半端ない。


「シロ、さっそくお部屋に行ってくるのです!」

「はい、ごゆっくりどうぞ」

「はいなのです! ルーシェおねーさん、行くのです!」

「あ、うん。それでは」

「はい」


 ルーシェも最後に軽く会釈をして、二人は魔昇降機に乗った。


「……あの子、尊すぎ……。それにしても、アベリア学園の学園長直々に予約するなんて……どこの貴族様なんだろう? 獣人族だったけど……まあ、可愛かったからいっか! 私の今日からの推しはあの子ね!」


 と、知らない間にファンを増やしていたシロであった。



「ふわぁ~~~っ! こ、ここが、シロが二週間過ごすお部屋ですか!?」


 魔昇降機に乗り、説明を受けたフロアで降りた二人は、鍵の書かれた数字と同じ番号の部屋へ足を踏み入れた。

 そして、そこに広がる光景に、シロのテンションがMAXに。


「うわ~、学園長、奮発しすぎだよ……」


 と同時に、自分が通う学園の長の奮発っぷりに、ルーシェは軽く引いていた。


 何せ……まるで、どこかの王族が泊まりに来たんじゃないか、というレベルで内装が豪華だったからだ。


 とある場所での文化を取り入れているのか、この宿……というより、この島における宿や家の中に関して、基本的に土足ではなく、靴を脱いで上がるという文化が根付いていた。


 なんでも、その方が室内を清潔に保てるから、だそうだが、一体どういった経緯でこの文化が入ってきたのかは、一部の者しか知らない事柄であるからして、ここでは割愛となる。


 閑話休題。


 部屋に入ったシロとルーシェが目にしたものは、これまた落ち着いた色合いの家具や、絵画、装飾品で飾られた内装。

 ふかふか、ふわふわな肌触りの絨毯に、体をしっかりと受け止め、安定した姿勢で座ることのできるソファ。

 シンプルな造りながらも、天板は淡い赤のガラスでできている。

 さらに、奥にあるベッドは寝転ぶと、全身が沈み込み、自分の体や体勢に合わせて形を変えて、快適な睡眠を得ることができるであろう、造り。

 その近くには、飲み物を冷やしておくための、冷蔵庫なる魔道具が置かれている。

 さらには浴室も完備されており、スイッチ一つで内装の景色が変わり、まるでそこにいるかのような体験ができ、その中での入浴ができるという、かなりの物が備え付けられていた。


 そして、なんと言っても、この部屋の目玉は、バルコニーだろう。

 ひとたび窓を開けて、バルコニーへと躍り出れば、綺麗な街並みと、その先に見える見事なスカイブルーの海を見ることができる。


 なんとも豪華且つ、見事な景色が見渡せる部屋である。

 そんな部屋に泊まることになったシロはと言えば……


「こ、ここっ……怖いのですぅぅぅぅぅぅぅ!」


 恐怖であった。

 あまりにも豪華すぎる内装に、辺境ののどかな村に住んでいた子供は、その別世界にしか見えない部屋に怖がり、思わずルーシェに抱き着いていた。


「あー、シロちゃん、大丈夫?」

「む、むりですぅ! こ、怖いのですよぉ! し、シロ、ここで二週間過ごすのですかぁ……!?」

「そうなる……かなぁ」

「む、むりなのですよぉっ! シロには早すぎるのですぅっ! も、もっとふつうな場所がいいのですっ!」


 と、今にも泣きだしてしまいそうな表情で、必死にルーシェに懇願するシロ。

 そのあまりにも必死な姿が、ルーシェの姉心と呼ぶべき場所にクリーンヒットッ!

 ルーシェの庇護欲をガンガン刺激してくる。


「そ、そうは言っても、色々と難しいし……」

「うぅ……(うるうるとした瞳)」

「はぅっ!」


(ま、待って待って! シロちゃんのその涙目+上目遣いのコンボは反則だよ! わ、私、別にロリコンじゃないのに、何かに目覚めそうなほどの破壊力っ……! こ、これが獣人族……!)


 ルーシェ、なんかもう、理性のダムに限界が来そうである。

 正直なところ、今すぐにシロを抱きしめて、もふもふして、抱き枕にして寝たい、と思ってはいるものの、さすがにそんなことをしたら、自分を慕ってくれているシロに申し訳がないし、嫌われしまいそうなので、ルーシェは全力で欲望を抑え込んでいる。


「……あ、そ、そうだ! シロちゃんに、これをあげるよ!」


 どうしようかと悩んでいたルーシェだったが、いい案が思いついたらしく、カバンの中から長方形の板のようなものを取り出し、シロに手渡した。


「えと、これはなんですか?」


 突然渡された板のようなものに、シロは小首をかしげる。

 見たところ、黒の水晶のようなものでできているらしいこと以外は、これといって不思議なところがない。


「これはね、つい最近この世界で少しずつ普及し始めている、水晶式小型遠隔感応魔道具、通称スイマだよ」

「すいま?」

「うん。まあ、名前がちょっと眠気でもあるのかな? みたいな名前だけど、これ、すごく便利でね。今は、メール……手紙のような機能と、通話の機能しかないけど、これがあればその場にいない人と話すことができるの」

「そんなものがあるのですか!?」


 その場にいない人と会話ができる、という機能を持った魔道具の登場に、シロはそれはもう驚いた。

 あと、会話ができる、という点に引かれたのか、ふりふりと尻尾が揺れていた。


「うん。といっても、今はほとんど試作段階みたいなもので、持っている人はあまりいないんだけど……」

「そうなのですね! ……あれれ? じゃあ、どうしてルーシェおねーさんは持っているのですか?」

「……あ、あー、それはまあ、色々とあって……ね? その辺りは気にしないで貰えると……」


 あまり詮索してほしくない、と言わんばかりに言葉を濁すルーシェ。

 大抵の者なら怪しむところだが、シロは純粋なとてもいい子だった。


「わかったのです! ルーシェおねーさんにもひみつはあるはずなのです! だから、シロはきかないのですよ!」


 聞いたりしない、そう言ったのである。


「ありがとう、シロちゃん」


 色々と、ルーシェは秘密を詮索されるような状況が何度か……ではなく、実際のところ何度もあり、シロのように詮索しない者というのはかなり少数派だった。

 何せ、ルーシェは魔女。つまり、魔法に関する知識は豊富である上に、技量も確か。

 ルーシェ本人の強さや、知識量からして、本来なら、学生になっていることがおかしいとさえ言われるほどだ。

 まあ、この辺りは本人に様々な事情があるのである。


「それで、ついさっきも言ったけど、シロちゃんにはそれをあげる」

「い、いいのですか!? これ、とっても高いのでは……?」


 少なくとも、安い者ではないとわかり、シロは本当にもらってもいいのかと、遠慮がちになる。


 とはいえ、ルーシェからのプレゼントであるため、シロの本心的には今にも飛び跳ねそうなくらい嬉しいことだったりするが。


「う~ん……高い、かどうかと訊かれると……まだ試作段階の物が出回っているだけで、値段はついていないの。だから、気にしないでいいよ」

「そうなのですね! じゃあじゃあ、これがあれば、ルーシェおねーさんとお話ができるのですね!?」

「うん、そういうこと♪ お互いの魔力波形を登録しないと、通話はできないけど……今それをしちゃおっか」

「はーいなのです! ……でも、まりょくはけい? って、なんなのです?」

「安心して。わかりやすく説明してあげるから」

「はいなのです! おねがいしますなのです!」

「お願いされました。……じゃあ、早速説明するね。魔力波形っていうのは――」


 ここで、魔力波形による説明がルーシェからなされた。

 魔力波形とは、簡単に言ってしまうと、一人一人が保有する魔力の色と波のことを指す。


 一人一人、というからには当然、人の数だけそのパターンは存在し、全く同じ波形の者というのは実在しない。


 この魔力波形を構成するのは、主に色と波の強弱、そして動きの計三つだ。

 例えば、赤色の魔力の色を持つ者が三人いたとして、その三人は残る二つの項目の内、一つが同じであったとする。


 しかし、どうしたってもう一つは違う物となるわけだ。

 弱い動きの波を持つ者もいれば、逆に強い流れの者もいる。

 くねくねとした蛇のような動きをする者もいれば、雷のようなジグザグとした動きの者もいる。

 これらが同じになる、などという事は決してなく、色だって全く同じ、ということはほぼない。


 同じ赤であったとしても、細かく見ていくと全く違っており、ピッタリ同じ、などというものは見つからないのだから。


 言ってしまえば、その人物だけのオンリーワンなもの、ということになる。


 この魔力波形が解明されると、様々な魔道具に使われるようになっていった。


 今回、シロがもらった水晶式小型遠隔感応魔道具もそうだ。

 魔力波形が発見され、真っ先に作られたのがそれを識別するための魔道具だ。

 何せ、これがあれば偽物かどうか、かなりの精度で見分けられるのだから。


 ……まぁ、世の中には当然、抜け穴を作ろうと躍起になるバカたちもおり、偽装する方法を編み出し、そしてそれを対策し、偽装を編み出し、といたちごっこが水面下で行われているが、そこは気にしない。


「――と、こんな感じかな。どうかな? ちょっとだけ難しかったかもしれないけど……大丈夫?」

「はい、大丈夫なのです! つまり、シロにはシロの、ルーシェおねーさんにはルーシェおねーさんの魔力があるということなのですね!」

「うん、正解! シロちゃんはかしこいね~」


 シロのかみ砕いた回答に、ルーシェはご褒美のように頭を撫でる。


「うにゃぁ~~……」


 頭を撫でられたシロは、気持ちよさそうに目を細め、そんな声を漏らす。

 今にも蕩けそうである。


(か、可愛い……やっぱり、猫人だから、撫でられるのが好きなのかな……? じゃ、じゃあこっちはどうなんだろう)


 そう思いながら、ルーシェはごくり、と生唾を飲み込むと、頭を撫でていた手を放して顎辺りへ移動させる。

 そして、ごろごろ~、と普通の猫にすると気持ちよさそうに鳴く場所を撫でたら、


「にゃぅぅ……ふにゃぁ~~……」


 それはもう、気持ちよさそうにしていた。

 顔はとろ~んとし、今にも脱力して眠ってしまいそうなくらいである。


(……あ、どうしよう、これ、病みつきかも……)


 あまりに可愛らしい反応に、ルーシェの理性のダムは今にも結界寸前だった。

 そして、ある一つの欲望が生まれてくる。

 なんとかその欲望を抑えようとしたルーシェだったが……悲しいかな、もとより結界寸前だった理性のダムに、新たな衝撃を加えられたため、欲望を抑えることができなかった。


「……ね、ねぇ、シロちゃん」

「にゃんでしょぉ~~~……」


(その反応は反則すぎるよぉっ……!)


「こ、こほんっ。え、えっと、ね? シロちゃんって、私のことを『ルーシェおねーさん』って呼ぶよね?」

「はいぃ~~……」

「だ、だから……その、ね? シロちゃんがよかったら、なんだけど……あの、わ、私のこと、お、お姉ちゃん、って呼んでみないかな……?」


(あぁ、言っちゃった! 言っちゃったよ! し、シロちゃん、引いてないかな……? 嫌いになってないかな……? 大丈夫かなぁ……!?)


 お姉ちゃんって呼んでほしい、遠回しに放った言葉に、ルーシェは内心焦りまくりであった。

 出会ってから、そう日が経っていないとはいえ、ルーシェはシロに対して並々ならぬ親愛の感情を抱いていた。


 こんなに可愛い女の子が、自分を慕ってくれている、なら自分もこの子を護らないと……!


 みたいな。


 まぁ、親愛というよりかは、どちらかと言えば過保護になっているだけだが……その辺りは、本人も初めての体験なので、あまり理解していないだけだ。

 一人っ子なので。


「おねーちゃん、ですか……?」


 と、ルーシェの申し出を受けたシロは、とろ~んとしていた表情から一変。

 驚きの表情で固まっていた。


 あ、これは失敗したか……? ルーシェは酷く失敗した気持ちになり、やっちまった、という気持ちが自身の心の中を埋め尽くす。


 ……が、その気持ちは杞憂であった。


「……る、ルーシェおねーちゃん……」

「……んぇっ!?」


 恥ずかしそうに、けれども、とても嬉しそうな声音で、シロはルーシェのことを、おねーちゃんと呼んだのだ。

 まさかの言葉に、ルーシェは思わず変な声を上げてしまった。


「……えと、し、シロ、その……家族がいないですから、ルーシェおねーちゃんが、そう言ってくれてとっても、うれしい……のです……ぐすっ」

「え、ま、待って!? どうして泣くの!?」


 途切れ途切れになりながらも、理由を話していくシロは、次第に涙声になっていき、最後にはぽろぽろと涙を零し始めていた。

 まさかいきなり泣き出すとは思わず、ルーシェはあわあわする。

 何分、一つ、二つ下程度の子供が泣くという状況に立ち会ったことはある物の、五つ以上も離れた子供が泣くという状況に慣れていないのだから、仕方ないと言える。


「だ、だって……し、シロ、ルーシェおねーちゃんと出会って……うぅっ、ここに、来るまでの小さな旅をして……その時にルーシェおねーちゃんは、シロをずっとまもってくれました……シロに、おねーちゃんがいたら、きっと、ルーシェおねーちゃんみたいな人なんだって思って……でも、ルーシェおねーちゃんはほんとうのおねーちゃんじゃなくて……だ、だから、おねーちゃんって呼んでいい、って言われて……し、シロ、う、うれしく、って……ふえぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」


 たどたどしくも、自分の気持ちを吐露していくシロだったが、最後は堪えきれずに思いっきり泣きだした。


「シロちゃん……」


 そんなシロを見たルーシェは、そこまで思ってくれていたことに対して、とても嬉しい気持ちになるのと同時に、もう少し早く言っていればよかったと、軽く後悔していた。


 ルーシェは、シロと出会ってから、この島へ来るまでの間の二週間の小さな旅の間で、短いながらも二人は非常に仲良くなった。

 何せ、シロ的には、日中だけでなく、朝と夜に一緒にいてくれる人というのは、六年ぶりであったからだ。

 しかもその相手が、自分を護り、可愛がってくれるとあって、それはもう懐いた。


 しかし、相手はあくまで自分を学園に連れて行ってくれる人間であって、ずっと一緒にいてくれるような関係性でもなく、自分の家族でもない、そんな人であることも、幼いながらに理解していた。


 実はシロ、一週間を超えたあたりから、ルーシェのことを実の姉のように思い始めていたのである。

 しかし、先ほどの考えにより、出会った時からの『おねーさん』呼びのまま。

 それでもいい、とシロは思っていたのだが、やはり心の底では実の姉のように接したかったのだろう。

 結果、ルーシェに言われたことで、それが止めとなった。


「……それじゃあ、シロちゃんは、私のことをその……お姉ちゃんって、思っているのかな?」

「……ぐすっ、はい、なのです……」

「そっか。……ふふっ、なんだか嬉しいな」

「うれしい、ですか……ひっく」

「うん。私、弟とか妹が欲しかったの。実際、生まれてくる予定だったんだけど……まあ、色々あって、生まれてこられなかったの」


 悲しそうに笑いながら、ルーシェ自身の過去に触れた。

 しかも、なかなかに重い話題を。


「そう、なのですか……?」

「うん……。だからかなぁ。もしも、私に弟か妹がいれば、きっとシロちゃんみたいだったのかなぁ、なんて思っちゃったりして」

「……ルーシェおねーちゃん……」

「だから、私もシロちゃんが私のことを、おねーちゃん、って呼んでくれるのは……とっても嬉しいよ。あと、姉のように思ってくれていたことも。それも、出会ってからこんなに短い期間で」


 シロの本音を聞いたルーシェは、自分の本音も語った。

 自身も、シロのことを弟とか、妹のように思っていた、ということを。

 それを聞いたシロは、みるみるうちに表情を明るくさせ、同時にぼろぼろと涙を流す。

 そして、


「~~っ! ルーシェおねーちゃん!」

「わわっ! ふふっ……よしよし」


 感極まってシロはルーシェに抱き着いた。


 いきなりのこと+獣人族の高い身体能力が合わさった勢いのある抱き着きの行動に、ルーシェは一瞬後ろに倒れそうになるも、瞬時に身体強化の魔法を使用して、その場で踏み止まった。


 そして、ぐりぐりとお腹に顔をうずめるシロの頭を、慈愛に満ちた表情で撫でた。

 その光景はまるで、仲のいい姉妹のようであった。


「……じゃあ、今日から私は、シロちゃんのお姉ちゃんになろうかな?」

「い、いいのですか……?」

「もちろん。私、この二週間でシロちゃんのこととっても気に入ったし、何より……シロちゃんを護らなきゃ、って思ったから」

「……ルーシェおねーちゃんっ!」

「うん、シロちゃん」

「ルーシェおねーちゃん! ルーシェおねーちゃん!」


 ルーシェの言葉に嬉しさが限界突破したシロは、それはもう、さらに強く抱き着いた。


 それはもう、ぎゅ~~~っ! と。


 そして、自分を姉と言って抱き着いてくるシロに対し、ルーシェも嬉しくなって頭を撫で、ぽんぽんと頭を軽く叩く。

 そうすると、シロはとても嬉しそうな声を出す。

 それがなんだか面白くて、ルーシェはしばらく、そうしているのだった。

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