3日記 学園長との対面

「はわぁ~、これが学園なのですね! 色々な人がいるのです! でも、あれは何をしているのです?」


 校舎内に入った後、シロはルーシェに連れられて、校舎内を歩いている。

 その途中、色々な部屋で何やら紙に向かって何かを書いている人たちが多くいるのを見つけて、シロはそれを質問していた。


「あれはね、テスト、っていうの」

「てすと?」

「うん、テスト。今やっているのは、一年間の勉強の成果を見せるものかな」

「そういうのがあるのですね」

「シロちゃんも入学したらやることになるかな」

「そうなのですね! シロ、がんばるのです!」

「ふふ、その意気だよ。……さ、到着したよ」

 話しながらの移動であったため、あっという間に目的に到着。

 そこには、学園長室、と書かれた札が上にかかっていた。

「がくえんちょーしつ?」

「ここにはこの学園で一番偉い人がいるの」

「にゃにゃっ!? そうなのですか!?」

「うん。まあ、怖い人じゃないから安心して」


 そう言ってから、ルーシェはコンコン、と扉をノックして声をかける。


「学園長先生、ルーシェです。ただいま戻りました」

『入りなさい』

「失礼します。……さ、シロちゃんも一緒に」

「は、はいなのですっ……!」

「ふふ、緊張しなくても大丈夫だよ」


 少し緊張で堅くなっているシロに、ルーシェは安心させるようにそう言う。

 しかし、シロは初めて会う偉い人、という存在に緊張を隠すことができなかった。

 これは仕方ないかな、と思いながら、とりあえず二人で学園長室に入る。


「良く帰ったのう、ルーシェ・ジュアルド。して、成果は?」

「はい、才能保持者を見つけました。例の噂の子で間違いありません」

「ほっほ、そうかそうか! して、その子というのは……君の後ろに隠れている子かな?」


 学園長に指摘され、自身の後ろに視線を向けると、たしかにそこにシロがいた。

 ぷるぷると震えているというおまけ付きで。


「あれ? シロちゃんいつの間に私の後ろに?」

「だ、だって、ちょっとだけ怖くて……」


(……あ、これはむりぃ……これは可愛すぎるよぉ……!)


 ぎゅっとルーシェの服の裾を掴みながら、怖がっているシロが可愛く、さらにそれが怖いから、という理由であるというのがルーシェの庇護欲を刺激した。

 とはいえ、さすがにこのままというわけにもいかないので……。


「大丈夫だよ、シロちゃん。学園長先生はとってもいい人だから、安心して? ね?」

「……あぅぅ、る、ルーシェおねーさんが言うのなら……」


 ルーシェに言われ、シロはルーシェの後ろから恐る恐るといった様子で出てくる。


「おや、随分と可愛らしい子供が来たものじゃな」

「は、はは、初めましてっ、し、シロは、シロ・ミャールドというのです! よろしくおねがいしますなのです!」


 まだちょっと恐怖心(?)が残っているものの、シロは勢いよく自己紹介をし、学園長はそれを微笑まし気な眼差しと表情でうんうんと頷いた。


「ほっほ! 怖がりつつも、元気いっぱいに挨拶とは……ふふ、これはかなりいい子のようじゃな。どれ、シロちゃんと言ったかな?」

「は、はいなのです……!」

「君は、甘いものが好きかね?」


 名前を呼ばれて緊張で体を強張らせるシロだったが、学園長の質問にふにゃ? と小首をかしげた。


「えと、甘いものは好き、ですけど……」

「そうかいそうかい、それはよかった。では、シロちゃんにこれを上げよう」


 そう言うと、学園長はぽんっ! とどこからともなく、棒に突き刺さった渦巻き状の物を出現させ、それをシロの目の前に移動させた。


「これは……?」

「それはキャンディーというものじゃな。とっても甘いお菓子でな、舐めて食べる物じゃ」

「い、いいのですかっ?」


 甘いお菓子、と聞いた瞬間、シロの目が爛々としだした。

 しかし、貰ってもいい物かどうかわからず、シロは手にしようとはせず、もらってもいいか尋ねた。

 それに学園長は優しい笑みを浮かべて頷く。


「あ、ありがとうなのですっ! いただきます、なのです!」


 貰ってもいいということになり、シロは嬉しそうにキャンディーを掴むと、早速舐め始める。


「ぺろぺろ……ふにゃぁ! これ、とっても甘くておいしいのです!」


 そして、たった一舐めですぐにシロはキャンディーの虜になった。

 ぺろぺろ、ぺろぺろ、ととても幸せそうに表情を緩めて、舐める姿はなんとも可愛らしい。


「ほっほっほ! 美味しいかい?」

「はいなのです!」

「そうかいそうかい。……さて、ルーシェよ。今回の調査の結果をお願いしよう」


 好々爺然とした姿から一転、真面目な表情に変えて、学園長は今回のルーシェの捜査の結果報告を命じた。

 それに、ルーシェも凛とした表情に変えて、頷くと話し出した。



「――というわけです」

「なるほどのう、数多くの精霊と遊び、村では村人全員から愛されていた、と。ふむ……ちなみに、ルーシェは初対面時、どう思ったのかね?」

「私、ですか? そうですね……一目見た瞬間から、すでに好感を得ていましたが……」


 初対面時にどう思ったか、ということを尋ねられるとは思ってなかったルーシェは、一瞬面食らうものの、すぐに答えを告げた。


「なるほど……どうやら、今回の異能保持者は、かなりとんでもない存在かも知れぬな」


 その答えだけで、なぜかとんでもない存在と導き出す学園長に、ルーシェはどういうことかと少し怪訝な表情を浮かべた。


「それはどういう……?」

「まあ、調べればわかることじゃ。……シロちゃん、少しいいかね?」

「ぺろぺろ……あ、はい、なのです! なんですか?」


 可愛らしく、小さな舌でキャンディーを味わい、それはもう幸せそうな顔をしていたが、学園長に呼ばれ一旦舐めるのを止めて、学園長の方を向く。


「この紙に君の唾液を垂らしてくれるかのう?」

「だえき?」

「あー、唾の事じゃな」

「つ、唾、ですか?」

「うむ。シロちゃんの異能を知るために必要なことでな」

「そういうことでしたら、いいのですよ! えと、じゃあ……」


 ほんのわずかに躊躇いを見せたものの、自分のこと知るのに必要と言われたため、シロはすぐに言われたとおりに手渡された紙に唾を垂らした。

 すると、それは瞬く間に紙に染み込んでいき、徐々に文字が紙に浮かび上がってくる。

 その内容がいまいち理解できなかったシロは、それを学園長に手渡す。


「これでいいのですか?」

「あぁ、問題ないよ。では、早速確認じゃな。……ふむ、なるほど……これはっ!」

「学園長、一体何が書かれていたんですか?」

「……ルーシェ、君も見ておいた方がいいじゃろう。こちらへ」

「はい……」


 見ておいた方がいい、というのは一体どういうことなのか、そう思って学園長の近くへ歩いていき、手渡された紙に視線を落とす。

 そこには、こう書かれていた。


『シロ・ミャールド 異能《仲良し》』


 とても、可愛らしい異能名だった。


(なんと言うか……シロちゃんにぴったりの才能……それで、効果の方は…………って、こ、これはっ!?)


 内心、シロにぴったりだと微笑ましくなったものの、シロの才能の効果を見た瞬間、ルーシェの顔は驚愕に染まった。

 何せ、その能力がとんでもないものであったからだ。


『どんな存在とも仲良くなることのできる異能。人間、魔族、獣人だけでなく、精霊や魔物、ドラゴンといった者ともすぐに仲良くなることができる。初対面時において、警戒度を著しく低下させ、敵意も相手の度合いにもよるが、下げる効果も持つ』


 という、一見すると説明は可愛らしく、平和的な物に見えるのだが、これが事実であるとすれば……非常に厄介なことになりかねない情報が記されていた。

 そして、それを把握したところを見計らって、学園長が言葉を発する。


「おそらくじゃが、多数の精霊と同時に遊ぶことができた、というのは間違いなくこれが原因じゃろう。しかも、対象が全ての生物、ということで間違いあるまい。故に……使役者としては、とんでもない才覚と言える」

「……たしかに、そうですね。しかも、もしかしたらシロちゃんは、精霊魔法に関するあの仮説が立証できる存在なのではないでしょうか……?」

「ふむ……あれ、か。それはまだ何とも言えぬが……まぁ、精霊からの好感度が高いのであれば、かなり可能性は高いじゃろう」

「……うわぁ、マジ、ですか……」


 自信の考えによる質問への学園長の返答に、ルーシェは思わず天を仰いだ。

 それほど、今の質問の意味が大変な物なのである。


「うむ、マジ、じゃな。……長く生きてきたが、こんな特殊且つ強力な異能は初めてじゃ。もちろん、まだどれほどの効果かわからぬが……そこはおいおい、じゃな」

「そうですね」

「とはいえ、これが露見すれば、かなりまずいことになるじゃろう。この異能の力については、他言無用じゃぞ、ルーシェよ」

「もちろんですよ。こんなことが知れ渡れば、悪用する人が現れるに決まっています」

「うむ、それでよい。……さて、シロちゃんや」

「にゃふぅ~……はっ、なんでしょうかっ?」

「ほっほ、慌てずに食べなさい」


 一心不乱にキャンディーを舐めていたシロは、学園長の呼びかけで慌てるも、学園長は優しくそう言う。

 すると、シロは安心したのか、ほっとしていた。


「は、はいなのですっ。それで、えと、学園長さん、なんでしょうか?」

「うむ、君はこの学園に入学する、ということでいいのかね?」

「はいなのです! シロ、いつか世界中を旅するのが夢なのです! それが学べるのと、あとあと、お友達がたっくさんほしいのです!」

「ふむ、たしかシロちゃんは一人暮らしだったかね?」

「はいなのです!」

「……なるほど。ならば問題ないじゃろう。シロちゃんには、友達をたくさん作ることができる才能があるからのう」

「ほんとですか!?」

「うむ、本当じゃよ」

「わーいなのです!」

「ほっほ、シロちゃんは元気な子じゃのう。これならば、学園にもいい影響与えてくれるかもしれないのう」

「えいきょー?」

「あぁ、気にしなくてもよい。……さて、長旅で疲れたじゃろう。入学試験に関してはもう少し先じゃから……しばらく、宿に泊まるといい」

「んにゃ? まだ学園には行けないですか?」


 すぐに学園に行けると思っていたシロは、学園長のセリフにきょとんとした。


「うむ。学園には試験というものがあってな。まあ、シロちゃんは問題なく入学できるが……他の者は少々事情が違ってな。故に、シロちゃんはその試験日までやることがないのじゃ」

「あ、そうなのですね! それで、シロはいつ学園に行けるですか?」

「そうじゃな……大体二週間後、じゃな。その間に、試験や合格発表があるが……正式に通うというのは、その二週間後じゃ」

「なるほどです! じゃあ、それまでシロは何をしていればいいのです?」

「自由にこの島で過ごすといい。見ての通り、ここは学園であるのと同時に、巨大な街でもある。街には色々なものがたくさんあるぞ?」

「にゃにゃっ!? それは気になるのです! シロ、いろいろなことを経験したいのです!」

「うむうむ。では、そうじゃな……シロちゃんにはこれを渡そう」


 そう言って、学園長はシロに一枚のカードを渡した。

 シロはそのカードを受け取ると、可愛らしく小首をかしげる。


「学園長、もうそれを渡すんですか?」

「ほっほ、まあのう。それに、二週間も時間があるのじゃ。これくらいは、な。……それに、これはまだ正式な物ではなく、儂のポケットマネーから出る、言わば仮のカードじゃ」

「え、いいんですかそれ!?」

「ま、シロちゃんはとてもいい子みたいじゃからのう」

「そ、そうですか……」


(学園長、もしかして、早速シロちゃんの異能の効果を受けているんじゃ……)


 シロの才能を知った直後なので、この学園長の大盤振る舞いっぷりに、ルーシェは少し心配になった。


「さて、今日はこの辺りにしておこうか。シロちゃん」

「はいなのです!」

「次に会うのは二週間後になる。その時にまた会おう」

「はいなのです! シロ、学園長さんと会うの、楽しみにしてるです!」

「ほっほ、いいことを言ってくれるね。それから、ルーシェ」

「はい」

「まだこっちに慣れていないシロちゃんのことを頼むよ。君はもう、進級試験も問題ない上に、単位も十分とっているからのう」

「わかりました」

「ルーシェおねーさん、一緒です?」

「うん、シロちゃんを連れて来たのは私だからね。最後まで責任を持つよ」

「わーい! ルーシェおねーさんと一緒なのです! うれしいのです!」


 ルーシェが一緒にいてくれる、ということがよほど嬉しいのか、シロはぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 なんとも微笑ましい光景に、ルーシェと学園長の両名は頬を緩ませる。


「それじゃあ、そろそろ行こっか、シロちゃん」

「はいなのです!」

「では、学園長。私たちはこれで」

「うむ、シロちゃんや、しばしこの街で楽しむといい」

「はいなのです! じゃあ、またね、なのです!」

「うむうむ、またのう」

「では、失礼致します」


 それぞれの反応を見せ、二人は学園長室を出て行った。


「……ふぅ。なんとも面白い子が入ってきたのう……。シロ・ミャールド、か。ふふ、是非とも、我が学園をよい方向へと進めてくれることを祈るよ。しかし……ルーシェはあの子のこと、気づいておるのかのう? 普通に接しておったが……いやはや、可愛らしい外見、というのは少々厄介な物じゃのう。ほっほ」

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