第三話: 揺れる感情
夕方の空は、オレンジと薄紫が混ざり合い、まるで水彩画のように柔らかく広がっていた。校舎の窓越しにその景色をぼんやりと眺めながら、由紀は机に頬杖をついていた。放課後の静かな教室に、他の生徒たちが片付ける音が遠くで聞こえる。今日は少し遅くまで残っていたが、何か理由があるわけでもない。ただ、心の中に何かが引っかかっていた。
蓮との昨日の会話を思い出すたび、彼の話した内容が何度も頭をよぎる。「好きな子のことで喧嘩した友達」という言葉。彼が誰かを好きだったという事実が、由紀の心に微かな痛みを残していた。まだその気持ちが続いているのだろうか?彼はもうその子のことを忘れたと言っていたけれど、本当にそうなのか、どこか信じきれない部分があった。
机の上に置かれたノートをパラパラとめくりながら、由紀は自分の気持ちを整理しようとしていた。けれども、蓮のことを考えれば考えるほど、胸の奥がざわつく。
「由紀?」不意に背後から声が聞こえ、振り返ると蓮が立っていた。彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべていたが、何か気にかけているような目をしている。「まだ残ってたんだね。何かあった?」
由紀は慌てて姿勢を正し、少し笑顔を作った。「ううん、特に何もないよ。ちょっと考え事してただけ。」
蓮は軽く頷きながら、由紀の机の隣に腰を下ろした。「考え事か…僕も最近、いろいろ考えることが多いんだよね。」
「そうなの?」由紀は少し驚いた顔をしながらも、どこか嬉しかった。彼が自分と同じように何かを悩んでいるのなら、少しは自分も彼に近づけた気がした。
「うん…」蓮は窓の外を見ながら、しばらく沈黙していた。まるで言葉を選んでいるかのように。「昨日話したこと、覚えてるよね。好きだった子のこと。」
由紀はその話題がまた出てきたことに少し緊張した。心臓がドキドキと高鳴る。「うん、覚えてるよ。」
蓮は小さなため息をつき、視線を由紀に戻した。「実は、あのことがずっと引っかかっててさ。友達との関係は元に戻ったけど、自分が本当にどうしたかったのか、未だに分からないんだ。あの時、自分の気持ちをちゃんと伝えたわけでもないし…ただ流されるままだった気がする。」
彼の言葉に、由紀の胸が締め付けられた。蓮のその「好きだった子」は今も彼の心に何かしらの影響を与えているのだろうか?「それって、まだその子のことを気にしてるってこと?」
由紀の問いに、蓮は少し驚いたような顔をしたが、すぐに首を振った。「いや、そういうわけじゃない。ただ、自分が人を好きになるってどういうことなのか…まだよく分からないんだ。僕はいつも、自分の気持ちに正直でいられなくて。」
「それって、どういうこと?」由紀はますます彼の話に引き込まれていた。蓮は一見、自信に満ちた人に見えるのに、こうして内面を聞いていると、彼にも自分と同じような迷いがあるのだと気づく。
蓮は少し言葉に詰まりながらも、「例えば、君のことだってさ、最初はただのクラスメイトだと思ってたけど、最近はもっと君のことを知りたいって思うようになったんだ。それが何なのか、自分でもよく分からない。でも、君といると落ち着くし、もっと一緒に過ごしたいって思ってる。」
由紀はその言葉に驚き、胸が熱くなるのを感じた。自分のことをこんなふうに思ってくれているなんて、想像もしていなかった。「私も、蓮といると楽しいよ。もっと話したいし、もっと知りたいって思ってる。」
その瞬間、二人の間に生まれた静寂が心地よかった。言葉以上に、互いの気持ちが伝わっているような気がした。夕陽がさらに傾き、教室に暖かな光が差し込む中で、蓮の表情が穏やかに変わっていくのが見えた。
「由紀、これからもこうして一緒にいられるかな?」蓮がぽつりと呟くように言ったその言葉に、由紀の心が一瞬止まる。
「もちろん…」由紀は自然と笑みを浮かべた。彼といる時間が、これほど心を満たすものになるとは思っていなかった。蓮の気持ちに少しずつ触れていくことで、由紀自身もまた新しい感情を見つけていた。
蓮は小さく頷いて、「ありがとう、由紀。君がいてくれて本当に良かった。」と柔らかく言った。
その言葉に、由紀はますます彼に引き寄せられていくのを感じた。蓮と一緒にいることが、ただの日常の延長ではなく、特別な時間であると実感する。教室を照らす夕陽が二人を包み込み、その暖かさが彼女の心に深く染み渡っていく。
静かな放課後の教室で、時間はゆっくりと流れ、二人はただその瞬間を感じながら過ごしていた。蓮といることで、自分の感情が揺れ動くのを感じながらも、それが心地よいということに気づいた。蓮の存在が、由紀にとって大切なものへと変わり始めているのは確かだった。
放課後の彼方 runa @hamster-Altair
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