下手くそな告白
うたた寝
第1話
会社を辞めることにした僕にとって、今日は最終出社日であった。
最終出社日もテレワークだと、どうにも感情の持って行き方がよく分からない。出社でもしていれば、また感慨深さもあったのかもしれないが、パソコンを閉じればそれで最終出社日が終わる、というのは簡単でもあるが、寂しさも覚えた。
そんな中、僕は後輩との社内チャットの画面を開いていた。
そこに書かれている内容は社内チャットの内容としてはあまりふさわしくないであろう、『好きでした』の文字。送信者は僕である。そして、貰った後輩の返信を僕はパソコンの電源を切る前に眺めていた。
脈が無いだろうな、というのは正直分かっていた。
後輩の彼女は僕の最終出社日を一日勘違いしていたらしく、最終出社日の前日、つまり昨日挨拶のチャットをくれた。
挨拶のチャットをくれたのは嬉しかった。同じ課の先輩ではあるが、業務内容が違う関係で、最近ではほとんど業務を一緒にやれる機会など持っていない中、それでも最後くらいは、と挨拶のチャットをくれたことは嬉しかった。
嬉しい反面、その貰った文章の内容に、告白しようかな、と考えていた自分の決意を折られそうになった。
チャットの前半こそ、自分の言葉で書いてくれていたようであったが、後半は完全な定型文であった。『今後のご活躍を心よりお祈りしております』なんて言葉を自分で考えつくとは思いづらい。
察するに、テンプレート文をコピーしてきて、必要な部分だけ書き換えた、という感じであろう。それ自体は責めないし、失礼の無いように、と気を利かせてくれたのかもしれない。だがテンプレート文であることを感じ取れてしまったことで、テンプレート文を使うくらいの思いだったんだな、とも思えてしまった。
そうでなくても、彼女がくれたメッセージは後輩としての感謝のチャット以上のものではなかった。恋愛感情を感じるような文章では無かった。僕の最終出社日だと勘違いし、彼女が僕に最後に伝えようとしたメッセージがこれだったのだ。僕が告白した時の反応は分かりきっている。
告白する前に振られた気分だった。もともと脈が無いであろうことはおおよそ察してはいたが、わずかな希望にでもすがろうと思っていた僕にとどめを刺された気分だった。
あわよくば向こうから告白してくれないかなー、なんて都合のいいことを考えていたものだから、シンプル感謝のチャットというのはいろんな妄想に現実を突きつけられたのである。
さて、どうしたものか、と僕は悩んだ。言うべきか、言わないべきか、完全に予定が狂ったのである。向こうからこんなシンプルなお別れのメッセージを貰った後に、僕から最後にと告白のメッセージを送るのは、なんとも間抜けな光景のような気がする。
送るの止めようかな、と何度も考えたのだが、僕は結局送ることにした。どうせ最終出社日だし、と思ったのと、チャットで気軽に送れる、というのも手伝ったのだろう。直接言う、であればまずできなかったと思う。
送るとは決めたものの、振られるのが怖かった僕は『返信不要』の一文をチャットの頭に付けた。振らせて気を遣わせるのも悪いし、なんて言い訳をしてはみたが、実際は直接振られるのが怖かっただけだ。だから、相手が振ることを事前に阻止した。
そして、『付き合ってください』という直接的な表現は避けた。『好き』という言葉だけであれば、その意図は受け取り手に委ねられる。男性として好きと言ってくれているのか、先輩として好きと言ってくれているのか、その解釈を全て後輩に丸投げしたのである。
つくづく姑息だな、と自分でも思う。だけどこれが僕の精一杯だった。初めての女性への告白で、しかも脈が無いであろうことが分かりきっている相手への告白。これくらいの予防線を張らなければ、好きの一言さえ伝えられなかった。
そうしてきた後輩からの返事は、
『今までありがとうございました!』
というメッセージであった。
これは……どうなんだ……?
僕は相手の反応に困った。返信不要と書いたメッセージにわざわざ『ありがとう』と返事をしてくれたくらいだから、そんなに不快とは受け取っていないようだが、なまじ返信をされたもので、どう受け取ればいいのかよく分からなくなってしまった。
狙い通りと言えば狙い通り。『告白』として後輩が受け取らなかったか、『告白』としては受け取ってくれたが、こっちが『付き合ってください』などの文字を書かなかったせいで、振れなかったか、のどちらかであろう。
結果、僕としては若干のしこりが残っている。
振られるのが怖い、と振らせないように振る舞ったわけだが、振られなかったことによって僕の中にはモヤモヤが残っている。完全に自業自得であるが、ちゃんと振られた方が傷つきはしたかもしれないが、スッキリしたかもしれない。
これがもう相手に彼氏が居る、旦那さんが居る、とかのレベルであれば、想いを最後に伝えて満足、と話も違ったのだろうが、告白成功の可能性が微妙に残っている状況で回答を曖昧にしたものだから、あれ?結局僕の告白はどうなったんだ?とどうにもスッキリしないのだろう。
初めての告白でちょっとした教訓を得た。告白ってやっぱり相手の返事を聞くまでがセットで告白なのである。そこを返事を聞くのが怖いからと端折ってしまったせいで、最後がグシャっとしてしまった。途中まで面白かったのに、最終回でグシャっとしたドラマでも見た気分である。
こんなことなら、ハッキリと『付き合ってください』とでも書くべきだったか。書いて、しっかりと振られるべきだったか。
どうせ最後だから振られても気まずいの一瞬だ、とか思い、告白へと踏み切ったわけであったが、蓋を開けてみればこの体たらくである。
告白をもし考えている人が居るとしたら、僕から地味なアドバイスである。せっかく『好き』と伝える決心をしたのであれば、返事はちゃんと聞こう。
これなら言わないのと一緒だったかもな、と僕みたいに後悔してほしくないから。
これを読んで、『そんなダセーこと俺はしねーよ』とみんなが鼻で笑ってくれていることを僕は切に願っている。
そして、告白した後輩(厳密にはもう後輩ではないが)の彼女。
好きです、とは書かれているけどどっちの好きか分かりづらいわ、返信するな、って書いてあるけど本当に返信しなくてもいいのかで、色々どうするべきか悩んで気を遣ってくれたことは想像に難くない。
最後まで後輩を困らせる駄目な先輩でごめん。もう会うことも話すこともないだろうけど、せめてこの場でこっそりと謝らせてくれ。本当にごめんなさい。
でも一個だけ分かってほしい。
下手くそな告白ではあったけど、僕は君のことが本当に大好きだった。
その気持ちがほんの少しでも君に伝わっていてほしい。
ちょっと複雑ではあるけども、
僕が居なくなった会社でも、僕が好きだった笑顔でずっと居てくれたら嬉しい。
絶対に伝わらない、こんな場所での告白。
やっぱり僕の告白は下手くそだ。
下手くそな告白 うたた寝 @utatanenap
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