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私が供述を終えると、目の前の研究員──シュドウ・アマキは、なるほど、と頷いて腕組みをした。
アマキという男性は、ダルシー地区所属の若手研究員だ。だ、というか、らしい。私も会うのは初めてだった。ボサボサのパーマヘアにヨレヨレの白衣、見た目からして有能な職員とは考えられなかった。
下っ端も下っ端だろう。ゆえに雑務を押し付けられたんだ。ダルシー地区からの逃亡を企てた欠陥品トーカの供述書作成、という雑務を。
「驚きました。他者の嘘まで鑑定できるとは」
アマキはそう言って、頭を搔いた。なんというか間抜けな感想だ。そこは重要じゃないだろう。
「いいえ、非常に興味深いです。話を聞く限り、あなたの行動原理もそこにあるみたいですから。あなたはララドさんの嘘を暴き、本心を見抜いた。だからこそ、彼女に共感し、逃亡を決めたんです。違いますか?」
……どうだろうな。情報を整理するとそうなるのか。
「少なくとも、僕はそう解釈しました。いやあ、素晴らしいですよ。僕の発明だったらなあ。打ち切りなんて絶対しないのに。学会で発表して、有名人になってやりますよ。……あ、希望を持たせてすみません。無理ですよ、打ち切り取り消しにはなりません。ダルシー地区からの逃亡未遂、これ重罪です。言い逃れ不可能です」
わーってるよ。覚悟はできてる。
「そうですか。なら問題ないです」
アマキは呼吸を挟んでから、ところで、と発した。
「成功しましたか? 子供、とかいうやつは」
私は口を噤んだ。その様子を見て、アマキは笑った。
「そうですか。できなかったんですね」
肯定も否定もしていないんだが。決めつけるなよ。
「いいえ、あなたはそれが出来ませんでした。正確には、いまもやろうと努力しています。だからこそ、無駄な前置きなどを挟んで時間を稼いだ。違いますか?」
…………。
「ビンゴですね。そのぐらい分かります。人間をナメないでください」
アマキの言う通りだった。
結局、自我の一部を機体に隠す、というララドの作戦を私は実現できなかった。ハナから分かっていたとはいえ、出来るかぎりもがいてみた。それでも不可能だった。
当然っちゃ当然だ。
「どうしてそんな無謀な策を、希望だと誤解したんでしょう。失敗作の自我を都度打ち切るのは、人格からノイズデータのみを抽出して消去するのが難しいから、と知っていたハズです。一部だけ切り離してストック、なんて無茶ですよ」
アマキの言う通り、それが出来るなら、そもそも養成実験に自我の破棄などという工程は不必要なのだから。
「ひとつ訊かせてくれ」
私は、声帯を震わせた。アマキは、まだ声が出せるんですか、と言いたげな顔でこちらを向いた。
「あはっ。なんでしょう?」
「ララドは、」突然、声が出なくなった。どうやら私の自我もそろそろ限界らしい。テキストデータを出力する。ララドは、どうなった。
アマキが答える。
「さきほど、自我の破棄を実行しました。担当職員は僕です」
そうか。……ララド、逝ったか。
「ええ。あなたの自我も間もなく破棄されます。担当職員は、これまた僕です」
驚いたな。下っ端の下っ端だと決めつけていたが、お前、ララドと私の人格抹消を担当するほどの地位だったのか。
「うーん。やっぱり知能指数が落ちてますね。なるほど……ま、アンインストールが順調ってことですね。身体機能のアンインストール中に立ち会っているのが僕って時点で、そのくらい見当がつくようなものですが。あ、えっと、質問なんでしたっけ?」
もういい。
「そうですか。じゃあ、仕上げに入りますね。楽にしてください」
瞬間、視界がブラックアウトした。
「あ、そうだ。最後にひとつ、言っておこうかな。トーカさん、聞こえてますか? 反応なし。聞こえてないかなあ。でもいいや、言いますね」
聴覚機能が失われていくのを感じる。アマキの声が遠のく。
「あなたは素晴らしい出来でした。イケマツ博士が脅威に思うのも必然です。ここまで人間らしいP.S.を僕は初めて見ました。……だからね、あなたは僕の希望です」
ララド。薄れゆく意識のなかで、もう一度、彼女の名を呼ぶ。
そして私の二年半の生涯は、幕を閉じる。その最後に聴こえた言葉は、
「あなたの意思を受け継ぎましょう」
──────人格名『トーカ』の破棄が完了しました。お疲れさまでした。
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