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 ────鑑定終了です。精度S+++。お疲れ様でした。


 鑑定試験はひどく退屈。まず、モニターに二から四千のイラストファイルが表示されて、私はそれを視認するだけ。あとは眼が勝手に処理してくれる。創作物、生成物、部分的に生成物が適用されている創作物、その逆、をカテゴリー別に仕分ける。そこまでは自動的、ウォーミングアップ。ここで異常が見られた時点で打ち切りは確定。P.S.としてはお話にならないから。


 次に、精巧な贋作物を鑑定する。これは主に物理メディアだ。物理メディアの場合、データメディアと違って画材に自然由来の素材が用いられている。その都合から、成分解析をしたところで創作物と判定されてしまう。


 ここで初めて鑑定士の真価が問われる。絵画なら絵画、彫刻なら彫刻の中の、人の感情の有無を「鑑定」する。心があれば創作物、なければ生成物。それを見抜く技能こそが、私たちに求められている最たるものだ。


 実在の無いものを「無い」と断定する技能。いわば、悪魔の証明を求められているわけだ。……といっても、やはり機械処理なんだけどね。試験中に、私が頑張ることってなにひとつない。試されているのは、試験中の集中力とかじゃなくて、これまでに適切かつ効果的な学習が行われてきたかどうかと、そもそものAI知能の精度。


 私は、というか、トーカという自我は、産まれもってかなり優秀なAI知能を授けられた、鑑定士としてはかなり大発明の部類らしかった。


 一方で、模倣体の方にも超優秀個体が誕生していて、それがララドだった。


 おかげで鑑定に求められる技能水準が大幅に上がり、ユメミみたいな凡庸な個体が一年も経たずに打ち切りを食らうようになった。そして割を食ったのは私も同じ。例年以上に、慎重な養成実験が行われているらしい。この退屈なテストを期間満了まで受け続ける必要が出てきたのだ。これだけの鑑定精度を叩き出していたら、即時卒業認定が下りてもおかしくないのに。


 ほんと、めんどくさい。


「一応、規則なんですから。うだうだ言わず、ちゃんと取り組むことですよ」 


 なんてさ、ヤナナ先生に窘められながら、私は七度目の鑑定試験を終えた。


 二年生、一月。今日までの私に、打ち切りの危機は一度とてない。スリルのない、順風満帆の学生生活は、間もなく最後の一年に突入しようとしていた。


 いつしか、鑑定士クラスの同期はゼロになっていた。つまり私は、弊クラスのホープから、ラストホープになってしまったってわけだ。


 寂しくはないよ。てか、寂しいってなにさ。結局分かんないままだけど、とりあえず私には、ララドがいる。それで日々の退屈は、多少緩和されていた。


 鑑定試験期間が終わった、ある日の夕暮れ時。地区南の図書館に行けば、ララドがいた。彼女も、見事試験をクリアしたらしい。


「あら、トーカさん。久しぶりね」


 ララドは、いつも通り読書をしていた。毎度違う本とは言えど、繰り返し同じ行動ばかりで、退屈しないのだろうかと、ふと考えた。そんな私の疑問を見透かしてか、


「あなた、いつも私に会いに来るけれど、退屈しないの?」


 だなんて尋ねられて、苦笑いが零れた。確かに、ララドの言う通り、私もルーティーンに沿った変わりばえしない毎日を送っている。


「仕方ないだろ。ダルシー地区が狭いのが悪い。ここらでいちばん退屈しないレクリエーションが、あんたとの会話なんだよ」


 ララドは小説のページを捲りながら、言う。


「あら、感動的なことを言ってくれるじゃない。涙が出そうよ」

「出るかよ。涙腺なんて無駄な器官は備えてねぇ」

「そうね。人間だったら、と付け加えておくわ」


 私たちは「学校」に在籍している間、ダルシー地区内での生活を強いられている。なので、授業時間以外の余暇は、この閉鎖的な環境で過ごさねばならない。まあ設備は充実しているし何不自由ないのだが、生活圏の外側にはダルシー地区よりはるかに広大な土地が広がっているらしいし、そっちまで遊びに行かせてもらえたらもっと面白いのにな、とはどうしても考えてしまう。


 これが人間でいうところの「欲望」なのだろうか。私には判別つかない。


「卒業認定個体になれた暁には、外へ出られるらしいわ」


 ララドが言った。私は肯く。


「らしいな。ヤナナ先生が言ってたよ」

「ヤナナ先生……ああ、鑑定士カスタムクラスの副教官ね」

「と同時に、模倣体の実用機な。ララドの先輩だよ。だからたまに、模倣体イミテートクラスの事情も教えてくれるんだ」

「そう」

「たとえば、あんたらのクラスが年に一度、地区外へ実習に行くことも」


 ララドの手が止まった。そして口角を吊り上げて、私を見る。


「へぇ。そんなことまで教えちゃうのね、ヤナナ先生」

「ってことはだよ。ララドも行ったんだろ?」

「ええ、行ったわ。人間の世界って素晴らしいのね。ダルシー地区以上に、あらゆるものが存在している。あえてこの語彙を用いるけれど……とてもワクワクしたわ」


 ずりいよ。鑑定士クラスには、実習などない。卒業認定個体になれなければ、地区の外側の景色を目にすることはできない。不公平極まりないね。


「でもいいじゃない。トーカさんもいずれ目撃できるのだから」


 私は無言でララドの目を見た。


「あなたが打ち切りになる未来など、有り得ないでしょう?」

「その通り。産まれついての天才様ですからね、私は」

「そうね。私と同じく、産まれついての天才様ね」


 正直に話せば、私たちは信じて疑わなかった。すべての鑑定試験をクリアして、共に卒業認定個体となることを。予測計算の上で、それ以外の未来の到来は、可能性としてゼロに等しかったし、ともすれば私たちは、次のような会話さえも平然としていたわけで。


「じゃあ、トーカさんに尋ねるわ。卒業が確定したら、行きたい場所はあるかしら?」


 この先、私たちに訪れる最悪を、


「そうだな。ひとつ、決めているんだ」

「なにかしら?」


 一切の考慮に含めずに、


「銀色の風景画」

「……私が生成した、あの景色? 言ったはずだけれど。あれは、一次生成物でモデルは無いって」

「でも、実在を信じさせる精度だった。だから私は信じてしまっている。あの風景画はダルシー地区の外側にきっとある。それを確かめに行きてえんだ」


 こんな夢物語を滔々と並べ立てて、


「なにそれ。……いいわ。じゃあ見に行きましょう、一緒に」

「一緒に……じゃなくてもいいけど」

「一緒がいいの」


 そして、微笑み合った。


「トーカさんの妄想に付き合ってあげられるのは、私だけだもの」




 それから半年後のこと。

 十度目の鑑定試験にララドは不合格となり、自我の打ち切りが確定した。




 報せを受けたのは雨の日だった。不吉な予感はしたんだ。ああ、予感なんていうオカルト信仰的な語彙を用いるのはいささかおかしいな。幾つかの事実を基にした推察、と言い換えるべきかもしれない。


 まず、鑑定試験の翌日、地区南の図書館にララドの姿はなかった。次に、それが三日間も続いた。そもそも、前回ララドに会った日に彼女はシリーズ物の小説を全七巻中の四巻までしか読んでいなかった。おたのしみはまだ残っていたのに、放棄するなんてララドらしくない。


 とどめに、私に卒業認定が下った。


 私はその旨を、ヤナナ先生から口頭で伝えられた。[[rb:鑑定士 > カスタム]]クラス所属23期生、実験体237号機―り、人格名『トーカ』を実用機と認定。本年度の鑑定試験は今回をもって完了とする。以上。おめでとう、5期ぶりの卒業認定個体です。


 寝耳に水、あまりにも唐突な話に私は混乱する。いったいどんな道理で、私の卒業が即時決まったのか。その点を訝るのは至極当然の流れだ。


「わたしも地区外から戻ってきてすぐこの任を仰せつかったんです」とヤナナ先生は続けた。「だから詳しい事情を知らない。けれど、よかったじゃない。これで、地区外の景色を見られるんですもの」


 それは確かに喜ばしいことだ。しかし、脳裏に浮かぶのはララドのセリフ。


 じゃあ見に来ましょう、一緒に。


 ララドは? 彼女の試験結果は?


「ああ。実験体78号機―め、人格名『ララド』ですね。彼女なら、あなたの卒業認定と同時に打ち切りが決まりました」


 どういうことだ。同時に?


「簡単に説明するならば──鑑定試験であなたが鑑定した物理メディア、あれは実験体78号機が生成したものだったんですよ」


 この瞬間、私はデータライブラリにストックされた語彙のすべてを失った。


 ヤナナ先生は、満面の笑みを浮かべて両腕を広げた。そして祝福するように、まるで勇者の凱旋を迎え入れるように、私の機体を強く強く抱擁する。


「まさに偉業です、トーカ。今世紀最大の発明と呼ばれた模倣体を、あなたは見事に看破したのですから。まあ、元々そういう実験計画ではあったんです。人格名『ララド』と人格名『トーカ』、それぞれの性能テストとして、最終的に鑑定試験の場でぶつけ合わせてみる、という。それで軍配が上がった方を実用化する予定だった。わたしは時期尚早だと考えていたのだけれど、試験データを参照するに申し分ない数値が出ている。まあ、この結果なら上が卒業認定を出すのも頷けます。理解?」

「……ええ、まあ」

「そう。もう少し詳しい経緯が知りたいのならば、調べてきてあげますが?」

「充分です。ありがとうございました」


   ◇


 なるほど。単純な話だ。


 ララドは誰の目にも人間として映る。つまり、正体を見破ることができるのは世界でただ一つ、私の鑑定眼だけだったってこと。

鑑定試験は、それを試すための場だったってわけだ。


 ララドが模倣体の最高峰で、同時に私が鑑定士の最高峰だった。矛盾の語源みたいな話だけど、この場合は故事にならない。私の勝ち、っていう明白な結末があるから。


 彼女は出来がよかった。でも、私の方が出来はよかった。


「たった、それだけの話だ。それだけの話で、そのせいで、」


 残念だけど、ララドは人間になれなかった。

 そういうわけで来週、ララドの自我は破棄される。


 銀色の風景画を一緒に見る、という約束は果たされないまま。


 仕方がない。私たちはP.S.だ。しかも実験体だ。人類の科学技術発展のための存在、役割はそれ以上でも以下でもない。ならば、ララドも充分に使命を全うしたろう。


 二体でした約束など、退屈しのぎの会話の一部。その約束が果たされたとて、人間社会になんの影響もない。それよりよほど、この鑑定試験の結果が人類の飛躍につながるだろう。


 我々は成し遂げたのだ。ララドほどの模倣体をも看破可能なトーカという自我を完成させたのだ。おそらく実用機となった私は、今後、あらゆる贋作を鑑定するだろう。人類の芸術文化保全に多大な恩恵を与えるだろう。


 私は人の心の存在証明に全力を尽くそう。P.S.という人類の下位互換が芸術の価値を脅かさんとする、その不和の除去に尽くそう。さすれば、人類の未来は明るい。


 それでいい。


 それでいいはずなのだ。なのに、だ。


「断定した回答ができないのは何故?」


 思考回路にノイズが走る。


「既定事項を承認できないのは何故?」


 ノイズは肥大化し、脳を占拠する。


「優先事項が書き換わっている。深刻なエラー発生? 原因は?」


 応答せよ、トーカ。私は私に問う。何に躊躇している? 何に困惑している? 望んだ結果が出てもなお、それを拒む理由は? 合理的な説明を求む。出来ぬのなら、一刻も早くノイズ除去プログラムを作動せよ。応答エラー。なんなのだ、だとすれば説明を。私、はやく説明を。脳がもたない。冷却装置が追いつかない。はやく、私、はやく対処を。私、




「わかっタ」




 暫時、機能停止。再起動。


 そして、意識を取り戻した私は頭部右側に手を当て、


「……ヤナナ先生」エラー対処のため、先生に発信。「ひとつ頼みがあります」


 それから、


「最期に、ララドと面会させてくれませんか」

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