魔女の手紙

=============================

 妹へ


 お元気ですか?嫁いだ先では、さぞかし大変かもしれないけれど

 無理をせず、過ごしてくれたら何よりです。


                     姉より

=============================


 絵本の一番最後に挟んであるこの手紙をいつも読んでいた。


「風鈴のおばあちゃん?」

 ヘルパーの尾畑さんが、私の顔を覗き込んでいた。

「なあに?」

「今日もいいお天気ですよ〜」

そう言って、ヘルパーの尾畑さんが部屋のカーテンを開けてくれる。

「あら、本当〜」

 窓から差し込む日光に目を細めた。

 昨日までの山火事騒動がまるで嘘だったかのように、町はになった。

「菜々先生と連絡が取れなくて、困っているんですよね〜」

 ベッドのシーツを替えながら、ヘルパーの尾畑さんが言った。

 私の記憶が正常であるのなら、菜々先生はもういないはずだ。

 彼女は、私の演技を見破る人間だったから、いなくなってくれたのは助かるのだけれど。

「尾畑さん、私テレビが見たいわ」

「あ〜はい、今つけますね」

そう言って、尾畑さんはテレビをつける。

 丁度よく、ワイドショーでこの町の山火事を取り上げている。

「消防の他に自衛隊もが消化にあたり、完全消化に二日を要した山火事ですが、お亡くなりになった方々の情報が今入ってきました・・・」

「え?」

 テレビのキャスターが、菜々先生の名前を読み上げた瞬間、尾畑さんは持っていたシーツを床に落とした。

「そんな!嘘でしょ?」

 尾畑さんはかなり慌てているようだった。

 私はゆっくり瞳を閉じた。

 そして、いつも通り本を開く。

「風鈴のおばあちゃん?!テレビ見ました?!」

 尾畑さんが私に問いかける。

「・・・魔女が窯に入ると、グレーテルはかんぬきを掛けて魔女を閉じ込めました」

「・・・」

 私の言葉に、尾畑さんは一気に落ち着いたようだった。

 尾畑さんはいつもこうすると、になる。

「私、病院に電話してきますね」

尾畑さんはそう言って、足早に部屋を出ていく。

 私は、視線をテレビに戻した。

「なお、行方が分からなくなっているのは、大原光さん30歳で今回の山火事に何らかの形で関わっているとして、公開捜査が行われています」

 テレビの画面に映し出された写真は、私が若かった頃に散々見てきた顔だった。

 やはり、幽霊ではなかったようだ。

 追いかけて行ったあの子は、どうなってしまっただろうか。 

「続いて、山中から大量の人骨が発見された・・・」

 テレビに映る写真に私は、目を閉じた。

 この子を見た時、のだと感じた。

 どうやら、私のその感覚は間違ってはいなかったらしい。

 顔は、そこまで似てはいなかったけれど、雰囲気や輪郭は併せ持っていた。

 貴女の母は、私より姉を好んだ。きっと、姉が生きていたら貴女も姉を選ぶことでしょう。

 明美を産んだのは、私だというのに。



=============================

 姉さんへ


 いかがお過ごしですか?明美はまたそちらに行っていますか?

迷惑をかけていなければいいのですが。


                 妹より

=============================

 子供が好きだった。

 もちろん、食べるためではない。

 ただ、その存在が好きだった。

 その存在が、ただただ尊いものだったのだ。


 自分の夫がどんなに穢れた人間でも、子供に罪はないと思った。

 だからこそ、許せた。 

 いや?赦しなどなかったのかもしれない。

 ただ、どんな子でも取り上げてきた。そのことに悔いはない。


 誠は、私よりもあの男に似てしまったようだ。

 慶次と美代子は私に似たのだと、信じたい。

 ただ、子供達には自由に生きて欲しかった。

 金丸の、この尾畑の血など関係のないところまで、どうか逃げて行って欲しい。

 お気に入りのロッキングチェアをゆっくりと揺らす。


 妹からの手紙は、いつも明美のことだ。

 娘なのだから、当然だろう。

 明美も、こんな薄汚れた場所で勉強などしなくてもいいのに。

 

 床を見ると、勉強道具を床に散らばせて勉強をしている、当の本人がいる。

 真剣な顔をして勉強しているようだ。

 この子が、この町の呪縛を終わらせてくれるのだろうか。

 それとも私のように産婆をしてくれるだろうか。

 私の視線に気がついたらしく、顔を上げ

「何?」

と、聞いてきた。

「別に。何も」

と、言うと再び教科書に向かっている。

 この何でもない時間を幸せと呼ぶのだろうか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夕暮れどきの魔女たちは ふじ笑 @fujiwara___

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ