第2話

アオイヒマワリ


燦々と光り輝く太陽


大合唱をして暑さに拍車をかける蝉の鳴き声


茹だるような蒸し暑さ


今年もまた、夏が来た


青い折り紙で折ったたくさんの向日葵の中で、1番うまくできたものを選ぶ


アイツの器用さにはまだまだ及ばないけれども


それでも、喜んでくれるだろうか?


アイツは今、どこで何をしているのだろうか


そう、思いを馳せながらも、アイツの元へ向かう準備をする


青い向日葵と、リンゴジュースは鞄の中に入っているか、幾度となく確認して、必ず持って行く


淡いまま消えてはくれなかった、俺の中にまだ居座り続ける恋心とともに


年に1回、8月15日に必ず行くのはアイツの墓


亡くなったなんて、未だに信じられない気もするが、変えることのできない事実にちっぽけな俺ではどうしようもないのだ


会いたくて、会いたくて仕方がないのに


一生会えないという事実は揺らぎようもなくて


でも、あそこに行けば、アイツに会える気がするから、俺は今年も欠かさず足を運ぶのだ




「…よぉ、今年も来たぞ


向日葵」




返事なんて返ってくるはずがないと知りながら、それでもアイツへの思いが口からこぼれ出す


毎年のこととは言え、墓石に語りかける男とは、第三者の目から見たらどれほど気味の悪いものなのだろうか


そんな思いについ、自嘲気味に口元に笑みが浮かぶ




「……早いもんだな


あれからもう5年にもなるなんてな」




未だに信じられない


アイツがもうこの世にいないだなんて


それももう、5年も経ってしまっているだなんて


アイツの体が弱いことは、親から聞いていた


知っていたんだ


アイツは同年代の中でも一回り小さくて、心配になるほど細くて


美人薄命、だなんて昔の人はよく言ったものだと皮肉げに思ったものだ


ダメだ、アイツの前でこんなこと考えてたら悪いよな


そう思い直して、鞄から青い向日葵を取り出す




「今年も折ってきたぞ


青い向日葵


今年のは、まだお前ほどじゃないけど、うまく折れたと思うんだ


上手くなっただろ?」




まだまだ下手くそな青い向日葵をアイツに見せるのがなんとなく照れくさくて、笑みで誤魔化す


下手くそには変わりなくとも、あの頃よりは上手くなったと少しは自信持って言えるんだ


アイツを想いながら何回も何回も折ったのだから


こうやって、青い向日葵を折るようになったきっかけを思い出す


そういえばあれも、思い出せば今日のようなとても暑い夏の日だった


いつも通りアイツと遊ぼうと、アイツの家に行って親に軽く挨拶をして、アイツの部屋に行ったのだ


アイツは体が弱く、外で遊べないからと折り紙を折っていることが多かった


俺としては一緒にゲームする方が楽しかったが、アイツが真剣な顔して折り紙を折るその横顔を見るのも好きだった


思えばそれが、俺の初恋だったのだろう


当時はそうだと全然気付いていなかった


なんなら気付いたのは、アイツが亡くなった後だった


もっと早く気付いていれば、アイツに好きだと伝えられたのにと後悔したことは数知れず


それでも、この思いは届くことはないと知りながらも捨てきれずにいる俺は未練がましいのだろうか


ただ、思い返すと俺はやっぱりアイツが好きなのだと胸が熱くなる


あの日、アイツの部屋に入るとアイツは青い折り紙で折られた向日葵を手にしていた


それを見て、俺はその青い向日葵を持ったアイツごと、綺麗だと思った




「わ、青い向日葵とか初めて見た、綺麗だな」


「……そう?


僕には違和感しかないよ」




つい、アイツの手からその青い向日葵を取り、気持ちのまま言葉を吐き出していた


でも、それに対するアイツの言葉は否定的で、少しさみしそうな顔をしていた




「まぁ、現実には咲かない色だけど、良いじゃん


俺は好きだよ


それに、青い向日葵だなんてまるで俺たちみたいじゃん」




少しさみしそうなその顔を、笑顔に変えたくて言葉を重ねた


もしかしてアイツが、少しでも俺を思って折ってくれた向日葵かもしれない


そう思うと、例えアイツにもこの青い向日葵を否定して欲しくなくて


青い向日葵がまるで俺たちみたいだと、恥ずかしい言葉を吐き出していた


そんな俺の言葉にアイツは最初、目を丸くして驚いていたけれど、その後で花が咲いたように笑ったんだ


その顔が、今でも鮮明に思い出せるほど綺麗で、見とれたんだ


それからは俺も向日葵を折れるようにと慣れないながらも折り紙を折るようになった


俺と、アイツだけの花を俺も作れるようになりたくて


そんな俺の中の甘酸っぱい思い出が詰まった青い向日葵を今年も持って来れた


最初はぐちゃぐちゃで向日葵と呼ぶにはおこがましい出来のものを思い出しながら、手の中の向日葵を見ると、今は向日葵だと判るそれに俺は少し誇らしくなる




「……生花よりも、向日葵ならこっちの方が喜ぶかなって思ったんだ」




……なんて、ただ俺が作りたくて作っているだけの、言い訳なんだけれど




「それと、これ


向日葵が好きだったジュースも買ってきたんだ


これ、好きだっただろ?」




言いながら取り出したのは、アイツが好きだったリンゴジュース


俺は取り出したリンゴジュースと、青い向日葵を墓の前に置いて、手を合わせる


このリンゴジュースが好きだと笑って、美味しそうに飲むアイツの顔を思い出す


俺の誕生日には必ず、青い向日葵とリンゴジュースを誕生日プレゼントだと、少し恥ずかしそうに渡してくるアイツが好きだった


体は弱くとも、心根は優しく綺麗で、可愛らしい笑顔が好きだった


少し意地っ張りで、涙もろくて、でも泣いているところは見せまいと必死に潤んだ瞳を隠そうとするところが好きだった


手が器用で、難しそうな折り紙も、するするとできてしまう魔法の手のような所も好きだった


学校を休んだ日のノートを見せるとはにかんでお礼を言うアイツが好きだった


分からない問題があると唇をとがらせて唸る姿が可愛くて好きだった


教えて、理解できたときのぱっと目を輝かせるところも好きだった


俺と遊んでいてふとしたときに、申し訳なさそうに表情を曇らせるアイツの優しさが悲しくもあり、好きだった


思い出せば思い出すほど、俺はアイツの好きなところがいっぱい出てくる


俺が無理させたせいで、倒れてキツい思いをしていたアイツは、俺に申し訳なさそうにごめんねと謝っていた


そんなキツい中でも他人を思いやれるアイツが好きだった


体調が良くなくて、寝込んでいるときでも俺が来ると嬉しそうに笑ったあの顔が好きだった


どんなにつらくても、精一杯生きているアイツが好きだった


好きだった好きだった、好きだった


俺はアイツのことが、好きだったんだ


向日葵…


アイツのことを想うと、どうしても涙がこみ上げてきそうになる


でも、アイツの前で泣いてしまえば、俺はきっとここから立ち去れなくなるし、もしアイツが見ていたら、アイツの負担になってしまう


そうなる前にと、俺は合わせていた手を下ろし、ゆっくりと目を開ける


そのときに、アイツがそこに居た気がしたが、アイツに会えることはもう永遠にない




「……向日葵、ありがとうな」




俺はそう言って、元来た道へと引き返す


アイツの居ない、色あせた日常へ


歩き出して、不意にアイツに呼ばれた気がして振り返ってしまった


そこにアイツはいないはずなのに


それでも、何か伝えなければと思い、喉を震わせる




「…向日葵!


またな!」




居るはずのないアイツが見えた気がして、手を振ってまた歩き出した


来年もまた、ここに来ようと胸に決めて

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アオイヒマワリ 葉月 @hazuki_0123

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