3-⑩
偶然時期が重なった詩碑の建立のプロジェクト、政府が行なった抑止政策の完全失敗、政治家の上松の独壇場、そして街では労い漂う年末ムード。今もなお、どこかの街では若者が自らへ向け刃物を握り、ある街では遮る建物がない地と空の中間で悪夢を見ている。
途方に暮れていた若者は「幸太郎」の登場、そして新たな〝詩〟の存在に生き甲斐にも似た光を見出した。
だが、怒る一部の大人らはさらに勢いをつけ、街ゆく若者を鋭く睨みつけるまでに。
悪いのはどちらか、救うのは誰か。盲目的になった大人を縛るものはない。
その口元の皺は何を学び、何を経てきて垂れ下がっていったのか。目先の情報ばかりに動く彼らを果たして、この先で敬う対象になれるだろうか。
生きた時間や過去の愚劣な苦労を棚に上げ、説教じみた言葉をぶつける奴らにも、新たに出された〝詩〟が別の意味で刺さる。まるで自らに言われているような躍起になった大人は、「幸太郎」の全てを否定し始めた。
投稿された写真の解析、身元の特定、情報の発信地。さらには政治家の上松の演説会場にも余波が流れ、まとまりを見せていた観衆が徐々に乱れていく。
それから数日後、待ち望まれた二つ目の〝詩〟が投稿される。
話題騒然の「幸太郎」に、以前のような憎しみや悲観な感情は含まれてはいない。大人へ対する恨みも物騒な感情も全く言葉に表れず、五年前とはまるで似つかない文字並べ。
過去作とは違い、言葉を向ける対象になっていたのは同じ若者ら。
【数秒、世界を逆さに見た。
何もかもがひっくり返り、威張る若者に屈する老人、笑う兵士と泣く家族。
空は薄黒く、地は薄い水色。
常に不満は持ち歩いているが、そんな世界を別に求めちゃいない。
それなのに何故世界を逆さに見ているのだろうか。
そんな気の弾みが振り払えず、結局はまた世界を真正面から見ている。】
ただ、「幸太郎」は前と変わらぬクオリティや言葉選び、予想外の角度にこだわりを持っていた。誰にも知られる事なく、拍手と歓喜の裏で彼は一人で苦しみを知り続ける。
真に寄り添うべく似た境遇を自らに用意し、〝詩〟の為に建物から飛び降り〝詩〟の為に人を蹴り飛ばす。そんな経験を経て、浮かび上がった言葉を投稿していた。
ただ、前のような仲間はもういない。楽しく言葉を並べていた日の記憶、楽観なんて求められていなかったあの頃。とにかく悲観的な思いを一方的に皆に理解してほしかった。
彼が数年前に書いていたのは全て、ある身近な〝大人〟へ向けた心無いもの言葉たち。
しかし二つの発想と衝動を失った今、同じものを書いて放つ事など容易くはない。何日も引きこもっては多くの悲しみを吸収し、人を嫌いになる努力をした。
「幸太郎」が数年前に大事にしていた三人の仲間、しかし最期を一緒に過ごす事は叶わなかった。事件の一か月前に彼は私用でグループから抜け、気が付けば記憶も無くして数年が経っている。三人が残してくれた物は新品のスーツや鞄。それらは海に行った時に受け取っていて、思い出す事もないままクローゼットの中で眠っていた。
全てを思い出すきっかけは、何でもない一枚の手紙。
別れの言葉や行動さえもできずに死んでいった仲間へ向け、「幸太郎」は再び〝詩〟を書き始めた。人知れず何処かの街で、日本中を沸かす言葉を放つ。
それが唯一の報いであり、感謝と平和の願いを届けられると信じている。
とある街の若者は「幸太郎」の復活に歓喜し、昼授業も手につかないほど更新を心待ちにしていた。何処へ行くにも携帯を持ち歩き、常にSNSは開かれているまま。
それからも投稿は続き、五日で計四つの〝詩〟を世に放った。
何処の誰が書いているものなのか、〝詩〟とは結局のところ何なのか。多くの深読みや考察で盛り上がりを見せたのも、世間の目を維持し続けた要因でもある。
だが翌日の五つ目を最後に〝詩〟の投稿はプツリと止んだ。数日経っても更新されることはなく、一度集まった世間の視線は徐々に解けていく。
その日の気温は久しぶりに零度を下回り、その影響からか呆気なく熱りは冷めていく一方。政府が線引きを渋る抑止政策の存在自体も薄れていき、根強く残ったのは不完全さがより目立つ〝標〟の冊子だけ。
無駄な税金と言う言葉の衝動で動く大人らは、鼻を赤らめながらも悴むその手で国を非難し、相変わらず若者には冷たい視線を向け続ける。
視野を広げれば多少の落ち着きは見えたが、混乱のまま滞っている様にも思えた。
政治家の上松はそんな話題に重々触れ、上手くその波に乗りつつ必死に世間へ毒を吐き続けた。それでも全盛期を超える支持者は集まらず、雨が降る日には数十人ほど。
囲んでいた観衆はようやく、目を覚まし始めた。自らがしていた行動の愚かさに。
睨む大人らの前を通り過ぎる若者はマフラーで鼻下半分を隠し、凍った道に気を取られながらも俯き足を進める。
配られた抗議のビラは多くの水分を含み、地面に散らばり引っ付いたまま。
楽しげなニュースは週に一度くらい。家族との団欒でさえも繊細に気を配り、我が子を必死に守り続ける家庭がいくつもある現状。何を目的に、生きていけば良いのかと言う生き甲斐を探している人らは多い。
そして、街に煙たがられ始めた上松自身も、同じように生き甲斐を探していた。
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